迷走する政府の偽・誤情報対策

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政府の偽・誤情報対策が不透明さを増している。総務省の有識者会議である「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」と「ワーキンググループ(WG)」で議論が続くが、昨年11月に検討会が立ち上がり6月にとりまとめ(素案)が公表されるまで、検討会は23回、WGは28回を重ねており、迷走と言ってもよいだろう。さらに議論の中で表現規制につながりかねない資料が公表されるなど危うさもある。

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表現規制につながる危うい資料

健全性という言葉を冠した有識者会議が立ち上がるのを知ったときに嫌な予感がした。健全性という言葉は、有害図書や青少年保護などでアニメやゲームの表現規制強化が行われるときに権力側が使いがちな言葉であるからだ。

案の定というべきか、公開された資料を確認していたところ、2024年1月25日の検討会・WGの合同開催で提示された資料「デジタル空間における情報流通の全体像(案)」(PDF)の5ページに「デジタル空間における情報流通の健全性を巡る課題(例)」を見つけた。そこに「発信力強化のためのガバナンスの在り方」という枠があり、公共放送や新聞やテレビと専門機関(WHOなど)に対し重ねられていたのだ。

図:「デジタル空間における情報流通の健全性を巡る課題(例)」総務省の検討会資料1月25日版

偽・誤情報が溢れるインターネットで、信頼性が高いニュースや情報を確保することは重要ではある。だからといって既存メディアを特別扱いするのは疑問である。既存メディアのコンテンツの健全性が高いわけでもない

フェイクニュースの要因となる不確実性が高い「こたつ」記事は、ネットメディアだけでなくスポーツ紙や一般紙にも広がっており、ロシアの影響下にあるメディアであるスプートニクの記事を検証することなくスポーツ紙がYahoo!ニュースに記事を配信している事例もある。その一方で、有益なニュースを発信しているフリー記者やネットメディアも存在していることは言うまでもない。

政府により一部のメディアが発信力を高めるべき存在として特別扱いされるということはコントロールのきっかけをつくることであり、既存メディア規制につながりかねない。何より、この時点では健全性という定義も十分に議論されていなかった。政府にとって都合が良いニュースや情報を健全性が高いと位置づけられてしまう危険性もある。

このような危うい資料が提示される要因がどこにあるのか、国内の偽・誤情報対策がどう進んできたかを確認しておきたい。

対岸の火事から始まった対策

2018年に総務省の有識者会議「プラットフォームサービスに関する研究会(プラ研)」が設置された。この研究会はメディアの一部で「フェイクニュース対策」と報じられ、総務省の資料においても同様に説明しているものがあり、スタートといえる。ただ、プラ研は「プラットフォーム事業者の利用者情報の適切な取扱いの確保の在り方等について検討する」目的のために設置されたもので、設立時の検討事項案として、プライバシーやデータ流通が示されている。

翌2019年4月にプラ研は中間報告書を発表するが、主な論点はプライバシー保護と利用の両立、人やモノの真正性(トラスト)であり、フェイクニュース関連は全46ページ中、3ページにとどまっていた。この中間報告への反応を踏まえて、最終報告書(案)を2019年12月に、意見を踏まえた最終報告書を2020年2月に公表した。

この最終報告書は、ほぼフェイクニュース関連に当てられている。これはトラスト部分が別途まとめられたことによるのだが、フェイクニュース関連では、定義や分類、諸外国の対応状況などが紹介され、民間による自主的な対応を前提としたファクトチェック推進、研究開発の推進、情報発信者側における信頼性確保方針の検討などの方針が示された。

フェイクニュースという言葉は、2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営が勝利した際に注目されたが、国内においては対岸の火事といった様相であったのはプラ研の最終報告書からも分かる。そこには「我が国においては、米国や欧州ほど大きな問題には至っていない、というのが関係者間の認識である。特に、米国や欧州では選挙時における他国からの偽情報が大きな脅威になっているところ、我が国では現時点ではそのような大きな問題は生じていない。」との記載がある。

毎日新聞は10月に「偽ニュース、対策そろり 総務省会議が議論開始 表現の自由損なう懸念」(2019.10.26 朝刊)というタイトルでプラ研の動向を報じている。海外の状況を踏まえながら表現の自由に配慮しながら議論が進んでいる様子が記事からもうかがえる。

ファクトチェック団体の始動

プラ研最終報告書を受け2020年6月に誹謗中傷ホットラインなどを運営するSIA(セーファーインターネット協会)が「Disinformation対策フォーラム」を設置、2021年3月に中間とりまとめ、2022年3月報告書がまとめられる。なお筆者はこのフォーラムの構成員だった。

プラ研ではフェイクニュースという言葉が使われることもあったが、議論されていたことはインターネットの偽・誤情報である。フォーラムではDisinformation(偽情報)が掲げられることになった。報告書では、ファクトチェック団体のガバナンスやファクトチェックの対象や分野の選定などについても記載されている。報告書段階では国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の加盟団体がなかったことから、IFCNに加盟して認証を取得することについて「前向きに検討」との文言が盛り込まれた。

この報告書を受けて、GoogleとYahoo!の支援を受けた日本ファクトチェックセンター(JFC)が10月に設立され活動することになり、IFCNへの加盟が行われた(現在はInFact、リトマスも加盟)。他国に対して脆弱であったファクトチェック団体の活動を、まずは形から整えたとも言える。

なお、JFCのファクトチェック対象は、インターネット上の情報に関するもので、リアルでの政治家の発言や媒体としてのテレビ・新聞は対象外ということになっている。その理由は、新聞やテレビなどは多重チェックを行っているが、SNSなどのインターネットではシステムが不十分であると報告書に記載されている通り、テレビには番組審議会やBPO(放送倫理・番組向上機構)があり、新聞には第三者委員会などの検証・訂正を行うシステムがあるが、インターネットにはないためである。

このような方針に対する批判はあり、政治家のリアルな発言だけでなく、影響力の大きなテレビ・新聞などの既存メディアの間違いこそ指摘すべきだという意見は当然ありえる。ただ、JFCは「国策」(あくまでカギカッコつき)的に立ち上がり、インターネット企業から資金提供を受けており、制限があって然るべきだろう。

ファクトチェックはともすれば「良いこと」とみなされガバナンスが不十分になりがちだが、党派的な活動で政治対立や社会分断を引きこす可能性がある諸刃の剣だ。できる限り対象を限定しておくことは表現の自由にとって重要なのである。

対象があらゆるメディアや組織に拡大

国内の偽・誤情報対策の対象はネットのプラットフォームであり、ファクトチェックもその範囲となっている。プロセスも政府の有識者会議から、民間の有識者会議へ、段階的に行ってきた。偽・誤情報対策やフェイクニュース対策の名のもとに権威主義国家においては表現規制が展開されており、メディア攻撃に利用される可能性があることを踏まえれば慎重にならざるを得ないからだ。

だが、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」では図のように、ネット企業だけでなく、既存メディア、WHOのような組織、企業、国や自治体、さらには利用者まで対象になり、議論が拡散していることが迷走の要因である。また、これらすべてを対象に「健全性」を検討するということが、いかに危険で不健全であるかも理解できるだろう。

図:「デジタル空間における情報流通の現状」総務省の検討会資料1月25日版

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この記事を書いた人

藤代 裕之のアバター 藤代 裕之 リサーチフェロー

法政大学社会学部メディア社会学科教授
広島大学文学部哲学科卒業、立教大学21世紀社会デザイン研究科前期課程修了。徳島新聞社で記者として司法・警察や地方自治などを取材。NTTレゾナントに転職し、ニュース編集やNTT研究所のR&D支援(gooラボ)、新サービス開発などを担当した。2013年から法政大学社会学部メディア社会学科准教授、2020年に教授。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表理事。著書に『ネットメディア覇権戦争
偽ニュースはなぜ生まれたか』(光文社)、編著に『フェイクニュースの生態系』(青弓社)などがある。

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