米国のデジタルプラットフォーム(DPF)規制と大統領選挙

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 ソーシャルメディアやメッセージングアプリといったデジタルプラットフォーム(DPF)と国家の対立はますます先鋭化している。Meta Platform会長兼CEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)は8月26日付の米下院司法委員会宛の書簡で、バイデン(Joe Biden)政権幹部から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する一部コンテンツを検閲するよう「圧力」を受けた、と述べ物議を醸した1。米国外でも、ブラジルではX(旧Twitter)の利用が禁止され、フランス当局はTelegram社CEOのパヴェル・ドゥロフ(Pavel Durov)を逮捕した。

 各国政府はDPFが偽情報拡散や犯罪の温床となり、ユーザや他の事業者の諸権利を侵害している(恐れがある)という理由から、またこれら問題に対するDPF各社の対応とガバナンスが不十分との理由から、DPF規制を強化している2

 本稿は米国のDPF規制の現状と見通しを紹介する。まず米国におけるDPF規制の争点を俯瞰した上で、特に規制強化が進展し、11月の大統領選挙を経て政策転換の可能性がある競争政策に焦点を当てる。

目次

米国におけるDPF規制の争点

 DPF規制は様々な観点から論じられているものの、米国では少なくとも相互に関連する4つの領域が存在する。第一に、DPF上で拡散する偽情報や有害情報(外国による影響工作を含む)のコンテンツモデレーションに関する規制である。これは、DPF上の情報コンテンツに関する運営事業者の免責を定めた通信品位法230条と深く関わる。通信品位法230条は「インターネットを創造した26ワード3」とも呼ばれ、230条の免責条項があったからこそ、米国のインターネット産業とDPFは発展したとの見方が強い。現代では230条は共和党・民主党の双方から批判され、修正法案等も提案されてきたが、表現の自由等を保障する合衆国憲法修正第一条との関係から進展は芳しくない。

 第二に、個人データの取り扱いとプライバシー保護に関するものだ。よく知られているように、米国には連邦法レベルでの包括的な個人情報保護規制、つまり日本の個人情報保護法や欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)に相当するものは存在しない4。近年では、米国データプライバシー保護法(ADPPA)の成立が期待されたが、不成立に終わった。こうした個人データ保護規制の不在こそが、DPFの成長を支えてきたことも事実だ。

 第三に、DPF上の公正な競争環境整備等に関するもので、具体的には反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)とその執行である。反トラスト法とはシャーマン法、クレイトン法、連邦取引委員会法等から構成される総称で、取引制限、独占、不公正な競争方法等を禁じる。この規制と執行は、DPFの競争力に影響を与え、ビジネスモデルを根底から覆す可能性を持つ。

 第四に、第三の点とも関連して、DPFから伝統的メディアの独立性・自律性を保護するための法整備であり、米国では米ジャーナリズム競争・保護法案(JCPA)という形で審議された。具体的には、GoogleやMeta等に対する伝統的メディアの交渉力(掲載価格、掲載条件等)を強化するものだ。米国では法案は成立しなかったが、欧州連合、豪州、カナダでは既に同様の法案が成立している。この他、DPF各社の大規模言語モデル開発時におけるニュース収集の制限等もこのカテゴリに含んで良いかもしれない。

バイデン政権下の反トラスト法執行強化と新ブランダイス学派

 これらの内、最も規制強化が進展し、米国大統領選挙による政策転換の可能性が大きいものは、特に第三の点である。

 まず注目すべきは、バイデン(Joe Biden)政権がその競争政策を従来のものから大きく転換させたことだ5。ただし、それは新法制定や法改正ではなく、反トラスト法の解釈変更や執行強化である。

 その背景には、反トラスト法の解釈について従来と異なる考え方を持つ「新ブランダイス学派」の台頭がある。新ブランダイス学派とは、約100年前に米国最高裁判所判事を務めたルイス・ブランダイス(Louis Brandeis)に思想的潮流を持ち、企業の独占行為を厳格にとらえる立場である。新ブランダイス学派によれば、1970年代以降の反トラスト法解釈の主流であったシカゴ学派は市場価格等の「消費者」の厚生基準を重視したが、これは現代の企業独占・寡占の特徴や競争上の優位性を過少評価している。ビッグテック企業が消費者にサービスを安価に(場合によっては無料で)提供していることは、「価格」を重視するシカゴ学派にとっては競争上の問題はないが、新ブランダイス派は、ビッグテック企業が安価ないし無料のサービスを提供する一方で、市場や競争環境を支配している、という。さらに言えば、ビッグテックをはじめとする巨大企業の独占・寡占は純粋に経済学上の問題ではなく民主主義への挑戦であり、反トラスト法の運用は「市民」の厚生基準に立脚すべきである6

 バイデン政権は新ブランダイス学派の専門家を登用した。それを象徴するのは2021年6月、32歳という若さで連邦取引委員会(FTC)委員長に就任したリナ・カーン(Lina Khan)であり、政権初期に約2年間、技術・競争政策担当大統領特別補佐官を務めたティム・ウー(Tim Wu)、司法次官補(反トラスト担当)のジョナサン・カンター(Jonathan Kanter)らである。

 そして、バイデン政権の競争政策の焦点の一つはDPFをはじめとするビッグテック企業である。大統領令14036号で「支配的なインターネット・プラットフォーム」に焦点を当て、実際、FTCや司法省反トラスト局等はGoogle、Meta、Amazon、Appleを反トラスト法違反の疑いで提訴してきた。また、FTCと司法省が2023年12月に公表した、新たな「企業結合ガイドライン」最終版では、指針第11項目で「企業結合がマルチサイドプラットフォームを含む場合」を掲げ、競争法上の問題が生じるケースを列挙している7

 ただし司法はシカゴ学派が浸透しているとされ、状況が異なる。企業結合やビッグテック訴訟に関する裁判所の判断・見解とFTCや司法省(新ブランダイス学派)の見解が一致するかは分からない。

米国大統領選挙による影響

 米国大統領選挙の結果はDPFを含む競争政策にどのような影響を与えるだろうか。

 ハリス(Kamala Harris)政権であれば、予見可能性は高い。基本的にはバイデン政権下のカーン路線を踏襲・強化するだろう。なお反トラスト法の執行機関としてFTCや司法省反トラスト局に加えて、各州の司法長官が規定され、ハリス候補はカリフォルニア州司法長官を二期(2011年1月-2017年1月)務めた。彼女の任期後であるが、カリフォルニア州もDPF各社を反トラスト法違反の疑いで提訴している。

 他方、トランプ(Donald J. Trump)政権の競争政策は不確実性が大きい。なぜなら、共和党内では既存のカーン路線に対して二つの考え方があるからだ。

 一つは共和党の伝統的な立場であり、連邦政府の権限や企業活動の規制は縮小すべきとの考え方で、カーン路線を支持しない。この立場は新ブランダイス学派が(競争による)価格への影響のみならず、労働問題等に焦点を当てることを「左派」的と批判する。事実、トランプ陣営の公約の一つは、FTCの権限縮小である。トランプ政権が樹立されれば、FTCや連邦通信委員会(FCC)等の独立規制機関を「合衆国憲法に従い、大統領権限下に戻す。こうした機関が、(立法・行政・司法に次ぐ)第4の政府機関として独自に規則や決定を発出することは許されない。…中略…我々は、諸機関が検討している全ての規制をホワイトハウスに提出することを要求する」という8

 もう一つの立場は、カーンFTC委員長を支持する保守派・共和党議員の立場、いわゆる「カーンサバティブ(Khanservatives)」である。「カーンサバティブ」とはカーンFTC委員長と保守主義者(conservatives)をあわせた造語であり、「より若く、よりトランプ的な傾向があり、自由な市場に疑問を持ち、大企業を有権者にとって敵対的な存在と見なす9」。ロイター通信によれば、カーンサバティブな連邦議員はミズーリ州選出のジョシュ・ホーリー(Josh Hawley)やフロリダ州選出のマット・ゲイツ(Matt Gaetz)下院議員だが10、最も影響力のある人物はJ.D.ヴァンス(James David Vance)副大統領候補である。ヴァンス副大統領候補は現行のFTC路線に同意し、2024年2月にはX(旧Twitter)上で「Googleを解体する時がきた」と述べた11。トランプ政権の競争政策は今後、「カーンサバティブ」がどれほどの影響力を持つかに依存するだろう。

 このように米国ではいくつかの領域でDPF規制が議論されている。その中でも、DPFを含む反トラスト法関連規制はバイデン政権下で強化された。政権の反トラスト法の解釈見直しと執行強化の焦点の一つはDPFであったと言っても過言ではない。こうした動向が次期政権でも継続するのか、あるいは変化が生じるのかは大きな注目点である。



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この記事を書いた人

川口 貴久のアバター 川口 貴久 リサーチフェロー

1985年福岡生まれ。東京海上ディーアール株式会社ビジネスリスク本部主席研究員、マネージャ。専門は国際政治・安全保障、リスクマネジメント。修士(政策・メディア)。主な著作に『ハックされる民主主義:デジタル時代の選挙干渉リスク』(土屋大洋との共編著、千倉書房、2022年)等多数。この他、一橋大学法学研究科非常勤講師(2022年4月~現在、ただし4-9月に限る)、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)特任准教授(2023年10月~2024年2月)、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議」構成員(2024年5月~現在)等。※2024年9月現在。

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