巨大化する中国の情報・工作機関

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 SNSを利用した世論操作など、国家機関が密かに進める“誘導工作”が注目されている。もともとロシアが先行していたが、中国も本格的に始めているようだ。

 こうした工作は、各国の情報・工作機関が行なう。では、中国にはどのような組織があるのか。種類と活動内容をみていきたい。

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中国国内の情報工作を行う巨大省庁「公安部」

 政府機関でもっとも強力なのは、190万人の要員を擁する巨大省庁「公安部」である。公安部はつまりは警察だが、その守備範囲は広く、担当するのは治安維持の一般的な警察業務だけでない。共産党政権の維持を目的とする政治警察であり、反体制運動の芽を刈り取る公安警察でもある。

 そもそも公安部の筆頭部局である第1局は、別名「政治安全保衛局」という政治・公安警察だ。この第1局(政治安全保衛局)は基本的には国民の監視を行なうが、内部部局である「対外連絡処」「民族宗教領域案件偵察処」「反破壊活動偵察処」「境外非政府組織管理弁公室」、あるいは統括下に置く「香港マカオ台湾事務弁公室」などが、監視対象への偵察活動と同時に、対象に対する誘導工作も行なっているとみられる。

 また、第1局以外でも部分的に監視対象への誘導工作を行なっているとみられる部局がある。メディア監視を任務とする「新聞宣伝局」、法輪功などを監視する「第4局」(反邪教局)、イスラム過激派などを監視する「第6局」(反テロ局)、ネット検閲が担当の「第11局」(ネットワーク安全保障局)、盗聴・ハッキング活動を行なう「第12局」(技術偵察局)などだ。

 これらの監視対象は中国国内に留まらず、国外の中国人社会に及ぶ。つまり、国際的なインテリジェンス活動であり、誘導工作も世界規模になる。ただし、公安部の監視対象への誘導工作は、あくまで反体制分子のネットワークの摘発を目的としたものが主で、監視対象そのものの考えを誘導し、コントロールしようという性質のものではない。

公安部の国内監視技術から発展したサイバー管理技術

 なお、公安部の本省の下には、各省・自治区に「公安庁」、直轄市である北京市、上海市、天津市、重慶市に「公安局」があり、それぞれの筆頭部局である政治警察「敵偵処」が各地域の監視対象への浸透工作を行なっており、その過程で誘導工作も行なっている。

 現在の誤情報・偽情報を駆使する誘導工作はサイバー空間が主になっているが、技術的にはサイバー・スパイの応用であり、それももともとはサイバー監視の技術である。中国の情報機関・工作機関の特徴のひとつは、サイバー分野の管理技術が国内監視主導で発展してきたことだ。つまり、サイバー領域での誘導工作はサイバー監視の技術が基になっており、サイバー監視は中国では公安部が主導してきた。現在も、たとえば上海のサイバー・セキュリティ企業である「ランダソフト」や「i-SOON」などが開発した監視ソフトウェアが中国政府・軍のサイバー監視を支えているが、その最大の顧客こそ公安部である。i-SOONは流出した内部資料から、世論操作ツールまで開発したことがわかっている。

世界規模で活動するサイバー民兵を擁する「国家安全部」

 他方、国務院(政府)の省庁として対外的なインテリジェンス活動を担当するのは「国家安全部」(略称「国安」)である。国安はいわゆる情報機関だが、防諜や誘導工作も担当する。とくに外国の情報機関の活動を監視しており、その延長で、中国国内で外国人をスパイ活動容疑で摘発する事案が増えてきている。

 国安は自前でサイバー活動を行なっているが、国内のハッカー・グループを使ったサイバー・スパイ活動も活発に行なっている。こうした国家機関に所属しないが協力関係にあるハッカー集団を「サイバー民兵」というが、中国には主業務が国家機関・軍の下請けの、いわば国のフロント企業のようなサイバー民兵が非常に多い。たとえば、世界各地で技術情報を狙う「APT41」(別名「バリウム」「ダブルドラゴン」)という有名なハッカー・グループは国安の下請けとみられている。なお、前出・i-SOONの顧客リストには国安もある。

中国軍の筆頭スパイ機関「連合参謀部情報局」

 インテリジェンス活動はどの国でも、政府機関と軍の2系統がある。中国軍の筆頭スパイ機関は「連合参謀部情報局」だ。世界各地の在外公館に派遣している駐在武官はもとより、偽装した工作員を多数投入し、世界規模でスパイ活動をしている。もちろん軍事情報がメインだが、政治情報や経済的利益目的での最新技術情報も狙う。ただし、近年は政治情報や経済技術情報のスパイは国安が主導するようになってきているようだ。

 この連合参謀部情報局はヒューミント(人的情報活動)と連動したサイバー・スパイも行なっているが、中国軍のサイバー工作は、ここよりもサイバー戦の専門部隊が主導している。ときおり米国で中国のサイバー・スパイ活動が摘発されることがあるが、たいてい中国本国にいるサイバー部隊のチームである。

「サイバースペース部隊」が軍のサイバー攻撃・防御を主導する

 こうしたサイバー・スパイはこれまで「戦略支援部隊」内のネットワークシステム部が担ってきたが、2024年4月にその戦略支援部隊が廃止され、同・宇宙システム部は「軍事宇宙部隊」として独立し、ネットワークシステム部は「情報支援部隊」と「サイバースペース部隊」に分割された。情報支援部隊は軍の通信ネットワークの保全(電子戦含む)を主に担当する部隊であり、サイバー戦はサイバースペース部隊が受け継いだ。サイバースペース部隊は、軍のサイバー攻撃とサイバー防御を主導する部隊だが、サイバー攻撃の一部としてサイバー・スパイにも力を入れている。

 この部隊にはもともと外国の通信傍受を担当していた要員も多く、その中には対象国の言語や国内事情、習慣などに通じている隊員もいる。サイバー・スパイは単にハッキング技術が優れているだけでは不充分で、フィッシングで標的に浸透する際にいわゆる“成りすまし”技術が必要になる。ハッキングで入手する情報を有効に分析するにも、そうした“文系”要員が必要だ。もともと戦略支援部隊ネットワークシステム部は、軍情報機関の文系のプロと、理系のサイバー戦のプロを組み合わせて強力なサイバー部隊を作るのが目的のひとつで創設された部隊だったが、現在のサイバースペース部隊はそれを受け継いでいる。サイバー経由の誘導工作にももちろん力を入れているはずである。

 このように、中国軍のサイバー工作はサイバースペース部隊が主導しているが、その傘下に多くのサイバー民兵がいる。サイバー・セキュリティ企業の看板を掲げているグループが多いが、大学の研究機関などでも協力関係にあるところは多い。また、中国各地の軍の各戦区司令部、各軍司令部にも情報部があり、そのサイバー部門をサイバースペース部隊は実質的に指揮下に置いている。

 なお、旧・戦略支援部隊には、ネット世論操作など誘導工作を主任務とする心理戦部隊「第311基地」が、台湾に近い福州に置かれていたが、この部隊もおそらくサイバースペース部隊に引き継がれている。

誘導工作で大きな力を持つ、党「中央統一戦線工作部」

 前述のように、通常、国家の情報機関は政府と軍の2系統で、中国の場合は以上の「公安部」「国家安全部」「連合参謀部情報局」「サイバースペース部隊」になる。ただし、中国の場合、それ以外にも誘導工作で大きな力を持つ組織がある。党の「中央統一戦線工作部」(統戦部)だ。

 統戦部は敵の弱体化を目的に海外に友好勢力を獲得する機関で、世界各地でリベラル派のグループに接近し、親中派ネットワークを拡大する工作を実施している。この要員は、友好団体などに身分を偽装して各国に浸透し、人脈を作る。とくにスポーツや文化活動、学術交流、メディア、職能団体などを通じて友好関係を広げる「全国政治協商会議」は統戦部とリンクしている。中国の地方政府の経済団体などによる経済交流も、じつは背後に統戦部がいることが少なくない。

 たとえば中国は世界の優れた科学技術の移転を目的に、外国の一流研究者を高額報酬でスカウトする「千人計画」を進めている。表向きは国務院工業情報化部の事業とされているが、背後に統戦部がいる可能性は高い。中国はまた世界各地で中国語・中国文化を広めるために教育機関「孔子学院」を運営している。国務院教育部が運営しているが、統戦部が関与しているのではないかとの疑惑も指摘されている。こうした活動を効果的に進める目的で、工作対象の意識を誘導する情報操作は当然、行なっているだろう。

 そもそも中国の親中派スカウト工作は、国務院の「外交部」(外務省)や党「中央対外連絡部」も昔から力を入れてやっている。誘導工作も裏工作以前に大っぴらに党「中央宣伝部」(国務院新聞弁公室と同一)や党「中央対外宣伝弁公室」が行なってきた。これらの各省庁・機関は現在も親中派スカウト工作に邁進しているが、連動して誘導工作も進めているとみていいだろう。

 軍の「政治工作部」も誘導工作は主任務だが、対外部門は戦略支援部隊に移管され、現在はサイバースペース部隊が引き継いでいるとみられる。軍政治工作部の現在の活動は国内での誘導工作ということになっているが、なにせ心理戦の専門家集団である。ネット経由であれば国内外の垣根は低く、実際には多少は対外誘導工作をやっている可能性がある。

 以上のように、中国では誘導工作に関与しているとみられる組織は多い。工作に携わっている人員も巨大な数になるだろう。これらの工作を各自バラバラに行なうと、場合によっては方針がズレて、足を引っ張り合うようなこともあり得るかもしれない。

 そうしたことがないよう、習近平政権は2014年に設立した「中央国家安全委員会」により、各省庁・軍・党組織の機関を統括している。同委員会は国家安全保障に関する最高指導機関だが、サイバー工作・誘導工作などの新領域についても、習近平自らがしばしば言及し、統合的な工作方針を示して指導している。

大量の人員で膨大な情報を吸い上げ本国で分析する

 最後に、中国のインテリジェンス活動全体の大まかな動向について記しておきたい。

 中国のスパイ活動は冷戦時代からもともと活発だが、旧ソ連/ロシアと違い、核心情報にアクセスできる獲物を狙い撃ちでリクルートするようなピンポイントなやり方ではなく、情報の一部を持ってそうな多くの人間に広く浅く接触し、膨大な情報をとにかく吸い上げる。そして、本国の巨大な分析機関が分析する。そのため、日本でも米国でも欧州でも、旧ソ連/ロシアのスパイと違い、中国のスパイが摘発される事案はきわめて少なかった。活動が違法でないことが多かったからだ。

 現在も、凄まじい勢いで広く浅くサイバー・スパイを行なっている。米国FBIも中国のサイバー・スパイの量の多さを指摘している。大量の人員動員で勝負するメンタリティは、これまで同様でもある。ただし、その技術は格段に向上している。

 ひと昔まえ、中国の軍事力について「量は凄まじいが、質に劣る」と軽く見る論調が多かったが、もう完全に古い認識となった。経済力をバックに軍拡をひたすら進めてきた現在の中国の軍事力は、脅威である。現在のサイバー戦力にもそれは言える。

 誘導工作では、従来の中国のやり方というのは、ストレートに中国の正当性を宣伝し、西側を批判することが多かった。近年も一時期、外交部報道官の攻撃的なプロパガンダ発信が「戦狼外交」などと呼ばれた。そういう点では、活動主体をごまかしての裏工作が得意な狡猾な旧ソ連/ロシアよりもわかりやすく、素直ともいえる。

 しかし、米大統領選などへのロシアの介入を見て、最近は真似を始めているとみられる。自分たちの関与を隠してのネット活動や、中国の正当性主張よりも西側の社会分断の扇動などを狙った誘導工作だ。実際、中国がそうした工作に乗り出した事案が、最近は目立つようになってきた。

巨額の予算と人員動員による誘導工作の脅威

 海千山千のロシアに比べ、誘導工作の分野では中国はまだビギナーではある。しかし、中国にはなんといっても巨額の予算がある。前述したように、習近平は盛んに対西側での新領域での活動の強化を掲げている。今後はサイバー・スパイに限らず、中国による誘導工作が格段に強化され、高度化されるものと考え、警戒すべきだろう。

 近年観測される中国によるサイバー誘導工作の”主体”は不明なケースがほとんどだが、明確に任務として取り組んでいるのは、おそらく国安とサイバースペース部隊だろう。筆者は、国安の場合はサイバー民兵を使うことが多いのではないかと推測している。

 また、中国の対外工作の特徴として、リアル社会での影響工作には長い蓄積があり、それとサイバー分野の誘導工作を連携させると高い効果が期待できる。そうしたリアル社会での工作では党中央統一戦線工作部の役割が大きいが、それとサイバー工作を連携させることは当然、考えているだろう。

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この記事を書いた人

黒井 文太郎のアバター 黒井 文太郎 リサーチフェロー

軍事ジャーナリスト。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地多数を取材。帰国後、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て現職。現在、「軍事研究」誌などで国際紛争全般をカバーしており、情報戦分野の執筆も多い。著書・編共著に「イスラムのテロリスト」「北朝鮮に備える軍事学」「日本の情報機関」(以上、講談社)「生物兵器テロ」「プーチンの正体」(以上、宝島社)「インテリジェンス戦争〜対テロ時代の最新動向」(大和書房)「日本の防衛と世界情勢」(秀和システム)など。近刊は「工作・謀略の国際政治〜世界の情報機関とインテリジェンス戦」(ワニブックス)

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