中国の『三戦』による沖縄への影響と未来への懸念
1. 世界が沖縄の地政学的課題に注目
最近、沖縄を巡る歴史認識や中国による沖縄への影響工作が活発化していることが国際的に注目を集めている。中国が、いわゆる「三戦」(輿論戦、心理戦、法律戦)を用いた、戦略的優位を確保することを目的とした活動を強化したということだ。2024年9月以降に報じられている活動は、特に顕著であり、政治からサイバー領域まで広く確認されている。
これは、影響工作だけでなく、スパイ活動を含む隠密性を重視した活動が実行中であると考えるべきだろう。一般に、影響工作の強化は、スパイ活動の発覚を避けるために行われるとの見方もあり、非常に緊迫した状況と言えるのでは無いだろうか。
2024年9月、香港の星島日報は、大連海事大学で開催された琉球研究センターの設立準備会議と琉球問題に関するセミナーが開催されたことを報じた1。このセミナーには、北京大学や武漢大学、南京大学などから20名の専門家が招集されたという。同会議では、北京大学・徐勇教授は、「琉球問題」に関する今後の研究は、対象者や学問の位置づけを明確にし、政治研究を強化し、国際的な影響力を高めるべきだと提案している。同記事では、この琉球を研究する「琉球学」が、中国本土では主要学問分野では無いにも関わらず、正式に大学に組み込まれており、中国政府の影響が反映されたものであることを指摘している。
また、2024年10月には、日経新聞がソーシャルメディア上に「沖縄独立」を促す偽動画が拡散し続けていることを報じている2。これらの投稿には、大量の情報工作アカウントが利用されていた。
これらの活動は、「超限戦」で言うところのメディア戦、情報戦、インターネット戦が関係するものだ。琉球研究センターに関しての動向は中長期的な戦略的なものだろう。一方、ソーシャルメディア上への偽動画の投稿に関しては一定数のネチズンへの影響を与えられれば良しとするものだろう。
2. 10年の成果が出始めた沖縄への影響工作
2024年9月には、福建省トップの周祖翼氏が沖縄訪問しており、玉城デニー知事と会談している。同知事は、2023年にも訪中しており、李強首相や王文濤商務部長ら要人と面談している。いずれも、福建省と沖縄の交流についての内容が含まれるが、同省は習近平氏が17年間勤務した友好の地だ。このことは中国でも大きく報じられ、玉城デニー氏は台湾を含め、親中派として受け止められたことは記憶に新しい3。この沖縄県と福建省のトップの交流は、地政学的に見ても非常に興味深いものだ。
● 中国が沖縄について言及を開始したのは2013年から
このような「琉球問題」を指摘し出したのは、2013年からとされる。同年は、習近平政権が本格始動し、習近平氏が全国宣伝思想工作会議の場で、イデオロギー工作の重要性を説いた年である。そのタイミングから日本に対しての情報戦を強化したとすると、約10年をかけて沖縄との距離を詰めてきたことになる。
中国が沖縄の領土問題に言及し始めたのは、2013年5月に人民日報に掲載された記事がきっかけだとされる4。これは、尖閣諸島の問題に関するシリーズ記事として掲載されたもので、琉球処分の不法性を指摘し、沖縄の日本への帰属は未確定と主張したものだ。同記事の執筆者は、中国社会科学院の張海平氏と李国強氏だ。同記事では日本に対しての内容であるが、両氏は元々台湾問題に関する研究や政策立案に関わっている。特に、李国強氏は、中国社会科学院台湾史研究センターにも関わっており、学術機関とも交流がある。
● 国家安全部による影響工作の関与の可能性
中国社会科学院の台湾研究所は、国家安全部第15局の管轄下であることが報告されている組織5で、党のイデオロギーを支持し指導部を支援する機関としての性格を持っている。元台湾研究所所長の杨明杰氏は、現在の中国現代国際関係研究院院長(国家安全部第11局)6であることなどを勘案すると、中国社会科学院は国家安全部と非常に近しい関係であることが分かる。
国家安全部の傘下組織は、2000年以前からたびたび日本組織へコンタクトしていたが、多くは政府関係機関や学術研究機関などの関係者への諜報活動や影響工作を目的としたものだ。ところが、習近平政権になると一変し、統一戦線工作を主とした活動が強化され、その対象の1つが沖縄になったようだ。
3. 台湾から学ぶ次の一手
沖縄と交流を深める福建省は、国家安全保障の点では台湾や東シナ海方面を担当する東部戦区であり、台湾や沖縄を対象としている地域だ。この地政学的リスクの側面から、前述の内容を捉えると、サイバー領域においても今後の傾向が見えてくるのでは無いだろうか。
福建省のサイバー軍といえば、2020年にTaidoorと呼称され、湖北省のサイバー軍とみられるBlackTechと共に台湾政府を攻撃したことが報告されている7。これらの脅威アクターは、日本でもたびたび攻撃が報じられている8。つまり、台湾の攻撃動向を分析すれば、日本でも同様の事象が発生する可能性があるということだ。その観点では、影響工作や政府機関、重要インフラ企業などへのサイバー攻撃が並行して行われる可能性は十分に予想されることだ。
このようなサイバー攻撃や影響工作による国家への影響は、一部の重要インフラ企業への攻撃を除き、表面化するまでに時間を要する上に影響も見えづらい。しかし、多くの国家がサイバー攻撃を諜報活動の手段の1つとして利用している以上は、水面下の動向を把握する一材料として各国のサイバー活動動向は、国家として確実に把握しておくべきだろう。その観点では、東部戦区の動向監視は最優先だ。
4. 中長期のリスクシナリオを描く重要性
2022年、武漢大日本研究センター(武漢は湖北省)は、沖縄返還50年を記念したオンラインシンポジウムを開催している9。このシンポジウムには、琉球大や中国社会科学院も参加している。このような学術交流は比較的敷居が低く、様々な大学や分野で同様の光景が見られ、中国国家安全部のこれまでの影響工作を想起させる。
ここで思い出して貰いたいのが、2018年に報じられた航空宇宙作業へのスパイ事件である10。この事件を踏まえ、米ジャーナリストのギャレット・グラフ(Garrett M.Graff)氏 は、中国国家安全部が欧米人を工作員にスカウトする際の5つのステップ(①Spotting ②Assessing ③Developing ④Recruiting ⑤Handling)を分析した記事をWIREDへ寄稿した11。同記事では、工作員のリクルーティングには上海社会科学院が利用されたと指摘している。同科学院は、上海市国家安全局のカバー組織だ。影響工作とスパイ活動は表裏一体であることを踏まえると、沖縄には中国の(無意識な)協力者が潜んでいることは間違いなく、現状に鑑みると③の育成段階くらいかもしれない。
雑観ではあるが、中国による沖縄に対する10年の影響工作は、確実に効果が表れ始めている。その代表例が沖縄県知事の訪中で、学術機関の交流といった中国のストーリー通りの流れが報じられている。これまでの国内外の事例を踏まえると、そろそろ中長期での最悪シナリオを沖縄だけでなく国家として想定し、対策に乗り出す時期に来ているようにも思う。個々の考え方や感じ方は様々であるため、状況の善し悪しは簡単に決められるものではないが、1つの事実として捉えて貰いたい。
参考
- https://archive.md/XN1I4 ↩︎
- https://archive.md/3FgO4 ↩︎
- https://archive.md/wip/at88Z ↩︎
- https://perma.cc/4JBH-CKZS ↩︎
- https://perma.cc/EAB4-2QPU ↩︎
- https://archive.md/tgoTk ↩︎
- https://perma.cc/3GRB-MXPK ↩︎
- https://archive.md/pFvIC ↩︎
- https://archive.md/wip/0fw5T ↩︎
- https://archive.md/wip/12Ax4 ↩︎
- https://archive.md/CBUwr ↩︎