The OnionがInfoWarsを落札─銃問題で対立した「嘘ニュース」サイト
2024年11月14日、風刺メディアの「The Onion」が、アレックス・ジョーンズの「InfoWars」を落札したことが報じられた。現在のところ売却価格は公表されていない。
両方の媒体がどんなものなのかをよくご存じの方であれば「あのThe Onionが、あのInfoWarsを買収するのか?」と仰天し、大笑いするようなニュースだ。しかし、これらが日本語で詳しく語られる機会は多くないだろう。
僭越ながら、この落札がどれほど奇想天外なニュースだったのかを、ひとりのThe Onionファンから丁寧に説明したい。私よりも熱烈なファンには「ぬるい」と感じられるかもしれないが、その点はどうかご容赦いただきたい。
The Onionとは?
The Onionは、米シカゴを拠点とする風刺メディアだ。「存在そのものが正統メディアの風刺にもなっているパロディのメディア」と表現するほうが的確かもしれない。この媒体は政治や国際、スポーツやエンターテインメントなどあらゆるジャンルの時事ネタを中心に、滑稽なコンテンツを提供している。
もともとThe Onionは、二人の大学生が1988年に創刊した風刺新聞だった。二人はそれを一年ほど発行したのちに1万6000ドルで売却したのだが、スタッフや拠点を変えながら活動を続けてきたThe Onionは、米国中に知れわたる「風刺の巨人」となった。
The Onionの記事は、大手メディアのようなレイアウトや文体を用いながらも、ひとめでパロディだと分かる奇抜な内容を伝えたものが多い。このような説明をすると、日本の「虚構新聞」に近いイメージを持たれるだろうか。しかし実在の著名人や深刻な事件、物議をかもす話題をも果敢に(時として不謹慎に)取り上げるThe Onionは、虚構新聞よりもはるかに過激だ。
(例)
- いじめられた孤独な男、オフィスでの銃撃を計画
(写真はイーロン・マスク。Twitter買収の批判が高まっていた時期に掲載された記事で、本文はない) - 大谷翔平、エンゼルスを離れてMBLのチームに移籍するプランを発表
- CIA、「黒の蛍光ペン」を使い続けていたことに気付く
- 間抜けな子供3人の死亡により、楽しい玩具が発売中止に1
とはいえ、The Onionは過激さだけを売りとしているわけではない。あきれるほど馬鹿げたニュースやシュールな写真ネタ、あるいは誰にでも身に覚えのある日常の出来事などを、まるで大手新聞の社会記事のような風体で大真面目に掲載したものも多い。
(例)
The Onionと国際社会
多くの英語圏の人々は、The Onionがどんなメディアであるのかを知っているため、少々過激な風刺やリアルすぎる冗談が掲載されても「The Onionだから」と取り合わないことが多い。しかしThe Onionの長い歴史の中では、その風刺を理解できなかった他言語の国のメディアが、大真面目に事実として紹介してしまうケースが何度もあった。
たとえば中国国営の北京イブニングニュースは、「米議会、新しい議事堂が建設されなければワシントンを離れると脅迫」というThe Onionの記事を疑いもせずに翻訳して報じた。このとき同誌は謝罪文を発表しながら「金儲けのために奇抜な捏造記事を広める米国の卑劣なメディア」としてThe Onionを批判した。またThe Onionが2012年、金正恩を「今年の最もセクシーな男」に選んだ際は、それを真に受けた中国人民日報の公式サイトが、55ページにわたるスライドショーで金正恩の写真を掲載してしまった3。一方、バングラデシュの2つの新聞は「ニール・アームストロング、月面着陸が捏造だったことを認める」というThe Onionの馬鹿馬鹿しい記事を信じて掲載した。このような誤報の例は、いくつもの国で報告されている4。
また2012年から2013年にかけて、シリア電子軍が複数の大手組織のTwitterアカウントを次々とハッキングした際には、AP通信とロイター通信に続く形で、The Onionが被害を受けた。このときのシリア電子軍が、The Onionを「まともなメディア」と勘違いしたまま攻撃したのか、あるいはアサドを揶揄する風刺記事を書いたThe Onionを恨んでいたせいなのか、もしくは憧れのThe Onionのアカウントで自作のパロディ記事を書いてみたかったのかはよく分からない。
ともあれ、The Onionの公式アカウントが「この場所はシリア電子軍が乗っ取った」と宣言したのち、冗談とも本気ともつかない奇怪な親アサドのツイートを連投しはじめたとき、多くのフォロワーは異常に気付かず、「いつものおふざけだろう」と勘違いしていた。5
The Onionの倫理(かもしれない何か)
あらゆるニュースを風刺のネタに変え、時に世界を混乱させてきたThe Onionは、基本的に「全方向を馬鹿馬鹿しく揶揄する」立ち位置だと言ってよいだろう。たとえばジョー・バイデンを非常識で挙動不審で迷惑な老人として描写したり、あるいはドナルド・トランプを無知で自分勝手でどうしようもない幼児のように描写したりといった具合だ。炎上している真っ最中の著名人を取り上げる際にも、その著名人を批評している一般人まで含めて、丸ごと揶揄の対象とするようなケースが見られた。
しかし戦争や差別、ジェノサイドなどの話題を取り上げる際のThe Onionは、馬鹿馬鹿しさを重視するよりも、むしろ高度な皮肉を用いて、読者に「考える」ことを促すケースが多い。たとえば私が個人的に「The Onionの最高傑作ではないか」と考えている記事も、そのひとつである。
Holocaust Survivors Recall Exact Day Holocaust Started Right Out Of The Blue
この記事は、ホロコーストを生き延びた94歳の人物が「突如としてホロコーストが始まった日」を思い出しながら体験談を語ったものだ。つまり完全なデタラメ話を、まるでドキュメンタリー記事のような文体で大真面目に取り上げた記事である。
老人は次のように主張する。悪い予兆など何もなかった。我々は全く迫害を受けておらず、ごく普通に暮らしていた。ある日の夜から突然、ユダヤ人や障害者や同性愛者やロマ族が路上で捕らえられるようになった。その日が来るまで誰も、悪いことが起こるとは想像していなかった……
多くの読者は、そんな馬鹿な話があるかと鼻で笑ったあと、「ホロコーストは、時間をかけて過激化した国ぐるみの虐殺だ」と改めて気づくことになる。そして一部の人は思うだろう。「徐々に憎悪が募り、ファシストが力を得るまでには、多くの予兆や段階があったはずだ。それはどんなものだっただろう。なぜ人々は、権威主義的なポピュリズムの結果を真剣に考えなかったのだろう。なぜ途中で『我々は狂っている』と気づき、引き返せなかったのだろう。そして我々はいま、何かの予兆を見過ごしてはいないか?」と。
しかし、そのような説教くさい文言は、そこに少しも記されていない。まるで事実であるかのように、とんでもない嘘を語ったインチキな記事があるだけだ。
The Onionと、繰り返される米国の銃乱射事件
普段は馬鹿馬鹿しい笑いを届けるThe Onionだが、「他者の命や権利を奪う行為」「その行為を止められない政治や社会」に関しては真剣に、なおかつユニークな手法で批判する傾向がある。その特徴を最も顕著に表わしてきたのが、銃乱射事件だろう。
The Onionは、過去に何度も米国の銃乱射事件に関する風刺記事を繰り返し掲載してきた。「繰り返し」というのは誇張ではない。現実社会で悲惨な銃乱射事件が発生したあと、彼らはあえて「まったく同じタイトル」「ほとんど同じ内容」の記事をしつこく掲載してきた。その回数は計37回にも及んでいる(2024年11月15日執筆時点)。
その記事が最初に掲載されたのは、2014年に発生したアイラビスタ銃乱射事件の直後だった。女性蔑視主義者を自認する22歳の若者が、3丁の銃を合法的に購入したのち、カリフォルニア大の学生6人を殺害した事件だ。
‘No Way To Prevent This,’ Says Only Nation Where This Regularly Happens
タイトル直訳:「それを定期的に起こす国だけが『防ぐ方法はない』と語る」
初回の記事 最新の記事(37回目)
あまり長い文章ではないので、興味のある方にはぜひ読んでいただきたいのだが、簡単に紹介しておこう。まずは実際に起きた事件の概要が簡素に紹介される。そして毎回、〇〇州在住の××氏(地名と氏名は毎回変更される)なる人物が登場して「これは悲劇的な事件だったが、たびたび起こることで、誰にも止められない」と同じコメントをする。そして最後に、過去×年間で×件もの銃乱射事件が発生している世界唯一の経済的先進国の住民(つまり米国市民)が、自分たちと自分たちの置かれた状況を『無力だ』と語る様子を紹介して、記事は締めくくられる。
つまり37回の記事すべてが「先日起こったばかりの悲惨な銃乱射事件」を、テンプレートに流し込んだように淡々と報じている。それは一見、わざとらしい豪快な手抜きだ。The Onionに慣れていない人が読むと「ふざけている場合なのか、死者が出ているのに」と腹を立てるかもしれない。
しかし、この記事は同じ内容のまま繰り返し掲載することにこそ意味がある。なにしろ読者たちは、米国で銃乱射事件が起こるたび、「ちょっと前に読んだばかりの記事」を37回も見せられてきた。ウンザリさせられてきた。その無力感と乾いた感情こそ、多くの米国市民が直面している思いと重なるものだろう。
米国では頻繁に銃乱射事件が起こり、多くの人が命を落としているにも関わらず、いまでも銃の購入や所持が認められている。たとえ政権が代わり、いくつかの対策が加えられても、一般人がやすやすと銃を手に入れ、まるで日常茶飯事のように大量殺人が発生し、子供を含めた市民が次々と凶弾に倒れている。それが現実だ。
乱射事件の遺族たちがカメラに向かい「こんなことが繰り返されてはならない」と涙ながらに訴えるのも、まるで風物詩のような光景になった。あるいはNBAのヘッドコーチが、試合後のインタビューの職務を放棄して怒りを表明するようなこともあった。しかしメディアは毎度同じような内容を(まさしくテンプレートにはめこんだかのように)繰り返し伝えるだけだ。その衝撃は日々のニュースの山に埋もれていく。The Onionは、その虚しさを何度も風刺的に強調しながら、「いつまでも同じ悲劇を繰り返す馬鹿げた社会」への怒りを、どのメディアより根気よく表明してきたのかもしれない。
The Onionは、少なくとも過去に二度(いずれも銃撃事件が発生した直後)、この「No Way To Prevent This」だけでサイトを埋め尽くすという「自前のハイジャック」を行ったことがある。
つまり、これまで何度も掲載してきた同じ内容の記事を、時系列で一挙に並べたのだ。いつものようにThe Onionを訪問した読者は、まったく同じタイトルの記事だけがずらずらと並んだウェブサイトの姿を目撃させられた。それは大好きな世界が崩壊させられたようにも見える、ショッキングな光景だった。
The Onionは何から何までふざけている風刺サイトだ。しかし銃社会の問題に関しては、はっきりと明確に「規制を求めている」ことを態度で示しつづけてきた。
The Onionの説明は、ここでいったん終了としよう。
次に、The Onionが買収した「InfoWars」と、その所有者だったジョーンズについて説明したい。
アレックス・ジョーンズとは?
アレックス・ジョーンズを紹介する際には「極右のラジオ番組司会者」「ホロコースト否定論者」「反ユダヤ主義者」「自称リバタリアン」「反CNN」「オルタナ右翼」「銃器マニア」「トランプ支持者」などさまざまな説明を加えることができるが、おそらくは「米国を代表する陰謀論者」の肩書きが最も相応しいだろう。
テキサス在住の米国人ジョーンズは、政権批判と陰謀論を混ぜ合わせながら「他のメディアが隠してきた真実を暴露する」という触れ込みで、過激なファンを獲得してきた。彼の発言内容は時として支離滅裂で矛盾が指摘されることもあるが、「政府は我々から自由を奪い、大企業や銀行による世界支配をもくろんでいる」という主旨は一貫している。
ジョーンズの経歴や数々の疑惑、ドナルド・トランプとの関係、これまでに起こされた訴訟(名誉棄損やセクハラなど)などについていちいち説明するとキリがないうえ、本題とは直接的な関係がないので今回は割愛しよう。ともあれ、そのジョーンズが設立し、運営し、多種多様な偽情報を拡散してきたウェブサイトがInfoWarsだった。
InfoWarsとは?
たいへん身も蓋もない表現をするなら、InfoWarsは「陰謀論とフェイクニュースを極右に提供するウェブサイト」である。1999年の開設時には、ジョーンズが自作した陰謀論の映像を販売するための場所だったが、ジョーンズが司会を行う番組「アレックス・ジョーンズ・ショー」の放送は、このサイトから始まった。
それから時を経て、陰謀論者と極右の視聴者(トランプの熱狂的な支持者など)から絶大な支持を得たInfoWarsは、正統派メディアをしのぐほどの訪問数を誇る存在となり、「大型メディア」と呼ばれるまでになった。
その一方でInfoWarsは、FacebookやTwitter、YouTubeなど数多くのプラットフォームの利用規約に違反し、一時停止や禁止の処分を受けている。また2018年にシモンズリサーチが実施した調査では「米国人から信頼されるメディア」の下から2番目という不名誉を与えられた。ちなみに、この調査で一位となったのはウォールストリートジャーナルで、最下位はタッカー・カールソンの「デイリーコーラー」だった。
そんなInfoWarsが拡散してきた陰謀論は
- 9/11のテロは米国政府が画策した内部犯行だった
- 1995年のオクラホマシティ爆破事件は連邦政府が計画し、実行した
- 2013年のボストンマラソン爆破事件は、偽旗攻撃だった
- 暴動に備えて一般市民に使用するための弾薬を社会保障局が購入した
- 人類は月面に到着していない
- 気候変動は、世界銀行をはじめとした世界中のエリートたちによる陰謀論である
- COVID-19のパンデミックは支配層が故意に引き起こしたものである
- COVID-19のワクチンにはマイクロチップが含まれている
- ハリケーンや自然災害は人工的に引き起こされている
- 2020年の大統領選挙には不正があった
など多岐に渡るのだが、InfoWarsの存在を世界に知らしめた最も悪名高い陰謀論のひとつが
- サンディフック小学校の銃乱射事件は、政府のでっちあげである
というものだった。
InfoWarsとサンディフック小学校銃乱射事件
何の意外性もないが、アレックス・ジョーンズは自他ともに認める銃マニアである。そして多くの銃愛好者たちは、米国で銃乱射事件が起こるたびに(つまり銃規制を求める声が上がるたびに)不快感を示し、「銃が人を殺すのではない。大量殺人を望んだ変質者が、たまたま銃を使っただけだ」「悲しみの感情に流されて、自由を手放してはならない」などの主張を繰り返している。それは少しも珍しいことではない。
しかしジョーンズは一線を大きく踏み越えた。彼は複数の銃乱射事件について「フェイクニュースだ。そのような事件は現実で起きていない」と主張した。銃撃で家族を奪われた遺族にとっては、決して許すことのできない暴言だ。
とりわけ話題となったのが、2012年にコネチカット州で発生したサンディフック小学校銃乱射事件に関するデマである。それは小学校を舞台とした銃乱射事件の中でも、米国史上最悪の事件だった。犠牲者の数は27人。そのうち20人が児童たち(6歳から7歳)で、6人は彼らを守ろうとした学校職員だった。
ジョーンズは、この悲惨な事件が「銃規制の強化を求める政府がでっちあげた、嘘の出来事」であると主張したうえ、悲しみにくれる遺族たちについても「クライシスアクターが演じている」というデマをInfoWarsで拡散した。犠牲者の父親の一人は、ジョーンズのファンから殺害予告を受けるようになり、数回の引っ越しを余儀なくされた。
ジョーンズはその後も数年間、InfoWarsで「あの事件はやらせだ」「実際の死者などいない」という主張を何度も拡散した。
アレックス・ジョーンズの破産と、The Onionによる落札
とつぜん家族を奪われた挙句、「ニュース映像の中で噓泣きをしている連中は、被害者を装った役者だ」という極めて悪質なデマを流され、陰謀論の信者から嫌がらせまで受けた遺族たちは、名誉毀損と精神的苦痛を理由としてジョーンズを訴えた。彼らの訴訟はコネチカット州とテキサス州で起こされた。
裁判の結果、ジョーンズは「サンディフック小学校の銃乱射は現実に起こった事件である」と公に認めさせられたうえで、裁判所から約15億ドルの賠償支払いを命じられる事態となった(15億円ではない、念のため)。
巨額の賠償を命じられたジョーンズは、2022年に破産保護を申請する。この自己破産により、とうとうジョーンズは彼の財産のInfoWarsを手放した。20年以上にわたって数えきれないほどのフェイクニュースを拡散し、極右のファンたちを喜ばせてきたInfoWarsは、オーナーの破産によって競売にかけられることになった。ちなみに、この破産競売は犠牲者の遺族たちが支援する形で開催された(なにしろジョーンズは、裁判所から命じられた賠償金のほとんどを遺族たちに支払わないまま活動を続けていたからだ)。その遺族の承認を得たうえでInfoWarsを落札したのが、あのThe Onionだった。
ここでおさらいをしよう、。
The OnionはInfoWarsが生まれる前から、30年以上にもわたってデタラメをデタラメだと分かるように報じてきた「真っ当で馬鹿馬鹿しい嘘ニュース」のメディアだ。それと同時に、米国の銃乱射事件に関してはことさら痛烈に、ひたすら執拗に問題を指摘しつづけてきたメディアでもある。
米国を代表する陰謀論のプラットフォームは、よりにもよって、そんなメディアの手に渡ってしまった。そのきっかけは、ジョーンズ自身が銃乱射事件について拡散した非人道的すぎるデマだった。これほど面白いニュースは滅多に見られるものではない。
以上で、私がお伝えしたかった「落札の背景」は終わりとなる。ここから先は落札後の話題なので、歴史のある米国の大手メディア(FOXなどを除く)が次々と報じている記事を読むことをお勧めしたい。しかし「そんな気力は残ってない」という方のために、もう少しだけ話を続けよう。
The Onionによる発表の「難解さ」
The Onionは2024年11月14日、「私がInfoWarsの買収を決めた理由(Here’s Why I Decided To Buy ‘InfoWars’)」というタイトルの記事を掲載した。執筆者は、The Onionの親会社であるGlobal TetrahedronのCEO、Bryce P. Tetraederとされている。
それは「Global Tetrahedron LLC のブランドファミリーに、新たなメンバーが加わったこと」を喜ぶ内容だった。落札したInfoWarsについては「大衆を洗脳し、支配するための貴重なツールとして際立った存在」であり、「JFKを暗殺できても、人類を月に送ることができない無能な連邦国家への怒りを掻き立てることに成功した」と表現し、こんなに価値のあるものを安く購入できたのは幸運だった、とTetraederは語る。
しかしThe Onionの記事を鵜吞みにするのは、あまりに無邪気だ。ここで重要な注意点を挙げておこう。まず執筆者のBryce P. Tetraederなる人物は実在していない。それは巨大に膨れ上がったメディア複合企業のオーナーを風刺するため、The Onionが作りあげてきた架空の人物である。その肩書きはGlobal TetrahedronのCEO、会長、メディア所有者、起業家、人身売買業者、思想的リーダー、ベンチャーキャピタリスト。筋金入りの拝金主義で複数の妻がいるキャラだ。The Onionは、そんな大富豪によって買収されたという「設定」になっている。
その架空のCEOが、悪名高い陰謀論サイトInfoWarsのプラットフォームを「一兆ドル以下の破格で」買収したと喜んで発表しているのだ。すべて嘘だと解釈した読者は、決して少なくなかっただろう。この記事を書いている私も、最初に読んだときは「いつもの冗談だ」としか思わなかった。しかしThe Onionは実際にInfoWarsを落札していた。架空のCEOによる発表は、「あきらかな嘘」と「信じがたい事実」が入り混じったものだった。
このニュースを報じることになった大手メディアの人々は、かなりの勇気を強いられたはずだ。なにしろ「The Onionの風刺」を真に受け、大恥をかいたメディアは世界中に存在している。発表のどこまでが嘘で、どこまでが事実なのかを完璧に理解していなければ、たいへん間抜けな間違いを報じてしまう恐れがある。The Onionには、それを誘うような罠が大量に埋め込まれている。
ちなみに、実際のThe Onionの最高経営責任者はベン・コリンズだ。彼はNBCニュースに所属していたジャーナリストで、オンラインの偽情報を専門的に扱う人物だった。コリンズのXアカウントは11月14日、このように投稿している。
「InfoWarsの買収に関して、Global TetrahedronのCEOであるBryce Tetraederへのインタビューを望んでいる方々へお知らせします。彼が不在で、ご要望に応じられないことをご了承ください。彼は現在、世界中に43,000個所ある子犬工場の一つで品質管理のチェックを行うため、個人所有のスーパーヨットで現地に向かっているところです」6
InfoWarsを落札した理由
The Onionが、InfoWarsから得ようとしたものは何だったのか。どんな理由で落札をしたのか。この点については、いまも様々な憶測が飛び交っている。当然ながらジョーンズは「The Onionが民主党と手を組んで我々を買収したのだ」と説明しており、彼の仲間たちは「DSの陰謀だ」と訴えている。一部の人々は、The Onionによる楽しいおふざけの新しいステージが始まると考えており、一部の人々はプロモーションだと見なしている。The Onionの紙面にははっきりと買収の理由が説明されているが、その文章自体が嘘だらけなので全くあてにならない。
CEOのベン・コリンズは、「Blueskyの人たちから『InfoWarsを買収しちゃえば面白いのに』と言われたこと」を買収の理由のひとつとして挙げている。あまりにもピュアだが、理由のひとつとして、たぶん嘘ではないのだろう。
InfoWarsのウェブサイト、ソーシャルメディアのアカウント、テキサスに存在している収録スタジオ(大手テレビ局のニューススタジオに見劣りしないほど豪華なもの)、商標、動画のアーカイブをThe Onionが一旦落札したことは間違いなさそうだ7。このあと連邦破産裁判所の承認を得ることができれば、これらはThe Onionの所有物となる。
しかし彼らが本当に手に入れたかったのは、「正統派の楽しい嘘ニュースサイトが、悪質な陰謀論のニュースサイトに打ち勝った」という武勇伝だったのかもしれない。あるいは落札により「ジョーンズが二度とInfoWarsを使えないようにすること」が最大の目的だったのかもしれない8。もしくは単に注目を集めたかっただけという可能性もある。本当のことは誰にも分からない。
それでも「米国の銃規制をあきらめないThe Onion」を強調したいという狙いは、少なからずあっただろう。現在のThe Onionのトップページには「Everytown for Gun Safety Action Fund(銃の暴力の根絶を願う非営利団体)」の特大バナーが堂々と表示されている。
今回の落札による買収は、最終的に連邦破産裁判所の承認が必要となる。そのため買収が確定するのは翌週以降で、場合によっては認められないケースも考えられる。とはいえ「The OnionがInfoWarsを落札した」という奇想天外なニュースが流れたこと自体が、The Onionとファンにとって、すでに非常に大きな成果だったと言ってよいだろう。それは単純に面白かったからだ。
InfoWarsの今後
この買収に成功した場合、The OnionはInfoWarsをどのように利用するつもりなのだろうか。コリンズはBlueSkyのアカウントで次のように語っている。
「The Onionは、サンディフック事件の遺族の協力を得てInfoWarsを買収した。とびきり面白くて、とびきり馬鹿馬鹿しいウェブサイトにするつもりだ」
「我々が作り上げたものをお見せするのが、楽しみで待ちきれない」
The Onionは、2025年1月に全く新しいInfoWarsを再開することを計画している。これまでのThe Onionを見守ってきた人々にとっても、そうでなかった人にも、おそらく型破りで刺激的なコンテンツになるだろう。その買収は「偽情報との戦い」という課題においても、まったく斬新な成功例を示すものになるのかもしれない。
「いま(収録)スタジオに着いた。ポッドキャスト用のマイク全部が、めちゃくちゃ噛みまくられている。最悪だ」
<了>
注釈
- この見出しは一見、「安全な玩具を無茶に扱って死亡した愚かな子供」を揶揄しているように見える、しかし実際の記事の内容は、どう考えても子供が遊ぶのには全く適さない(架空の)危険な玩具が発売され、三人もの子供が亡くなったにも関わらず、「馬鹿なガキのせいでクールなおもちゃを奪われた」と主張する人々が怒りにまかせてクレームをつける様子が皮肉として描写されている。つまり、自身の快楽のために他者の命を軽視する愚かな消費者こそが揶揄の対象となっている。 ↩︎
- この記事によると、難題に直面した多くの人々は、そのままシーツを使って首を吊っている。 ↩︎
- この金正恩事件を知ったThe Onionは、問題の記事の末尾に追記を加えた。人民日報を「The Onionの誇り高き共産主義子会社」と呼び、そのサイトを訪問するよう読者に訴え、「同志たちよ、これが模範的な報道だ」と記す内容だった。 ↩︎
- 他国語圏のみならず、米国に存在する大手メディアがThe Onionの冗談を理解せず、誤報を流してしまうケースもある。実は今回の落札騒ぎにおいても、FOXがニュース番組の中で「The Onionの読者は一日あたり4.3兆人」と伝えてしまった。この「4.3兆」という馬鹿げた数字は、The Onionの「About」に書かれている冗談を真に受けたものだ。The Onionは、ちょっと油断するだけで非常識を晒してしまう、バカ発見機のような役割を果たすことがあるので恐ろしい。この記事の筆者も、ここまで二、三箇所はやらかしているのではないかと怯えながら書いている。 ↩︎
- このときThe Onionの技術者は「なぜ我々がハイジャックされたのか」を説明し、そのフィッシングの手口を解説する真面目な記事をブログに掲載した。
一方、The Onion本体には「公式TwitterアカウントをハッキングされたThe Onion、アカウントのパスワードを『OnionMan77』に変更」という記事が掲載された。たいへん馬鹿馬鹿しい明快な傑作なので、興味を持たれた方にはぜひとも読んでいただきたい。 ↩︎ - コリンズはBlueSkyのアカウントでも同じ投稿を行っている。そちらでは「実際に、そのような問い合わせがあった」ことが報告されている。ちなみにコリンズはXのフォロワーたちに対し、「BlueSkyのほうをフォローしてほしい」と訴えつづけている。 ↩︎
- 確証が得られなかったのだが、一部の報道は、落札品にInfoWarsの顧客リストや商品の在庫も含まれると伝えている。 ↩︎
- それはInfoWarsに傷つけられた遺族にとっても、いくらかの慰めになっただろう。遺族や彼らの弁護士は、The Onionによる落札を歓迎した。そして実際、落札のニュースが流れた11月14日をもって、ジョーンズのInfoWarsのウェブサイトは真っ白なページに置き換えられた。 ↩︎