“偽・誤情報対策”の誕生と展開~総務省の有識者会議にみる変化
「対岸の火事」だった偽・誤情報問題(2018~2019)
偽情報・誤情報、時にフェイクニュースなどと呼ばれるインターネット上の言説をめぐって、総務省の有識者会議でおこなわれている議論は、2018年に設置された「プラットフォームサービスに関する研究会」(以下、プラットフォーム研究会)に端を発している。とはいえ、当初は偽・誤情報問題が国内では顕在化しておらず、社会全体の危機意識は薄かった。同研究会においても、検討事項としての優先順位は最下位であった。
そもそもこの研究会の設置目的は偽・誤情報対策を検討することにはなく、個人情報やプライバシーの保護、通信の秘密などがメインテーマであった。同研究会の出発点は、社会インフラ化した巨大デジタルプラットフォーム事業者(DPF)が、利用者から集めた膨大なデータを適切に扱っているかどうかを検討するというものだった。偽情報は副次的な問題であり、利用者保護の観点からとらえる向きもあった。検討課題として扱うのは適切か?という点がまず話し合われたほどである。1
いっぽう、海の向こうでは一足先にフェイクの嵐が吹き荒れていた。2016年のアメリカ大統領選やイギリスのEU離脱といったビックイベントでは、フェイクニュースや偽情報、なりすまし動画などが流布し、外国からの情報工作などもあったとされている。この頃から諸外国ではDPF に規制をかける動きが進み、「フェイクニュース禁止法」ともいえる法的規制を導入する国も出始めた。
日本でもこれらの問題が将来的に深刻化する可能性があることから、偽・誤情報対策が検討課題に加えられることになった。優先順位は依然として低く、対策を立てるなどの立ち入った議論はしない、といった発言も聞かれた。2
プラットフォーム研究会が2019年4月に公表した「中間報告書」には、全6章のうち5章めにようやく「オンライン上のフェイクニュースや偽情報の対応」が出てくる。該当箇所の分量はわずか2ページあまりで、内容も充実しているとはいえず、海外動向の紹介が大半を占めていた。基本的な方向性として「民間部門の自主的な取り組み」が挙げられているが、それが不十分な場合における「法的枠組みの検討の可能性」が示唆されるのは、もう少し先のことになる。同報告書はデジタルジャーナリズムの強化やファクトチェックにも言及し、“ファクトチェック機関”とプラットフォーム事業者の連携を「自浄メカニズム」と位置づけ、推奨している。3
DPFへの期待と失望(2019~2020)
その後、2020年2月に「最終報告書」が出るまでの間に、プラットフォーム研究会では偽情報やファクトチェックの専門家を招き、複数回にわたって海外動向や国内事情について報告を受けている。また、同時期にDPF各社を呼び、偽情報への対応に関するヒアリングがおこなわれた。DPFに対して透明性とアカウンタビリティを求めることは、同研究会の当初からの方針であったが、必ずしもその要請が果たされないことが、ヒアリング等を通じて明らかになった。4
2020年の「最終報告書」では、「フェイクニュースや偽情報への対応」の項目が前回報告書の5章から2章に引き上げられ、全体の中心を占める分量となった。対応の基本方針はEUをモデルとし、自主的な取り組みと透明性の確保(透明性レポート)、多様なステークホルダーの連携(フォーラム構想など)が提案され、ジャーナリズム支援にも言及している。5
DPFの取り組みに関して同報告書は、自主的スキームでは不十分な場合に「行政からの一定の関与」もあることを示唆しているが、「法的枠組み」を含むところまでは踏み込んでいない。少なくともこの時点までは、「法的規制は望ましくない」との慎重な意見が研究会でたびたび出ており、表現の自由を尊重する姿勢が強調されていた。
コロナ禍と誹謗中傷問題(2020~2021)
2020年2月に最終報告書を公表し、役目を終えるはずだったプラットフォーム研究会は、4か月の中断を経て同年7月に再開した。その理由は、コロナ禍でSNS上の誹謗中傷問題が深刻化したことにある。なかでもSNS上で誹謗中傷を受けていた著名人が同年5月に亡くなったことが、社会的に大きなインパクトを与えた。同研究会は再開後ただちに意見募集をおこない、それを踏まえて翌8月には「インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方に関する緊急提言」6を公開した。
この提言を受けて総務省では、同年9月に「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」7を策定している。
誹謗中傷の問題は、同研究会において最重要の検討課題となった。翌2021年9月の「中間とりまとめ」以降の報告書はいずれも、「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策について」を第1章においている。さらに2022年12月には、「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」が設置された。
「誹謗中傷」が「偽情報」とともに情報流通上の問題とされたことにより、これら二つが「違法・有害情報」というカテゴリのもとに包括されることになった。
偽・誤情報問題の深刻化(2021~2024)
コロナ禍を機に偽・誤情報問題は国内でいよいよ顕在化し、もはや対岸の火事ではなくなった。未知のウイルスへの社会不安を背景に、新型コロナウイルス感染症を巡って真偽不明の情報が大量に拡散した(WHOいうところの「インフォデミック」)。同時期に、陰謀論やディープフェイクなどの問題も表面化している8。プラットフォーム研究会はこれらの情報流通上の問題を、SNS等のプラットフォームサービスの特性に起因するものとした。また、偽情報は利用者の利益をそこなうだけでなく、民主主義社会を危機にさらす脅威であるとしている。
だがこのような認識を、DPFとの間で共有することはできなかったようだ。偽情報への対応状況について、ヒアリングシートを用いたモニタリングが2021年、2022年、2023年と3回にわたり主要DPFに対して実施されたが、DPF側は偽情報の実態把握ができていないばかりか、「偽情報の問題は生じていない」という回答すらあったという9。2022年には一部に進展が見られたものの、2023年のモニタリングではヒアリングシート等の提出がない非協力的な外資系DPFもおり、透明性とアカウンタビリティ確保の取り組みは後退した10。
それまでは法的規制にきわめて慎重であった同研究会の姿勢に、この頃から変化が見られる。引き続き自主的スキームを重んじつつ、誹謗中傷と同じく偽情報に関しても、「法的枠組み」導入の可能性を示唆するようになった11。
また、多様なステークホルダーによる連携の取り組みとしては、2020年2月の「最終報告書」で産民学官のフォーラムが提案され、同年6月に「Disinformation 対策フォーラム」が設立された。政府・総務省は調整役に徹するべきとされていた通り、同フォーラムの主催は業界団体である12。このフォーラムをもとにして、2022年に日本ファクトチェックセンター(JFC)が設立された。“ファクトチェック機関”は総務省の偽・誤情報対策で重要な位置を占めるようになり、JFCの存在感も増していった。
能登半島地震とデジタル立憲主義(2023~2024)
「インターネット上の偽情報の生成・拡散」の問題をめぐる議論を深めるために、プラットフォーム研究会の解散と前後して、2023年11月に「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(以下、健全性検討会)が開始された。同検討会では偽・誤情報対策を中心に据え、この頃より増加傾向にあった「なりすまし広告」等のSNS型詐欺も検討課題とした。法的規制を視野に入れた具体的対策の策定に向けて、異例のスピードで議論が進められた。13
偽情報・誤情報の問題は、年明けの2024年1月1日に発生した能登半島地震によって、災害時等の緊急対応という観点から改めてクローズアップされることになる。14
発災翌日、総務省は公式SNSアカウントにおいて、ネット上の偽・誤情報に関する注意喚起をおこなうとともに、大手DPF4社に対して適正な対応を要請した。15
X(旧:Twitter)の収益化に関する仕様変更に伴い、能登半島地震では偽情報やスパム投稿(インプレゾンビ)が大量に拡散したとされている16。SNS上の真偽不確かな震災デマの一例として大きく取り上げられ、のちに投稿者が逮捕されることになったのが、Xでの「偽の救助要請」であった。
「偽・誤情報」の問題はこの震災をきっかけに、マスメディアによる報道等を通じて社会問題化されていった。発災後初めて開かれた健全性検討会の第6回会合(2024年1月19日) では、同検討会の構成員である法学者及び弁護士を中心とするワーキンググループの設置を決定し、偽・誤情報対策の具体化に向けて動き出した。
ワーキンググループでは理論的裏づけとして「デジタル立憲主義」が導入され17、DPFへの法的規制の検討が進んだ。従来の「思想の自由市場」は崩壊し、新たな統治者(ニューガバナー)といわれるまでに巨大化したDPFはもはや制御不能であり、国家権力のみがこれに対抗しうるが、そのためには表現の自由を捉えなおす必要があるという、かなり踏み込んだ見解が打ち出されたのである。前身のプラットフォーム研究会では、表現の自由はほとんど不可侵と見なされ、国家による介入はきわめて抑制的であるべきと考えられていたが、健全性検討会ワーキンググループでは支配力を強めるDPFへの警戒感から、表現の自由というストッパーが緩み、議論が先鋭化していった。
巨大DPFへの包囲網
コンテンツモデレーション等を通じた偽・誤情報への対応方針に関しては、プラットフォーム研究会の頃より一貫して透明性とアカウンタビリティの確保をDPFに求めてきたが、自主的取組みには期待できないとの認識が明確化したため、自主規制から共同規制への方針転換がなされた。それに伴って、マルチステークホルダーによる連携・協力の必要性が強調され、協議会の設置が検討された。官(政府)が設定した制度的枠組みのもとで民産学が協議し、それが不完全な場合には補完的に官が関与するという役割分担が想定されている18。
この連携体制において、ファクトチェック機関は伝統メディアから切り離され、DPFとの緊密な連携を求められた19。いっぽう伝統メディアは信頼できる情報をデジタル空間に提供して偽・誤情報に対抗するとともに、DPFに対して権力監視の機能を発揮することを期待された。そのための優遇措置として、「プロミネンス」(プラットフォーム上で発信情報を目立たせ、アクセス機会を確保する措置)の実施が提唱されているが、伝統メディアの信頼性と透明性の向上が大前提であることは言うまでもない。
壮大な物語
健全性検討会はパブリックコメントを経て、2024年9月に「とりまとめ」を公表した。この「とりまとめ」には、アテンション・エコノミーを構造的要因として発生する偽・誤情報を民主主義の脅威とみなし、巨大化したDPFに国家権力とその他関係各位が総出で立ち向かうという、デジタル立憲主義的なナラティブが描き出されている。
前身のプラットフォーム研究会から健全性検討会に至るまでの、中心的なテーマの変遷は以下の通りである。
2018年~ 利用者保護(個人情報、プライバシー)
2020年~ 権利侵害(誹謗中傷、詐欺広告)
2021年頃~2024年 社会的影響(インフォデミック、災害デマ)
個別的な問題に始まって社会全体の問題へと、6年あまりの間に視座が変化していった。昨今では、国外からの情報工作や認知戦など、よりマクロでグローバルな問題が顕在化しつつある。今後は外交や安全保障の観点から、“偽・誤情報対策”に焦点が当てられることになるだろう。
新たな検討会はじまる(2024.10~)
「とりまとめ」公表後に解散した健全性検討会の後を受けて、2024年10月に「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」がスタートした。構成員の人数を大幅に絞りこみ、二つのワーキンググループを早々に設置したことを見ても、いよいよ法制化に向けて本格的に動き出した感がある。だが、「違法性のない有害情報」の定義・範囲の設定をどうするか、政府の関与をどこまで許容するかなど、クリアすべき課題は依然として残されている。慎重かつ精緻な議論を期待したい。
注
- プラットフォームサービスに関する研究会(以下、プラットフォーム研究会)「検討アジェンダ(案)」p.13 ↩︎
- プラットフォーム研究会第5回(2019年1月21日)議事概要p. 29 山口構成員の発言「第1点のうちの3つ目のフェイクニュース等に関しては、先に第1点目で申し上げた内容面での優先順位という意味では、特に先ほどの一つ目の「通信の秘密」というトピックの取扱いと比べますと、この章立てにおける「フェイクニュースや偽情報」の取扱いは、章を1つ割り当てて明示化するほどにこの研究会の場で議論を詰めて何らかの「対応」の方向性を出したというよりはむしろ、これから重要となるトピックであるがゆえに、今後も開かれた形で議論を継続すべきものとして位置づけられている、ということと思います。」 ↩︎
- プラットフォーム研究会「中間報告書」 p. 44 ↩︎
- 前年2019年におこなわれた「中間報告書(案)への意見募集」では、外資系DPFからの意見提出がなかったが、このとき反対意見を多数寄せたある弁護士事務所について、実は外資系DPFの代弁者なのでは?という見方もあった。
プラットフォーム研究会第7回(2019年3月22日)議事概要p. 18-19 松村構成員の発言
中間報告書(案)の意見募集結果 ↩︎ - https://www.soumu.go.jp/main_content/000668595.pdf ↩︎
- https://www.soumu.go.jp/main_content/000701995.pdf ↩︎
- https://www.soumu.go.jp/main_content/000704625.pdf ↩︎
- 2020年時点での新型コロナウイルス感染症による社会的影響については、同年8月に総務省が刊行した令和2年度版「情報通信白書」の第1部第2章第3節「新型コロナウイルス感染症が社会にもたらす影響」 p. 138-166を参照。
ちなみに、同年2月に公表されたプラットフォーム研究会「最終報告書」には、新型コロナウイルス感染症への言及はない ↩︎ - プラットフォーム研究会「中間とりまとめ」 p. 44
「我が国において偽情報の問題が顕在化しているにもかかわらず、モニタリング結果によると、プラットフォーム事業者は自らのサービス上の偽情報の流通状況についてそもそも実態把握ができていない場合や、「偽情報の問題は生じていない」旨の回答があったため、プラットフォーム事業者の認識や実態把握と調査結果とのギャップが生じている。」 ↩︎ - 2022年のイーロンマスクによるTwitter社買収の影響が大きいとされている。 ↩︎
- プラットフォーム研究会「中間とりまとめ」 p. 62 ↩︎
- ただし、この業界団体(セーファーインターネット協会)と総務省の有識者会議、JFCの委員会の顔触れは一部重なっており、ファクトチェック団体としての中立性・公正性に疑義を唱える向きもある。SlowNewsの記事「「ファクトチェックを担う団体の透明性をどう確保するのか」総務省検討会の座長・宍戸教授に聞く(後編)」(2024年8月16日)を参照。 ↩︎
- 政府が偽・誤情報対策を急ぐ理由として、デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(以下、健全性検討会)の構成員より、以下の3点が指摘されている。
(1)選挙だけでなく政治全般への影響
(2)憲法改正の国民投票への対策
(3)台湾有事への備え
クロサカタツヤ「偽・誤情報の脅威とその対峙に向けた取組」 、KDDI総合研究所『Nextcom』Vol.59(2024年9月2日) 、p.15 ↩︎ - 2024年7月には、平時からのSNS監視を盛り込んだ「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」が閣議決定されるなど、総務省以外の省庁等でも偽・誤情報問題への取組みが進められている。健全性検討会第25回(2024年7月16日)資料25-4「各政府戦略等における偽・誤情報対策について」を参照。 ↩︎
- 総務省の令和6年度版「情報通信白書」p. 30-34 第Ⅰ部コラム 「災害時における偽・誤情報への対応」を参照。 ↩︎
- 健全性検討会第10回(2024年2月27日)資料10-2「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」 ↩︎
- 健全性検討会ワーキンググループ第14回(2024年4月12日)では、曽我部構成員からデジタル立憲主義に基づく提言がなされ、「国家が情報空間への介入を行うことは、単なる政策判断ではなく憲法上の責務」「国家介入の余地は従来より広い」等の主張が物議をかもした。資料WG14-2「 「情報流通の健全性」と憲法」を参照。 ↩︎
- 健全性検討会ワーキンググループ「中間とりまとめ(案)」 p. 27 ↩︎
- FIJ(ファクトチェック・イニシアティブ) は健全性検討会の「とりまとめ(案)」に関して、ファクトチェック組織およびマルチステークホルダーによる協議体は、政府からの独立が必須であるとの見解を示している。 ↩︎