兵庫県知事選挙のファクトチェック活動検証を

兵庫県知事選挙は偽・誤情報対策の大きな転換点になりそうだ。SNSで「偽・誤情報」が拡散したことが選挙に影響したとして規制強化の動きがある。規制強化を進める前に、これまでに取り組んできた対策の検証が不可欠だ。比較的進んでいた対策の一つファクトチェック活動だが記事数は少ない上、修正が行われるという問題が生じている。
比較的進んでいたファクトチェック
兵庫県知事選挙後の反応は、トランプ政権が初めて誕生したときのアメリカ大統領選挙後に似たものがある。ひとつは元尼崎市長の稲村和美氏が優勢という世論調査が外れたこと。もうひとつが、SNSに「偽・誤情報」が拡散し、それが選挙に影響したという声があることだ。
兵庫県議会は知事選挙期間中にSNSで誹謗中傷や根拠不明の情報が流れたとして、検証と法整備を求める意見書を全会一致で可決した。与党自由民主党が選挙制度調査会で検討を進める方針と報じられており、地方自治体でも熊谷俊人千葉県知事が問題に言及している。
2016年のアメリカ大統領選挙で同様の議論が巻き起こった後、日本国内が無策だったわけではなく、対策は行われてきた。その中のひとつに「ファクトチェックの推進」がある。
総務省の有識者会議「プラットフォームサービスに関する研究会(PF研)」が2020年2月に出した最終報告書に示された偽情報対策の10の方向性がある。なお、PF研は最終報告書を出したものの問題が収束せず、中間取りまとめ、第二次取りまとめ、第三次取りまとめ、と続くことになるのだが、この10の方向性が基軸となっている(図参照)。

これを受けSIA(セーファーインターネット協会)が「Disinformation対策フォーラム」を設置、2022年3月報告書がまとめられ、GoogleとYahoo!の支援を受けた日本ファクトチェックセンター(JFC)が10月に設立されたという経緯は、以前に本サイトの記事「迷走する政府の偽・誤情報対策」で書いた通りである。
ファクトチェック団体の国際的なネットワークInternational Fact-Checking Network(IFCN)に加盟する国内団体は、2022年にゼロだったが、現在はJFC、InFact、リトマスが加盟しており、他分野に比べて比較的取り組みが進んでいると言える。
選挙期間中は2記事にとどまる
3団体のうち、知事選挙期間中に記事を公開したのはJFCのみで下記2本だ。
1. 11月11日:兵庫県知事選 稲村氏が当選すると外国人の地方参政権が成立する?公約になく、本人も否定【ファクトチェック】
2. 11月15日:斎藤前兵庫県知事はパワハラしていない? 職員アンケート回答の4割で見聞き、本人は厳しい叱責など認めて「必要な指導」【ファクトチェック】(修正あり)
記事1は、稲村氏に対して「当選すると外国人の地方参政権が成立する」「外国人参政権推進派」などの言説がX(旧Twitter)で拡散したことに対し、稲村氏のウェブサイトで公約を確認して「誤り」と結論づけている。
記事2は、「斎藤元彦知事によるパワハラはなかった」という言説が拡散している事に対し、報道機関各社の記事や、厚生労働省でパワーハラスメントの定義を確認するなどして「根拠不明」と結論付けている。
「修正あり」となっているのは、県職員に対するアンケートが複数回答可能という点を見落とし、「職員の4割が見聞き」と書いてしまったため、「職員アンケート回答の4割で見聞き」と修正が行われた。
判定部分に
「本人も「厳しい叱責」「机を叩いた」ことなどを認めており、「必要な指導だと思っていた」と述べているが、パワハラの定義にあてはまる行動だ。」
とあることに対しても「JFCがパワハラを判断するのか」といった批判が起きている。
地元神戸新聞が公表しているQ&Aでは「Q 斎藤元彦氏によるパワハラはあったのか」「A 百条委や第三者委の調査が続いており、結論は出ていない。」となっている。
● 11月15日:兵庫県知事選、争点の一つ 文書問題【Q&A】 百条委と第三者委、今も調査続く(神戸新聞)
効果的な活動に向けて検証が必要
事実確認が不十分でタイトルを含めて修正することになったのは残念なことだ。また、結論が出ていない話題について判断するのは、「真実の裁定者」として振る舞っているように見える。筆者が『フェイクニュースの生態系』で指摘したように、選挙時のファクトチェック活動が党派的な分断を生む危険性もある。
また、JFCは別の記事で「兵庫県知事選で溢れた偽・誤情報」という言葉を含むタイトルを付けた記事を公開しているが、これも正確性に欠ける。偽・誤情報と言うためには検証が必要であり、「真偽不明な情報」とするべきだろう。「雑」な言葉の使い方はミスリーディングを生む。このようなことが続けば、ファクトチェック活動の信頼性が低下してしまう。
選挙にとってファクトチェック活動の重要性は増している。効果的な活動のためには、まずはJFC内において検証が行われるべきだ。事実確認の不足や結論が出ていない話題について判断した編集部のあり方だけでなく、記事が2本にとどまった理由も明らかにしてもらいたい。
選挙では「紙爆弾」と言われる相手陣営への攻撃や真偽不明の情報が飛び交うことがあったが、アテンション・エコノミーが支配するSNSでは、選挙情報は金稼ぎの手段となってしまっている。今後も注目される選挙では、アクセスを稼ぐために国内外から発信者が集まることが想定され、選挙期間中のファクトチェック活動は有権者のニーズが高まっていることは間違いない。記事化が難しいのは、体制の問題なのか、それとも検証が難しいのか、それが分かることで、対策が効果的なものになるはずだ。