ホントは怖い偽誤情報対策 「違法ではないが有害」から「公序良俗に反する」への転換

偽・誤情報をめぐる議論の経緯~会議は踊る
近年、インターネット上の偽情報・誤情報が社会に及ぼす影響が問題視されるようになった。災害や選挙と関連付ける形でその脅威が強調され、規制の強化が求められている。昨今にわかに盛んになったメディア報道を追い風にして、与野党一致で規制推進へと向かっている。SNS上のデマやフェイク、誹謗中傷に原因を帰する論調が社会不安を煽り、表現の自由と引き換えに法規制を受け入れる土壌が作られつつある。
情報通信行政を所轄する総務省において、「偽情報」「誤情報」は対処すべき情報流通上の課題として位置付けられ、有識者会議での議論が進められてきた 1。その中で焦点となったのが「違法性のない有害な偽・誤情報」である。具体的な例として、感染症流行時に誤った治療法を推奨する情報や、災害発生時における偽の救援要請などが挙げられている 2。これらの「権利侵害性その他の違法性がない情報」について「社会的影響の重大性」という曖昧な要件を設け、制度整備に向けた政策提言をしようと腐心してきたのが、総務省で2023年11月から2024年9月まで開催されていた有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(以下、健全性検討会)であった。

健全性検討会が2024年9月に公開した「とりまとめ」には、「例えば、令和6年能登半島地震においては、円滑な救命・救助活動や復旧・復興活動を妨げる偽・誤情報等が流通・拡散したと指摘されている」とある(p. 29)。同年2月27日の第10回健全性検討会において「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」が提出されているが、虚偽情報による実害については可能性を示唆しているにすぎない。この調査報告の統計数値についても、ニューズウィーク日本版の記事「「海外からのインプレゾンビは約4千件」能登半島地震から1年、データから見えてきた偽・誤情報対策の課題」(一田和樹)が、偽・誤情報の投稿数は桁違いに少ないこと、地震発生後24時間のX投稿に多かったのは偽・誤情報ではなく、むしろそれらを抑止するような災害関連情報であったことを指摘している 3。
実のところ、偽の救助要請の投稿が救援活動を妨げたことを示す公的記録すら存在しないことが、総務省消防庁への情報開示請求から明らかになっている 4。
このように、偽・誤情報が及ぼすとされる「社会的影響」にはエビデンスが不足しており、総務省もある程度それを認めざるをえないようだ。前出の「とりまとめ」には次のような記述がある(p. 30)。
「なお、偽・誤情報による社会的な影響の程度に関する客観的なエビデンスの不足や指標の必要性について指摘があることは留意が必要である。」
このような状況下にあって「違法性のない有害な偽・誤情報」を規制する試みが難航するのは、当然のことである。健全性検討会の「とりまとめ」においても、「違法ではないが有害な情報」の具体的な範囲や適用除外などについては、「更なる検討が必要」とするにとどまった。規制対象の定義や範囲が明確化されないまま、健全性検討会はとりまとめの公表と同時に突如解散し、この重要な論点は後続の検討会に持ち越されることになった 5。

新ワーキンググループ初会合で総務省が勇み足~不穏なカテゴリーの登場
健全性検討会の解散から約1か月後の2024年10月、新たにスタートした「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(以下、諸課題検討会)は、制度整備を目的として明確に打ち出している。これを重点的に検討するため、初回会合において「デジタル空間における情報流通に係る制度ワーキンググループ」(以下、制度WG)が設置された。
制度WGは設置から3か月あまり経過した2025年1月30日にようやく初回会合の開催に至ったが、そこで提出された総務省の事務局作成の資料にわが目を疑った。今までなかったカテゴリーがいきなり登場していたからだ。それが「公序良俗に反する情報」だった。以前の「違法ではないが有害な偽・誤情報」がいつの間にか「公序良俗に反する情報」に置き換わっていたのである。

前身の健全性検討会で “違法性はないが有害性のある偽・誤情報” の定義づけに難航したにもかかわらず、新たな検討会で明確化からさらに遠ざかるような名称をつけるとは、総務省の真意はいったいどこにあるのだろうか。事務局の説明では、「伝統的に公序良俗に反する情報というように有害情報を言っていた経緯」があるためで、幅広い情報を規制の対象にしてほしいといった意図はないという 6。たしかに、過去に総務省で開かれていた有識者会議でも「公序良俗に反する情報」のカテゴリーは使われていた。とはいえ10年以上も前のことで、その内容は人の尊厳を害する画像(死体画像など)や自殺を誘引する書き込みなどであり、現在のような偽・誤情報はまだ俎上に上がっていなかった 7。時代の変化に伴って状況が大きく変化していることを考慮しなければならない。
法律用語としての「公序良俗」は、国家社会の秩序と利益、社会一般の道徳観念を指し、社会的妥当性を意味している。それゆえ時代とともにその内容は変化していく。この概念の「ブラックホール化」を指摘する見解もある。理論上は裁量次第でなんでも盛り込むことができ、濫用の可能性を否定できないというのである 8。公序良俗概念にはこのような「柔軟さ」があり、総務省はこれを利用して状況変化への対応を試みているのかもしれない。だがそれは濫用の危険と隣り合わせだ。
「公序良俗に反する情報」ないしは「公序良俗違反情報」という名称によって “違法性のない有害な偽・誤情報” をカテゴライズすることに、大半の構成員は難色を示した。構成員の間でのほぼ一致した見解は、このカテゴリーでは範囲が広すぎるため、明確な有害性を焦点として絞り込んでいく必要があるというものだった。たとえば森亮二構成員(弁護士)は、違法情報と同等のコンテンツモデレーションをするのであれば、それを正当化するだけの有害性がなければならないと主張した。さらに森氏は、違法性のない有害情報を規制対象とする場合に要件として持ち出される「社会的影響」についても、「ふんわりし過ぎるのではないか」と違和感を示している 9。要するにこれらの概念は曖昧模糊として根拠に乏しく、法規制を論じる際に用いるには不適切なのである。
有害情報はそもそも適法であるから、規制をかけることにはジレンマが伴う。健全性検討会で構成員を務めた関西大准教授の水谷瑛嗣郎氏は有害情報について「これらは,原則としては自由に流通させるべきであるが,一定の理由により流通させることが望ましくない情報である,といえそうである。」としている(太字は原文では傍点)10。社会的影響が大きいことや公序良俗に反していることを理由に有害情報を規制しようとするとき、必然的にこのようなジレンマが生じるのであって、これが水谷氏のいう「緊張感」をもたらす。有害情報が偽・誤情報でもある場合、規制の検討がなおさら困難であろうことは想像に難くない。
総務省が規制したい “本命” は何なのか
対処が必要とされる「違法性はないが有害性のある偽・誤情報」の定義と範囲に関する議論は、前身の健全性検討会においては堂々巡りで決着がつかず、新たに始まった諸課題検討会の制度WGに持ち越されたわけだが、このWGで明確化されるかどうかは大いに疑問である。というのも、総務省がこのカテゴリーで規制をかけたい対象——違法ではないが有害な偽・誤情報——そのものが、先述したようにきわめて漠然としているからである。それでもなお総務省がこれらの偽・誤情報への規制にこだわるのはなぜなのか。
ここで、総務省の事務局が初回会合で示した論点(案)の④「公序良俗に反する情報への対応」を見てほしい。

対処を検討すべき偽・誤情報の具体例は挙げられていないが、それらの情報が発生する場面として想定されているのは「災害発生時」ないし「災害発生時等」である(後者には感染症やテロなどが含まれる)11。2024年1月1日の能登半島地震の発生をきっかけに、災害デマへの対処は総務省の偽・誤情報対策の重要課題となった。能登半島地震におけるSNS上の「偽の救助要請」投稿は、災害デマの典型例としてしばしば引き合いに出されるもので、投稿者は偽計業務妨害の疑いで逮捕されている。
だが、このような災害時のデマによる「社会的影響」の程度や範囲は、先述したように明確に把握されているわけではない。したがってこれらの偽・誤情報を災害時における情報流通上の問題として優先的に取り上げるのは無理がある。日大教授の西田亮介氏は次のような疑問を呈している。「政府はこの領域(引用者注:情報とメディアの分野)における主たる問題を偽情報に見いだし、政府に有識者会議を新設し対策に取り組むことを早々に表明するなど、奇妙なまでに前のめりだ。」 12。また、法政大教授の藤代裕之氏は「SNSを災害時の情報インフラとして位置づけるのをやめるべきではないか」と指摘し 13、「ニューストラスト」を提唱している。デマやフェイクを抑え込もうとするよりも信頼できる情報源からの発信を強化する方が、現実的で有効な方策ではないかと示唆するものである 14。両者とも、災害時の偽・誤情報を焦点化することに懐疑的であるという点では一致している。政府・総務省の進める“偽・誤情報対策” の前提そのものが問われているのだ。
総務省には、ネット上の個人投稿による情報流通を災害等の緊急時に抑制することで、“治安維持”を図る狙いがあるのではないか。有害性や社会的影響などの要件を設けて規制しようとするのはそのためではないのか。
「偽・誤情報対策」の名を借りた非常時の安全対策は、さじ加減を誤ると容易に検閲や言論統制につながっていく。過剰規制の危険性はすでに健全性検討会で指摘されており、どさくさに紛れて言論統制がなされることを危惧する声も上がっていた 15。緊急事態を理由に私権をみだりに制限すればコロナ禍の二の舞になり、それこそ甚大な社会的影響を及ぼすことになる。安全と自由とのバランスが常に問われる難しい論点であることは間違いない。
おわりに~自由と安全の綱引き
制度化WGの初回会合では、その他にも重要な論点が提示された。以下に主なものを挙げておく。
- いわゆる「闇バイト」対策の一環として本人確認を厳格化した場合、「匿名表現の自由」との兼ね合いはどうなるか
- インプレッション稼ぎ等による情報流通上の問題に対して収益化停止の措置をとる場合、表現の自由を侵害することになるか否か
- 行政機関からの申し出・要請に対して、プラットフォーム事業者が優先的に対応するとした場合、行政による恣意的な申し出・要請をどのように防止すればよいか
いずれも表現の自由にかかわる重要な論点であり、過剰規制を避けるためにもきわめて慎重な検討が求められる。選挙や災害などを背景に世論は規制やむなしの方向に傾いているが、性急に結論を出すことなく熟議されることを強く望む。
脚注
- 総務省における偽・誤情報対策の変遷については、拙稿「“偽・誤情報対策”の誕生と展開~総務省の有識者会議にみる変化」INODS、2024年11月25日を参照。[↩]
- 「とりまとめ」pp. 85-87の「1.対応を検討すべき「偽・誤情報」の範囲に関する基本的な考え方」。脚注142~145もあわせて参照のこと。
「また、「権利侵害性その他の違法性」がない情報であっても、例えば、当該情報そのものが、又は当該情報が流通・拡散することにより、人の生命、身体又は財産に重大かつ明白な悪影響を与えるような情報については、情報伝送PF事業者において、少なくとも、これらの情報の流通・拡散に関連して自らのビジネスモデルがもたらす社会的影響を予測し、有効な軽減措置を実施する(Ⅱ参照)といった方策(又はそれ以上の方策)を要する程度の「客観的な有害性」(ⅰ.)又は「社会的影響の重大性」(ⅱ.)を備えている、すなわち②の要件に合致するものと評価し得る」(「とりまとめ」p. 87より抜粋。強調は引用者)[↩] - 一田和樹「「海外からのインプレゾンビは約4千件」能登半島地震から1年、データから見えてきた偽・誤情報対策の課題」ニューズウィーク日本版、2025年1月15日。[↩]
- 楊井人文「ネット空間の検閲を望んでいるのは誰か(上)政府主導の誤情報対策の罠」『地平』12月号、地平社、2024年、pp. 101-103。 [↩]
- 健全性検討会の解散は、会合の最後に座長が突然終わりを告げるという唐突さでなされ、構成員すら事前に知らされていなかったらしい(楊井人文「ネット空間の検閲を望んでいるのは誰か(下)過剰な脅威に潜る官製ファクトチェック」『地平』2月号、地平社、2025年、pp. 148-150)。それから約1か月後にほぼ同じ趣旨の検討会が(一部の構成員を除いて)ほとんど同じ顔ぶれでスタートしたことを考えると、突然の解散は検討会の方向性に批判的な構成員の排除を目的としていたのではないか、とさえ思えてくる。[↩]
- 制度WG第1回「議事概要」p. 23より。[↩]
- 「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」のもとに設置され、2010年10月から2011年4月まで開催された、プロバイダ責任制限法検証WGの第4回会合の資料3「有害情報の取扱いについて(改訂版)」などを参照。
このWGでは有害情報を大きく二つに分け、「公序良俗に反する情報」(死体画像など)と「青少年にのみ有害な情報」(アダルト、暴力)としている。有害情報についてはその判断がそれぞれに異なり、情報の受け手にとっても受け止め方は千差万別であることから、事業者による自主的な取組が適切であるとしている。プロバイダ責任制限法検証WGの「公序良俗に反する情報」と諸課題検討会制度WGでのそれとは、かなり性質が異なることに注意を要する。[↩] - 林幸司「我が国における公序良俗論の問題点」駒澤大学法学部研究紀要第52号,1994, pp. 21-58.(駒澤大学学術機関リポジトリ)[↩]
- 制度WG第1回「議事概要」p. 17より。[↩]
- 水谷瑛嗣郎「フェイクニュースと立法政策―コンテンツ規制以外の道を模索する―」 『社会情報学』第8巻3号、2020年、pp. 49-50。[↩]
- 2024年5月10日の健全性検討会第18回で配布された資料WG18-2-1「「災害発生時等における情報流通の健全性確保の在り方」に関する主な論点(案)」(p. 1)では、「災害発生時等」を「災害発生時、感染症流行時、テロ発生時など」としている。[↩]
- 西田亮介「能登半島地震で露呈、偽情報より深刻な問題 細るトラストな情報基盤」朝日新聞Re:Ron、2024年2月5日。
ちなみに、引用部分にある新設された有識者会議とは、2024年1月19日に設置され同年1月25日に始動した健全性検討会ワーキンググループのことである。[↩] - 藤代裕之「SNSを災害時の情報インフラとして位置づけるのをやめるべきではないか」Yahoo、2024年7月26日。[↩]
- 藤代氏は情報の発信者と受信者の相互作用に着目し、両者の間での信頼性形成を目指すプロジェクトを主宰している。「ニュース発信者と受信者間における「トラスト」形成」プロジェクト。[↩]
- 健全性検討会WG第18回では、「災害発生時等における情報流通の健全性確保の在り方」が議論された。その際に、時間的な縛りと対象の制限を設けることで災害発生時の過剰な言論統制への備えとした方がよいのではないかという提言が、森亮二構成員から出された。「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」ワーキンググループ(第18回)議事概要、pp. 17-18。[↩]