コミュニティノートは、選挙時には機能しないが、無意味ではない

ユーザーの協力で情報を補足する機能「コミュニティノート」が偽・誤情報対策として注目されている。メタ社は第三者機関によるファクトチェックからコミュニティノートに変更すると発表している。2024年の兵庫県知事選挙ではコミュニティノートは機能しなかったが、それをもってコミュニティノートの意味がないと断じるのは間違いだ。
兵庫県知事選挙では機能せず
筆者は一般社団法人Code for Japan(コード・フォー・ジャパン)と共同で、2024年の兵庫県知事選挙に関連するX(旧Twitter)のコミュニティノートを収集して分析を行った。
選挙期間中(2024年10月31日から11月17日)に付与されたコミュニティノートは203件。そのうち選挙に関連しているものは165件、対象になったX投稿は116だった。これはひとつの投稿に対して複数のコミュニティノートが付与されることがあるためだ。
選挙期間に公開され続けたコミュニティノートは0。一時的にコミュニティノートが表示されていたのは下記の5投稿で、表示されていた時間は最も長いもので10時間弱だった。116投稿にノートが付与されていることを考えれば、それなりの多様性があるが、問題は公開されるノートが少なく、時間も短いことだ。ずっとXの投稿を見続けている有権者は少なく、投稿がタイムラインに流れてきたときにノートが公開されていなければ参考にならない。現段階ではコミュニティノートは選挙において機能していなかったといえる。

「兵庫県知事選挙に関するXのコミュニティノートの内容と評価」(Yahoo!エキスパート)から
ノートは「協力者」とよばれる登録ユーザーにより付与される。ノートを書くだけでは公開されず、「協力者」による評価が必要になる。評価には「役に立つ(HELPFUL)」「少し役に立つ(SOMEWHAT HELPFUL)」「役に立たない(NOT HELPFUL)」があり、「役に立つ」が多いと公開されるのだが、評価する「協力者」が偏っていると公開されない、もしくは公開されていても非公開となる。
兵庫県知事選挙に関連するノートは評価した「協力者」が偏っていたために非公開となった可能性が高い。このような評価のアルゴリズムとデータは公開されており、分析が可能なことがコミュニティノートの特徴となっている。
ファクトチェック団体への批判
SNSなどを運営するプラットフォーム企業が対策をコミュニティノートに変更している背景には、ファクトチェック団体の活動が中立的でないとの批判がある。
2016年のアメリカ大統領選挙でファクトチェックの機運が高まったこと、そして実際トランプの発言には間違いが多かったこともあり、ファクトチェック団体の活動は「リベラル寄り」だとみられてきた。ファクトチェックに関する国際団体「International Fact-Checking Network(IFCN)」が非党派的であることを原則に掲げているのも、その批判に答えたものだ。
選挙に影響を与えたとしてプラットフォーム企業には対策が求められていたこともあり、偽・誤情報を削除したり、警告を表示したりするコンテンツモデレーションを行うため、社内に対応する部門を設置して従業員を雇用していた。ただ、対策に積極的に取り組むと親トランプ派などから「リベラルに偏っている」と批判される。対応を緩めれば「対策が不十分だ」とリベラル側から批判されることから、プラットフォーム企業にとってはどちらにせよ批判される上に、対応するためのコストもかかるという問題があった。
第二次トランプ政権となり、プラットフォーム企業の経営陣は政権との距離を縮めており、「リベラル寄り」との批判がつきまとうファクトチェック団体との連携よりも、ユーザーの協力とアルゴリズムが組み合わされた仕組みであるコミュニティノートへの変更は渡りに船となっている。コミュニティノートが注目されているのは、アメリカの政治体制、プラットフォーム企業の政治権力との距離という2つの変化が要因となっている。
公開が不十分との指摘
コミュニティノートはTwitter時代に「Birdwatch」というサービス名で2021年からアメリカでテスト運用がスタートした。Birdwatchは誤解を招きやすい投稿に対し、多様な意見を反映させるための機能として始まり、シカゴ大学RISCセンターやAP通信、ロイター通信と連携して機能向上を図ろうとしてきた。

「ファクトチェック機能「Birdwatch」をさらに充実」より
イーロン・マスクの買収でコンテンツモデレーション部門の従業員の多くが解雇されたが、Birdwatchはコミュニティノートと名前を変え、2023年7月から日本に導入されている。
ファクトチェック団体が偏っていると批判される理由のひとつに検証対象の選択がある。ファクトチェック団体の多くは結果やプロセスを公開しているが、たくさんの真偽不明の情報からどれを検証するのかは不透明なことが多い。「協力者」によりノートが作成され、公開・非公開がアルゴリズムで決められ、そのデータが公開されているコミュニティノートは、ファクトチェック団体よりも公平な取り組みであるともアピールすることもできる。
ただ、アルゴリズムに公開・非公開が委ねられていることについて疑問の声も上がっている。
武蔵大学の奥村信幸教授は、世界各国のファクトチェック関係者が集まるGlobal Fact10の「クラウドソース化されたファクトチェックは機能するか?」というセッションで、ノートは8.5%しか公開されておらず「ほとんど失敗している」という指摘があったとレポートしている。ノートが作成されるような偽・誤情報の可能性がある投稿は、何らかの政治的な言説を含んでいることが多く、評価する「協力者」が偏っていると公開されないというアルゴリズムでは、ほとんどが公開に至らないのではないかというのだ。
ファクトチェッカーが「コミュニティノート」に慎重な理由 〜Global Fact10報告(その3)
魔法の杖はない
コミュニティノートはユーザーが作成し、ユーザー同士の評価で公開・非公開を決めていくというインターネット的で、民主主義的なアプローチを採用している。ただし、評価プロセスには時間と幅広いユーザーが必要で、選挙のように時間が限られており、人々の注目が集まり真偽不明の情報が拡散しやすい状況に対応が難しい。また、偏りをアルゴリズムで乗り越える方法が採用されており、Global Fact10の報告にもあるように意見が対立しやすく、「協力者」の偏りが発生しやすい選挙には向いていないと言える。
コミュニティノートは、災害や医療のように科学的な知見が積み上がっていくテーマには効果があるかもしれない。東京大学の渋谷遊野准教授の調査では能登半島地震に関連するノートでは公開率が20%となっている(読売新聞2025年5月20日朝刊)。ファクトチェックと異なり、投稿にコミュニティノートが表示されることに強制力があるため、投稿を見たユーザーに別の視点を提供できるのも強みだ。
コミュニティノートについての研究を進めることでどのような偽・誤情報に効果があるのかを検討できるし、課題が明らかになれば工夫することで選挙に役立つ可能性もある。大切なことは、なにか一つがすべてを解決するような魔法の杖のような仕組みを期待しないということだ。