アテンション・エコノミーに飲み込まれるSNS選挙

SNSの選挙への影響力が高まる中で、偽・誤情報やヘイトスピーチが問題となっている。利用者はどのような情報に触れているのか、担当する授業で大学生に簡単なアンケートを行ったところ、政治家をフォローしている学生は少ないが、半数の学生のタイムラインに政治に関する投稿が表示されていたことが分かった。政治家がAIで面白く加工されたり、批判されて炎上したりしているネガティブな投稿が学生に流れてくる状況は、アテンション・エコノミーに選挙が飲み込まれていることを示している。
高まるSNSの選挙への影響力
SNSが選挙への影響力を増している。NHKの出口調査によれば、2024年の兵庫県知事選挙では、投票する際に最も参考にしたのは「SNSや動画サイト」が30%で最も多く、「新聞」と「テレビ」のそれぞれ24%を上回っている。
参考:「テレビ・新聞よりもSNS?兵庫県知事選挙で何が?」
読売新聞の出口によれば、先日行われた都議会議員選挙では、最も参考にした情報は「選挙公報」が26%で最も多く、次に「SNSと動画サイト」と「新聞」が17%、「ニュースサイトやアプリ」が14%、「テレビ」は11%だった。
参考:「都議選で参考にした情報は「SNS」17%、「新聞」と並ぶ…若者世代では20%超え」
第二次トランプ政権の誕生により、SNSなどを運営するプラットフォームでは、事実よりも面白く、人目を引く情報が拡散し、収益になるというアテンション・エコノミーが強まっている。兵庫県知事選挙では真偽不明の情報がSNSで飛び交い、候補者に対し「移民推進派」というレッテルを貼り攻撃する手法は同選挙だけでなく千葉県知事選挙でも見られるようになった。
しかしながら、SNSにおいて有権者にどのように情報が届いているのかという実態はあまり明らかになっていない。
学生はほとんど政治家をフォローしていない
そこで担当する「ソーシャルメディア論」の授業を受講する学生に簡易なアンケートを行い、216人から回答を得た。質問は以下の2つ。
1)SNSでフォローしている政治家や政党のアカウントがあれば教えてください。フォローしてない場合は、政治家や政党の投稿を見たことがあれば教えてください。
2)選挙時の情報取得で困っていることがあれば教えてください。
で自由回答とした。授業ではソーシャルメディアと政治についても触れているため、通常の学生よりも関心が高い可能性がある。回答期間は6月18日から20日で、東京都議選挙の最中である。
ほとんどの学生は政治家や政党をフォローしていなかったが、自民党の河野太郎氏や再生の道の石丸伸二氏などをフォローしている学生はいる=表1参照。
河野太郎氏はコロナ禍で情報発信したから、面白い発信をしているから、という記述があった。石丸伸二氏は昨年の都知事選挙時にフォローしたという学生がいた。都知事選の期間中でもあり、再生の道から都議選に出馬していた候補者の名前もあった。
表1.学生がフォローしていると回答した政治家や政党
政治家(敬称略) | 政党 | |
10 | 河野太郎 | |
6 | 石丸伸二 | |
5 | 玉木雄一郎 | |
3 | 小泉進次郎 | |
2 | 安倍晋三、岸田文雄、小野田紀美、神谷宗幣 | |
1 | 菅義偉、泉健太、馬場伸幸、立花孝志、田母神俊雄 吉村洋文、泉房穂、平良雄大、弘田敏康 | 参政党 |
見たことがあるのは小泉進次郎
フォローしていないにもかかわらず政治に関する投稿は約半数の学生のタイムラインに表示されていた。最も多かったのは米問題の対応で注目される小泉進次郎農相で35人が上げた。その次が河野太郎氏、石破茂首相、石丸伸二氏と続く。
表2.学生
政治家(敬称略) | 政党 | |
35 | 小泉進次郎 | |
20 | 河野太郎 | |
12 | 石破茂 | |
9 | 石丸伸二 | |
6 | 国民民主党 | |
5 | 玉木雄一郎、山本太郎 | |
4 | 小野田紀美 | 参政党、れいわ新選組 |
3 | 菅義偉、榛葉賀津也 | |
2 | 安野貴博 | 公明党 |
1 | 赤澤亮正、青山繁晴、米山隆一、奥田芙美代、立花孝志、神谷宗幣、小池百合子、馬場貴大、荻野稔、阿部力也、平野雨龍、小幡沙央里、河合悠祐、吉田あやか | 自民党、日本維新の会、都民ファーストの会 |
学生の回答をユーザーローカル社の「AIテキストマイニング」に入力し、テキストマイニングした結果が図1である。中心には「流れる」が大きく表示されている。これは政治家の投稿が流れる、といったタイムラインに表示される回答が多いことを示している。

政治家の炎上やミームとして流れ着く
具体的な投稿として、小泉農相が牛丼を食べているものと書かれている回答が複数あった。投稿は9,500万表示となっておりバズっているといってよいだろう。
ただ、小泉農相の投稿がこのまま流れてくるわけではない。
「『多忙アピールしないで』という意見がついていた」や「庶民アピールと反感を買って炎上しているようだった」と、小泉農相の投稿を批判的に取り上げた投稿が表示されている。「本人のアカウントではないですが、小泉氏をネットミーム的にいじる投稿は本人の投稿以上に流れてくる印象です」との学生の回答からは、小泉農相のような注目されている政治家を利用してアテンションを得ようとする投稿があることが分かる。
流れてきた投稿から関心を持ち小泉農相アカウントを確認した学生は「米の話題に関しては信じられないくらい叩かれていたが、その1日前に投稿された欧州の大臣との面会動画では『けん玉上手い』『小泉さんおつかれ様です』などのコメントが多く、雰囲気が全く違うと感じた」と回答していたが、このように情報を辿ったと回答した学生はわずかしかいない。
石破首相に関しても、「居眠り」「石破さんをいじったような民度の低い画像」「消費税で批判されている切り抜き」といった扱われ方をしていた。政治家の名前はなかったが、「AIによって面白おかしく加工されている動画。空を飛ばせていたり、ギターを弾かせていたり、ピザを食べさせたり、ネット民から遊ばれている」という回答もあった。
以前なら政治に関心がない大半の学生から「ほとんど政治の話題は流れてこない」といったフィルターバブル的な回答が多かったが、アルゴリズムがアテンション・エコノミーに調整されたことで、バズったものが流れ着くようになっているようだ。
批判するほうが得な仕組みが民主主義を脅かす
2)では、「各党の公約を比較したいがよくわからない」「公約が実現するのかわからない」といったものが複数あった。1)と連動した「◯◯党はだめ、✕✕党もだめ、という情報しか流れていない」といった回答もある。
アテンション・エコノミーにより、政策の比較といった地味な情報は届きにくくなり、ネタにしたり、相手を貶めたほうが届きやすいという状況にある。
ある学生は、「批判的な情報のほうが印象に残るため、SNSで批判を受けていたり、マイナスイメージを持たさせるような内容が投稿されていたりする政党や政治家について、考えを左右されてしまう」、「熊谷(千葉県)知事が移民政策を推し進めているという情報をどこかで聞き、それを鵜呑みにして判断したことがある」という回答もあり、誠実に政策を訴えるよりも、対立候補を攻撃するなどしたほうが有利になるというSNSの仕組みが民主主義を脅かしている。
だからといってテレビや新聞を見るかというとそうでもない。「SNSは情報が多すぎるが、テレビは偏っている」「マスコミが偏りのある情報を流している」というマスメディア批判の意見も複数ある。
例えば、「ネットやテレビのニュースが『バズる』ことを重視しすぎて、候補者のスキャンダルや失言ばかりを取り上げ、その人に対してマイナスな印象を与える一方で、肝心の政策内容がほとんど伝わってこない」といった回答があったが、授業で聞く学生のメディアの接触状況や、テレビが選挙期間中(都議選)にスキャンダルを取り上げることはほとんどないことを踏まえれば、実際にテレビのニュースを見たわけではなく、切り抜き動画やSNSで繰り返されるマスメディア批判の影響を受けている可能性もある。
今回のアンケートは簡易なものであるが、選挙がアテンション・エコノミーに飲み込まれていることを示すものとなった。規制強化やメディア・リテラシーの議論が行われているが、有権者の実態把握は何よりも重要になる。