誤・偽情報、デジタル影響工作、認知戦を知るうえで読むべき定期レポート (1) Metaの四半期脅威レポート
誤・偽情報、デジタル影響工作、認知戦は定義があいまいなままであり、重複する部分も多い。その一方でさまざまな分野が関係する学際的な領域でもあり、どの専門領域から見るかによっても全く異なってくる。さらに、安全保障や地政学といったどちらかというと実践的な分野も大きく関わっている。そもそも安全保障と地政学の定義や内容も多義的だ。
なにを言いたいかというと、誤・偽情報、デジタル影響工作、認知戦といった場合、ものすごく広い分野が対象になり、読むべき資料も莫大なものということだ。しかし、その一方で定期的に刊行されているものは驚くほど少ない(この領域にかかわるものがよく登場する学会誌はのぞいて)。しかもよく終わる。おそらく予算が尽きたのだろう。
ケンブリッジのDemTechの年刊もなくなっているし、プリンストン大学ESOCのOnline Political Influence Efforts Datasetのレポートも2023年のものが最後だ(例年だ最新版がリリースされている時期だが今年はない)。
きわめてまれな定期的レポートをご紹介したい。
Metaの四半期脅威レポート
Metaは、グーグルと並ぶビッグテックの主要企業の1社であり、自社サービスで発生したデジタル影響工作に関連した事案の情報だけでも十分価値がある。実際、Metaの四半期脅威レポートは2016年以降、次々と発表されるようになったこの分野のレポートの中でももっとも重要なものと言っても過言ではないくらい充実している。
さらに数年前からはネットサービス全般にわたって目配りしている。Metaは、デジタル影響工作の脅威は統合的な作戦であり、単独企業に対する脅威はその一部でしかない場合が増えていることを認識している。そのため、他のSNSプラットフォームとも連携、強調した動きをみせており、それも四半期脅威レポートに含まれている。最近では、生成AIの利用について、OpenAIなど複数の企業と連携してした。少し前はイスラエルのデジタル影響工作についてもデジタルフォレンジックリサーチラボと連携していた。
また、このレポートだけでしか見ることのできないものや、このレポートが発端となったものも多い。たとえばCIB(Coordinated Inauthentic Behavior)はMetaが最初に使い始めた用語で最近では他の組織でも使うことが増えている。Metaのテイクダウンする時の基準だ。この基準は、投稿の内容ではなく、アカウントの不正な動作に注目したもので、協調した不正な行動を指す。
他には、インドの圧力に関して名指しはしなかったものの、暗示する文章を掲載した。インドは世界有数のデジタル影響工作国家であるが、その活動内容はさまざまな理由で公開されていない。Metaはインド国家あるいは関与が疑われる組織の活動をテイクダウンしているが、公開していない。脅威レポートの中に、スタッフに対する生命の危険などがある場合は公開しないといった説明があった。のちのこれはインド政府からの圧力のことを指していたのがワシントンポストの記事でわかった。他のSNSプラットフォームも同種の圧力を受けていたはずだが、暗示的にも公にしたのはMetaだけだった。Metaの脅威レポートを継続して読んでいると、2019年より後にインド由来のCIBのテイクダウンの記事がなくなっていることがわかるので、インドが圧力をかけてきたのはすぐにわかる。
Metaの四半期脅威レポートのページ
https://transparency.meta.com/ja-jp/metasecurity/threat-reporting/
Metaのチームがこれだけ幅広く連携し、先端的な調査研究を行えた背景には、ベン・ニモの存在がある。ベン・ニモの経歴は多彩なので割愛し、この分野に関わるものだけ紹介すると、この分野の草分けとして有名なアメリカのシンクタンク大西洋評議会のデジタルフォレンジックリサーチラボでこの分野の調査研究をリードし、その後グラフィカに移り、同社のデジタル影響工作調査研究を率いた。さらにMetaに移り、Metaの脅威チームを率い、現在はOpenAIにいる。今年に入ってOpenAIが生成AIのデジタル影響工作への利用に関するレポートを公開して話題になったが、ベン・ニモが移ったのはこのためだっと関係者は理解しただろう。