米国の主要放送メディアは誤情報の問題について党派性のある議論でプラットフォームをやり玉にあげているという論文
はじめに
今回はJIANING LI氏とMICHAEL W. WAGNER氏による論文『How do social media users and journalists express concerns about social media misinformation? A computational analysis』を紹介する。この論文は、米国の主要放送メディアであるABC(American Broadcasting Company)・NBC(National Broadcasting Company)・CBSにおける報道と主要ソーシャルメディアであるTwitter(現X)・Facebookの投稿を、機械学習を用いて分類し、誤情報(misinformation)について議論しているものを抽出、それについて分析を行った論文である。
この論文では、誤情報についての議論を複数のタイプに分類した上で分析を行っている。その中でも、特にソーシャルメディアにおいて議論の動機として頻繁に登場するのは『政党政治』と『プラットフォームポリシー』であると指摘されている。この2つによる議論では誤情報の本来の問題である『情報の正確性』の欠陥から目を逸らし、誤情報の結果として生じる利益/不利益、あるいはそれに影響を受けるのは誰なのかといった問題へとスポットライトを当てるようになってしまうというのが、この論文で提示されている主要な課題である。
誤情報の分類
この論文においては、現状のソーシャルメディアにおける誤情報の議論を
- 政党政治(party politics)
- 知識及び決定の質(quality of knowledge and decisions)
- 直接的な訂正(direct corrections)
- ユーザー自身の主体性(user agency)
- プラットフォームポリシー(platform policy)
の5種類に分類している。論文の直接的な目的は、ソーシャルメディアにおける誤情報に対して人々が懸念を表明する原動力、あるいは動機はどのようなものかを検証することであると位置づけられている。
論文の前半においては、この『動機づけ(motivated reasoning)』について、2つのタイプが提示されている。1つ目に挙げられているのは、自身の党派的スタンスを守りたいという欲求から来る『党派的動機付け(partisan motivation)』である。この動機から誤情報に関する議論を行う人々は、(しばしば自身が支持する)特定の政党にとっての利益/不利益に繋がるかどうかという『政党政治的な』視点を持ったうえでこのような議論に参加している。一方、それと対照的なものとして挙げられているのは、正確かつ最適な判断を下したいという欲求から来る『正確さへの動機付け(accuracy motivation)』である。この動機から誤情報に関する議論を行う人々は、誤情報が公共問題や医療問題に関する不正確な判断を助長することに懸念を示し、自分自身の『知識と意思決定の質』を確保するという視点でこのような議論に参加している。また、2つ目の動機づけから発展して、より情報の正確性に着目した『直接的な訂正』に着目した議論のタイプも存在する。このタイプの議論においては、誤情報の誤りを直接的に論破し、その正確性を透明性が伴った状態で示すことが目的となっている。
また、『ユーザーの主体性』や『プラットフォームポリシー』に着目した議論も重要である。ユーザーの主体性を向上させることは、誤情報が流通してしまった後に、それに触れるSNSユーザーが捏造された、あるいは誇張された見出しで飾られた情報を見分ける能力を身につけ、ファクトチェック(fact checks)を読むように習慣づけることであり、彼らが正確性に基づいて情報を取捨選択することに繋がると述べられている。一方で、誤情報に対するプラットフォームポリシーについて、X(旧Twitter)のコミュニティノート機能のような投稿に対するファクトチェックや、誤情報を拡散するアカウントの機能停止(BAN)といった政策は、誤情報の訂正や、正確性の担保に繋がる効果があるかもしれないとする一方で、これらの政策あるいはその支持/不支持は先述した『政党政治』的な視点と結びついてしまう傾向を示していると指摘されている。
『誤情報』という表現の自由と、検閲
プラットフォームポリシーに関連して、論文の中では、2020年10月に行われたNBCの番組での議論を取り上げ、プラットフォーム事業者が『偽情報や選挙日の前後に暴力を扇動する可能性のある』投稿と戦うために行動を起こしていることに対する市民の反応も記している。偽情報・誤情報対策は常に発信者が持つ『表現の自由』とのせめぎ合いを避けることが出来ず、受け取り方によってはプラットフォーム事業者によるこれらの対策は『検閲』とすら見做されうる。
コロナウイルスやいわゆる陰謀論などに関する投稿を、プラットフォーム側が『虚偽』と判断してラベリングを行ったり、削除したりすることは、投稿者に対するショックを与えるだけではなく、更なる先鋭化を促す危険性も有する。偽情報や誤情報を理解する上で重要なシステムである『エコーチェンバー』現象は、同じような思想を持つ人々が集まることで思想が先鋭化していくことを指しているが、この現象においては『他者から疎外されている』もしくは『他者から攻撃されている』ことも思想の先鋭化の一翼を担っている。つまり、プラットフォーム事業者による偽情報・誤情報対策はこれらの発信者・投稿者に対して、『自らの思想は検閲されている』というナラティブを与えることに繋がり、それが結果としてより先鋭化された思想の形成を惹起する危険性を孕んでいるということである。近しい例で言えば、日本のオウム真理教やアメリカの人民寺院などのいわゆるカルト宗教が、選挙での敗北や地域コミュニティにおける迫害を社会からの拒絶と捉え、これらを契機としてより過激な活動へと転換していくようになったことが挙げられるであろう。
現在の懸念点と、将来の展望
FIGURE 1. PREVALENCE OF DISCUSSIONS IN MAINSTREAM BROADCAST NEWS. FIGURE SHOWS PERCENTAGE OF EACH TYPE OF DISCUSSION IN A TOTAL OF 101 NEWS TRANSCRIPTS ANALYZED.
(出典:JIANING LI、MICHAEL W. WAGNER、How do social media users and journalists express concerns about social media misinformation? A computational analysis)
この論文で挙げられている最大の懸念点は、先述した通りこれまで上げた5つのタイプの内、誤情報に関する議論において、『政党政治』と『プラットフォームポリシー』の視点から行われているものの比率が最も高いことと、ジャーナリストとSNSユーザーの双方においてもこの2つのタイプの議論が同時発生しやすくなっていることである。本来の誤情報の最大の問題は正確性が欠損した情報が流通していることであるにも関わらず、ソーシャルメディアにおいては、『その情報によって誰が得/損をするか』・『それを抑制するためにプラットフォーム事業者が何をしているか、なぜそれをしているのか』といった誤情報が流通する結果生じる側面にのみスポットライトが当てられていることを論文では指摘している。その結果本来の問題である『情報の正確性』やそれを受け取る『ユーザーの主体性』が軽んじられ、誤情報の真偽を有意義な議論を通じて検証する妨げになっているのである。
一方で、割合が低いながらもこれらの『知識と意思決定の質』や『情報の正確性』に関する議論自体が存在するだけではなく、ソーシャルメディアにおいては『ユーザーの主体性』に関する議論が(報道に比して)多く存在し、今後正確性に基づく議論を活性化させる土壌を育む場所になり得る可能性も、同時に論文では言及されている。
また、この論文では、インタビューを通じてNBCのジャーナリストが『政党政治の視野を介して』プラットフォームポリシーを解釈していると指摘している。『プラットフォーム事業者の党派性』をインタビューの質問で尋ねることによって、誤情報に関する介入を党派性に基づいた、しばしば右派的な思想との関連性を示すコロナウイルスに関する誤情報に対する『左寄りの』介入であると印象付ける役割を果たしたという。
論文の最後では、今後の方針として、論文で取り上げたメディアであるABC・NBC・CBSの各放送メディアについて「視聴者数が多いことや、広く“主要メディア”であると認識されていることを基準に選定したが、今後は中道もしくは中道左派のメディア・エコシステムの情報源であるこれらのメディアだけではなく、幅広いイデオロギー的視点を持つ情報源を調査するべき」と結論付けている。「中立的」であることも一種の党派性を帯びていることであり、日本においては各新聞社によって事象に対する受け取り方や報道姿勢が違うように、より左派もしくは右派的な放送メディアを調査すれば、今回の調査とはまた違ったデータを抽出することが可能となり、より精度の高い研究になるであろうことは間違いない。
著者所感
2016年の、いわゆる『ロシアゲート』疑惑をはじめとする米大統領選での偽情報の発信を含めた情報工作がきっかけとなって、これまで軍事面における戦略的な欺瞞としての側面が強かった偽情報は一般的な存在となり、日本においても生成AI技術の向上や熊本地震、令和4年度台風15号による静岡豪雨災害でのデマなどを通じてスポットライトが当たるようになってきた。それに伴って、日本語コミュニティにおいても偽情報・誤情報に関する議論が段々と活発化してきていると、報道やX(旧Twitter)を見て、筆者も強く感じている。個人的な感覚としては、この論文で述べられている英語圏ほど、日本語コミュニティにおいてこれらの議論が政治的に、あるいはプラットフォーム政策に偏っているとは感じていない。
しかし、依然として偽情報・誤情報は日本人にとって、まだまだ『専門的な』話題であることは間違い無く、比較的知見がある人々がこのような議論に参加しているため、結果としてファクトチェックや情報の正確性に着目したタイプの議論が重視されているように見えているだけではないかと考える。今後、偽情報・誤情報がより日本人にとって身近な話題になるにつれ、英語圏のように政治性を帯びた議論へとシフトしていく可能性は否定できないであろう。
一方で、日本において偽情報・誤情報がより差し迫った脅威になり得る可能性を認識しているアクターは複数存在する。情報通信政策を所管する総務省は情報流通行政局情報流通適正化推進室を中心として、情報リテラシー向上や偽情報・誤情報の監視などの政策に取り組んでおり、コロナ禍においてワクチンデマが拡散されワクチン接種会場で妨害工作が行われるなど国民の安心・安全に対する現実的な脅威となりつつある偽情報・誤情報への対策へと動き始めている。民間でも日本ファクトチェックセンター(JFC)などのファクトチェック団体が立ち上げられ、各報道機関やプラットフォーム事業者もファクトチェックへの取り組みを進める姿勢を見せている。
しかし、論文でも指摘されていたように、偽情報・誤情報対策と『表現の自由』に対する侵害・検閲行為は容易く線引きできるものではない。国民の安心や安全のために、基本的人権の核となると言っても過言ではない表現の自由を制限するのは本末転倒である。情報の適正な流通の確保は国民に遍く利益を齎すことであり、偽情報・誤情報を拡散させないことがこれに資することは間違いない。対策の是非や偽情報・誤情報自体の問題点なども含めて、一般市民レベルでの議論が活発化し、その結果として対策が進むことを期待したい。