右派左派ともに政権から離れるほど陰謀論を信じやすくなる 26カ国約10万人調査のnature論文
はじめに
今回は、2022年1月17日natureに掲載されたRoland Imhoff氏らによる論文『Conspiracy mentality and political orientation across 26 countries』を紹介する。この論文は、主にヨーロッパ諸国から構成される26か国の約10万人もの人々を対象に行われた2つの調査を用いて、政治的過激派と陰謀論の関係を分析した論文である。
論文においては、極右や極左といった政治的過激派を支持する人が、陰謀論を信じる心的傾向(conspiracy mentality)が高く、その傾向は野党たる政治的過激派、すなわち政権を獲得できていないもしくは政権の座から転落した政治的過激派を支持する人においてより強く表れていることが指摘されている。
陰謀論と政治との『蜜月の関係』
まず初めに、この論文において陰謀論とは、『ある集団が悪意ある目的を達成するために秘密裏に共謀しているという信念(beliefs that a group of actors are colluding in secret to reach a malevolent goal)』と定義されており、陰謀論を信じる予測因子は別の陰謀論を信じているということであると述べられている。また、論文の中で重要な概念となる陰謀論的思考(conspiracy mindsets)、あるいは陰謀論を信じる心的傾向とは、具体的な出来事や文脈に関わらず、何かしらの形で陰謀が動いていると疑う傾向のことを言う。
そして、特に政治領域においてこの『陰謀論的思考』は利用されていると論文は指摘する。陰謀論はポピュリスト的な傾向を持つ政治指導者によって戦略的に利用されており、これによって陰謀論は市民による投票行動やその他の政治的行動に影響することになる。
陰謀論と政治的過激派の『直線的/二次的な関係』
伝統的に、陰謀論は権威主義、特に右派権威主義と強く結びつきがあると考えられていた。多くの研究において、政治的志向と陰謀論支持には、政治的志向が右寄りになればなるほど陰謀論を支持しやすくなることが示されている。そのため左派よりも右派の方が、より陰謀論を支持しやすくなる傾向があると考えられていた。
その一方で、『蹄鉄理論(Horseshoe theory)』と呼ばれる考え方もある。思想的には真反対であるはずの極右と極左は、広く信じられているように直線的な関係、すなわち0(中道)を基準とする正負の関係とは限らず、馬の蹄のようにU字型の関係を構築しており、様々な面で似通った性質を持つとする理論である。その中でも、特に両者に共通する性質として論文で挙げられているのは、排外性や他者の(しばしば理論的根拠に欠く偏見に基づいた)危険性をことさらに強調する態度である。
論文においても、従来の研究とは異なり、この理論のようなU字型関数、すなわち極右及び極左を支持する人々は中道を志向する人々よりも陰謀論を強く支持していることを示す研究結果が、特に経済的繁栄を享受している裕福な国家(米国・ドイツ・スウェーデン・ベルギーなど)で表れていることを指摘している。陰謀論も先述したような自らとは異質な集団に対する排外性や自らを善、それ以外を悪と定義づけ、社会をコントロールしようとする悪と善の闘争と歴史を位置づけるという点で極右/極左との親和性がある。
陰謀論と『政権との距離』の関係
極右/極左の他にも、宗教原理主義者や反技術主義などを含めた政治的過激派)を支持者が陰謀論を強く支持する理由として、『政権党からの排除/脱落』を論文では挙げている。2020年度アメリカ大統領選挙に於いて敗北したトランプ前大統領の支持者が2021年1月に連邦議会議事堂を襲撃した際に、『選挙が操作されていた』と主張したように、選挙に於いて敗北した政党の支持者は選挙に関する陰謀論を支持する傾向が強い。そして、西洋諸国を始めとする多くの国では、極右もしくは極左政党が与党もしくは連合政権の一員のような形で政府による決定に加わることが少なく、そのことがこれらの政党の支持者を陰謀論支持に走らせる一因となっている可能性を論文は指摘している。
一方で、これらの研究結果は、調査対象となった国家において中道あるいは穏健右派/左派が政権を握っているという『前提条件』があるため極右/極左政党支持と陰謀論支持との間に相関関係が見られた可能性を指摘し、普遍的に適用できるかどうかについては疑義があるとしている。政権党が穏健右派/左派ではない場合、同じ結果になるとは限らない。
最近の例で言えばイタリアにおいて極右政党『イタリアの同胞(FDI)』を政権与党とするメローニ政権が誕生したり、オランダ総選挙においてヴィルダース氏率いる極右政党『自由党(PVV)』が第一党になり連立政権を発足させたりするなど、欧州において極右/極左が政権を握ることは決して夢物語ではなくなっている。このような極右/極左が政権与党になる状況下においては、それぞれに対極に位置する政党の支持者、極右政権においては政治的左派に、極左政権においては政治的右派において陰謀論を強く支持する傾向が現れると論文では予想している。
政治的志向に基づく調査
実際に研究においては、CMQ(Conspiracy Mentality Questionnaire、陰謀論的心性質問票)を用いて調査を行うだけではなく政治的志向に関する事柄を尋ね、その回答結果とCMQの結果をリンクさせている。しかし、この時、主観的な『右派』や『左派』といった回答は、回答者が持つ属性や前提条件(国籍・年齢・性別・社会的身分等)によってその指すものが異なる(米国において左翼と見做される政治的志向は、欧州では中道と見做されうる可能性がある)ため、投票行動に関する志向性を調査することでこれを補っている。
23か国からなる約3万3000例のデータセットを調査した研究1においては、全体的な傾向としてCMQにおける陰謀論の支持は政治的右派の方が政治的左派よりも顕著であるという、従来の研究を支持する結果が示されている。一方で、国家ごとの個別事例にスポットライトを当ててみると、オーストリア・ベルギー(フランダース地域)・フランスなどの中北欧地域に於いてはこの傾向が顕著な一方で、ハンガリー・ルーマニア・スペインといった南欧地域では政治的左派でより陰謀論の支持が顕著であるという傾向が示されている。
そして、研究1とは別に13か国の約7万1000例のデータセットを、年齢や性別、学歴などの属性に基づいた人口分布と一致するように重みづけを行った上で調査した研究2と研究1の双方において、政治的に『中道』とされる立場から離れれば離れるほど、陰謀論の支持が顕著であるという『蹄鉄理論(Horseshoe theory)』の関係が有意に表れた。
考察
研究1と研究2、併せて26か国の回答者からなる大規模なサンプルに基づいた調査に基づき、陰謀論的志向と政治的志向には一貫した関係があると論文では結論づけている。特に極右/極左のような両極端な志向を持つ回答者ほど、『支配権の剥奪(control deprivation)』と『世界観の一貫性(worldview consistency)』に基づいた『世界は秘密組織によって支配されている』といった類の信念を持っていると論文では述べられている。政治的過激派がしばしば持つ(陰謀論と共通する)『善悪の二分論』に代表される世界観を持っている。
一方で、論文では、特に前者の『支配圏の剥奪』の因果関係の逆転について注意を促している。『選挙に負けた経験が陰謀論を支持する傾向を強める』だけではなく、『(泡沫政党のような)そもそも選挙に勝てる可能性が低い政党が、独自性や無党派層の取り込みのために陰謀論を流布する』という事象が発生している可能性を否定できないということである。この辺りの詳しい因果関係については、研究結果がある程度の予想を提示してはいるものの、証明するに至っていないと、論文では述べられている。
また、研究においては(それ自体が主要な目的ではないとはいえ)『教育基準の高さと陰謀論的志向の関係』にも言及されている。教育レベルの低い人は単純な解決策に対する信頼が高まることなどが原因で(『善悪二元論』などの単純で一貫した世界観を提示する)陰謀論的思考を持ちやすく、またそれが非政権政党を支持しやすくなっていることを誘発していると論文では指摘している。
著者所感
陰謀論と政治的過激派との関係といえば、個人的に思い浮かぶのは、国民社会主義ドイツ労働者党(NSDAP、ナチス)を中心とする戦間期ドイツで活動した極右政党である。彼らは、第一次世界大戦のドイツの敗戦は、『共産主義者』や『ユダヤ人』が『勇敢に戦っていたドイツ軍』を『背後から鋭い刃物で一突き』したことで生じたとされる、所謂『背後からの一突き』論を盛んに提唱し、反ユダヤ主義・反共主義を煽った。彼らが正当な手段によってヴァイマル共和国において政権を掌握したとは到底言えないが、少なくとも外形的に『民主主義的な手段によって』国家を乗っ取る上で、ドイツ社会民主党(SPD)や中央党(Zentrum)、ドイツ民主党(DDP)といった中道右派/左派を中心とする当時の政権与党『ヴァイマル連合』に対する疎外感を抱いた人々の支持があったのは否定できない事実である。最終的にNSDAPによって粛清されたが、スターリン主義に基づく極左政党であったドイツ共産党(KPD)が首都ベルリンを中心に根強い勢力も保っていたのも同様の事情があると考える。陰謀論という概念が広まる前からも、陰謀論は現状に不満を抱く極右/極左勢力と結びつき、あるいは利用され、人々の政治行動を通じて流布されていたのである。
現在においても、プーチン率いる統一ロシア政権は『ウクライナはネオナチに支配されている』という(陰謀論に限りなく近い)根拠に欠けた論理を以てウクライナ侵攻を正当化しているが、彼の国の野党である極左共産党や極右自由民主党は与党統一ロシアよりもより根深い陰謀論との結びつきが指摘されている。アメリカにおいて連邦議会議事堂を襲ったトランプ前大統領支持派については、最早説明が不要であろう。
最近、日本でも『ディープステート』という言葉が人口に膾炙してきたように思う。ディープステート、DSとも訳されるそれは元々国家内国家(ヴァイマル共和国におけるヴァイマル共和国軍やNSDAP政権下ドイツにおける親衛隊のように、国家体制の中にあって超法規的な権力を持ち、他の機関からの介入を排して存在する主体のこと)を指す言葉であったが、現在では『裏からアメリカ(あるいは世界)を操り、支配するために陰謀を巡らせる存在』として主にアメリカで広く認知されている。
日本においては2020年からの新型コロナウイルス禍によって一気に陰謀論の認知度が上昇し、反ワクチンの文脈でアメリカのQアノン(トランプ前大統領支持派などによって構成される陰謀論者グループ)に起源をもつ組織である『神真都Q』が結成されたり、反グローバリズムや排外主義、反ワクチンなど幅広い分野において陰謀論的要素が強い主張を行う政党『参政党』が結党されたりするなど、既に陰謀論は身近なものとなっている。
YouTubeやX(旧Twitter)などのSNSは元々陰謀論が広く流布されるフィールドであったが、日本語圏においてもその特徴は引き継がれている。陰謀論はウイルスのように、『感染』した人を宿主として様々なコミュニティへと拡散していくこともその特徴であり、これから5年後あるいは10年後において陰謀論はより大きな問題となっていると考える。陰謀論を信じる人々が無視できないほどに増えることは、この論文で指摘されているように、彼らを『票田』として捉える政治勢力の勢力拡大に繋がり、それは長じて民主主義に対する脅威になり得るかもしれない。