検証された脅威や効果はない? 誤・偽情報、認知戦、デジタル影響工作についての過去の研究

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仕事がら誤・偽情報、認知戦、デジタル影響工作といった分野についての過去の調査研究を確認することが多く、その際に偏っていると感じることは少なくない。たとえばアメリカの安全保障系のシンクタンクのレポートには事例研究が多い。具体的な事例の方が予算を取りやすかったりするのかもしれない。そして当然ながら自国にとって重要な地域が優先される。事例でも地域でもそこから得られる知見の有効性は、その事例と地域に限定されるので汎用性はない、というか保証されない。しかし、レポートや論文を見ると、地域が違っていても平気でその結果を利用しているものもある。
今回は過去の調査研究を振り返ってまとめたレポートや論文をご紹介したい。

目次

10対策を網羅的に調査した大著

カーネギー平和財団で公開されている「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」(Jon Bateman, Dean Jackson、2024年1月31日)は、偽情報対策の10の方法の有効性やスケーラビリティを検証した資料で、10の方法に関する過去の数百の論文、文献などをレビューし、研究者、実務家、政策立案者などとワークショップを行ったうえでまとめられている。かなり網羅的なものだ。

このレポートは過去の莫大な調査研究をもとにしているので、資料リストだけでも価値がある。10の対策について、参照した資料に触れているのも助かる。
内容をくわしくご紹介すると長くなるので、全体のまとめを要約してお伝えすると、確実に有効性を期待できる対策はなく、ほとんどの対策は不確実で調査されていない多数の要因の影響を受けている可能性がある
プラットフォームとテクノロジーに焦点をあてることが多いが、ネットあるいはネットの外の他の要因の影響や相互作用もある。
対策の関係者は政治を無視して活動しているものの、多くの対策は政治的な意味を持つことが少なくない
といったような課題が多いというか、救いのないまとめになっている。
10の対策の中でファクトチェックはもっとも研究されており、知名度が高い。効果も確認されている
ただし、情報を信頼することや信念を変えることと行動を変えることは別である。たとえば、ワクチンに関する偽情報を信じさせなくしても接種率があがるわけではないという研究結果がある。また、情報の正確性は最優先ではないことも多い。自分の信念に近いことが優先されることも多い。
そしてファクトチェックは誤・偽情報の増加に対応して規模を拡大するのが難しいと致命的な欠陥を持っている。もう少しくわしい日本語での紹介をこちらで行っている。

過去の調査研究の偏りが整理されている論文

「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」(GILLIAN MURPHY、CONSTANCE DE SAINT LAURENT、MEGAN REYNOLDS、OMAR AFTAB、KAREN HEGARTY、YUNING SUN、CIARA M. GREENE )は、2016年から2022年に公開された論文を調査し、分析した論文だ。8,469件の論文をスクリーニングし、759件の研究を含む555件の論文を抽出し、分析した。

1.ほとんどの研究はアメリカ(49.93%)あるいはヨーロッパ(28.19%)を対象としていた。文化、言語などによる差異を考慮すると他の地域にはあてはまらない可能性がある。

2.短文(1つ2つの文章)の誤・偽情報を使用することが多かった。また、ほぼ半数は「偽」のみを提示しており、「真」も提示して識別能力を判定した研究は15%(全体の7%)のみだった。

3.誤・偽情報を信じるかどうかが主に測定されていた。行動について測定したものはほとんどない。

4.誤・偽情報の提示と結果の測定はほぼ同時に行われた。時間経過による影響の変化は考慮されていない。

5.これらの結果から現状の研究成果はきわめて限定された範囲でしか有効性がないことがわかる。特に政策などの意志決定の材料に使う際にはじゅうぶん注意を払う必要がある。

多くの論文は誤・偽情報を大きな問題としてとらえ、行動に影響を与える可能性を想定しているものの、行動への影響を検証したものはほとんどないというのは驚きだ。
オブラートにくるんだ言い方をしているが、「じゅうぶん注意を払う必要がある」というのはほとんど使い物にならないと思った方がよいということだろう。もう少しくわしい内容をこちらで日本語で紹介している。

コロナに関する誤・偽情報の50の論文では、尺度や定義のばらつきが浮き彫りになった

「A Systematic Review Of COVID-19 Misinformation Interventions: Lessons Learned」(Rory Smith, Kung Chen, Daisy Winner, Stefanie Friedhoff, and Claire Wardle)は、2020年1月1日から2023年2月24日の間に発表された50の論文を分析し、誤・偽情報対策の効果を検証した。調査は実験もしくは実験に準じた方法を用い、誤・偽情報を信じる傾向と正確さの判定および誤・偽情報の拡散に絞って行われた。
その結果、accuracyprompt 、debunk、media literacy tips、warning labelなどがコロナの誤・偽情報の拡散または誤・偽情報への信念を軽減することがわかった。
問題は、各研究のさまざまな特徴をマッピングすると証拠能力を弱めるばらつきがあることがあることがわかった。平たく言うと解像度が荒いため信憑性に欠けることになる。多様な評価尺度と方法や陰謀論の範囲の曖昧さなどが原因だ。関係する領域の専門家と組織が協議して分類方法や尺度を共有することが重要だとしている。こちらに日本語での簡単な紹介がある。

検証を置き去りにして進む政治とメディアの扇動

グローバルノースの多くの国が誤・偽情報を重大な脅威と認識しているわりには、基本的なことが調査も研究もされていない状況がわかる。調査はされていても対象領域は偏っているうえ、方法論上の問題も多い。この分野のほとんどの調査研究は誤・偽情報および対策の実態や影響範囲、脅威の深刻度を把握することができていないといっていいだろう。
検証されていないという状況にもかかわらず、EUでは法制化が進み、日本もそれにならおうとしている。アメリカでは対策が大幅に後退する一方で、中国に関するものだけは規制が強化されている。これらはいずれも検証された根拠に基づく活動ではないため、政治的意図に基づいた活動と理解すべきなのだろう。もちろん、政府だけではなく、メディアやファクトチェック、一部の調査研究も該当する。
本サイト INODS UNVEIL は政治をテーマとしていないため、政治的に深掘りすることはない。ただ、現在の誤・偽情報対策はそれ自体が政治的意図に基づく世論操作であり、第三国が仕掛けてくる認知戦やデジタル影響工作と共鳴している、ということは指摘しておきたい。

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
note https://note.com/ichi_twnovel
X(旧ツイッター) https://x.com/K_Ichida

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