メディアの否定的な報道がSNSポリシーに与える影響についての論文
はじめに
今回は、Nahema Marchal氏らによる『How Negative Media Coverage Impacts Platform Governance: Evidence from Facebook, Twitter, and YouTube』を紹介する。この論文は、FacebookやX(旧Twitter)、YouTubeといった事業者によるポリシー決定に対して、(主に)否定的なメディア報道がどのように影響をもたらすのかということについて、これらのプラットフォーム事業者の過去の事例から分析した論文である。
メディア報道は、これらの企業がIPOした当初はビジネス関連の記事が中心だったが、2015年以降はプラットフォームのポリシー決定や戦略的決定、あるいはこれらの企業に対する政府の動向についての否定的な報道が急増しており、これらに関する報道がデータセット全体で最大の割合を占めるようになった。そして、否定的な報道が持続する期間が長く、頻度が高まるほどポリシーの変更を行う可能性が高くなっていた。
プラットフォーム事業者の『裁量権』
一般的に、この論文で挙げられているようなソーシャルメディアを運営しているプラットフォーム事業者の経営判断やポリシー決定のプロセスは外部者に対して閉ざされている。企業である以上、利用規約やコミュニティ・ガイドラインといったユーザーやその他の利害関係者に対する開示文書自体は存在しているが、規制される言論の内容やそれを検知するツールなどの情報がそこに十分に記されているとは言い難く、不透明なものになっている。
論文において指摘されているように、現代のプラットフォーム事業者は政府機関や公的機関によって広報活動を始めとする政治的コミュニケーションツールとして使用されており、しばしば国家と比較されるほどにまで影響力を増している。一方で、政府に対して当然に要求される説明責任やその行動に対する正当性を担保するために必要な民主的な行動基準などにプラットフォーム事業者は拘束されておらず、社内で決定する独自のルール自体は存在するが、その決定過程からユーザーは排除されており、決定されたルールに対する異議申し立て手段をほとんど整備されていない。
プラットフォーム事業者のこのような『相当に大きな裁量権(considerable discretion)』を規制するための取組は、主に欧州連合(EU)が制定したデジタルサービス法(Digital Services Act、DSA)やドイツが制定したネットワーク施行法(Net Enforcement law, NetzDG law)など主に欧州において実施されてはいるが、これらのプラットフォーム事業者が多く立地する米国において効果的な規制が実施されていないこともあり、未だにこの裁量権は健在であり、一貫性のない方法で独自基準の設定および施行を行っていると指摘されている。
プラットフォーム・ガバナンス
先述した通り、プラットフォーム事業者によるポリシー決定の過程では透明性が著しく欠如しており、また彼らが採用するプラットフォーム上の規範および基準は米国が策定する言論及び危害に関する規範に基づいている場合が多く、それによって米国外の利用者を始めとする多くの人々に対して不利益になると論文では指摘している。
また、プラットフォーム事業者はその収益構造上、利益の殆どを広告収入が占めており、広告主の意向に企業運営が左右される。一方でプラットフォーム事業者は公的セクターによる広報機能を担うなど社会インフラの一端としての役割が増大しており、近年プラットフォームにおいて著しく拡大している陰謀論への対応なども含めて、私企業として追及するべき利益と公共機能を担う企業として確保するべき公益のバランスを取る必要に迫られている。
先行研究では、これらのプラットフォーム事業者はポリシー決定に際して外部者の助言を求め、その決定過程において研究者やステークホルダーとの連携を図っていることが示されているが、一方でこれらの研究は企業内部に焦点を当てており、企業自体を取り巻く環境が戦略的なポリシー決定に影響することを見落としていると論文は指摘している。
企業運営に対する報道の影響
現代において、マスメディアはしばしば立法行政司法の三権に次ぐ『第四の権力』とも準えられるように、社会に対して非常に大きな影響力を与えるアクターの一つである。一般的に企業は現状維持を志向するが、メディアによる報道で企業の内部運営や方針に関する事項が大々的かつ頻繁に取り上げられた場合、経営陣はそこで取り上げられた問題を重要なものと見做し、戦略的な変更を加えることも含めて対応に取り組む傾向があると論文では指摘している。更には、当該事項について中立的な報道や好意的な報道よりも、否定胃的な報道の方がより注目されやすく、変化を促す要因となる。
そして、現在いわゆる『テックラッシュ(Techlash、Tech(技術)とBacklash(反発)を組み合わせた言葉)』、つまり技術開発を進める一方で情報漏洩や個人情報の不適切利用を行っていることに対する民衆の反発に直面しているプラットフォーム事業者においてもそれは当てはまり、プラットフォーム事業の持続可能性はユーザーがサービスを利用し続けることに大きく依存しているため、否定的な報道は企業イメージの損失や消費者からの信頼の既存、企業に対する政府の規制の誘発といった複合的な要因によって企業価値を損ねる可能性があると論文は指摘している。そのため、こういった否定的な報道はプラットフォーム事業者のポリシー決定に対して、プレスリリースの公表や戦略変更の実施などのアクションを促すことに繋がる。
否定的な報道の傾向とポリシー変更に与える影響について
論文では、ニュースコーパスからFacebook・X(旧Twitter)・YouTubeについて言及されている記事を抽出し、そこから特定のイベントに関する要素としてこれらのプラットフォームが言及された記事など関連性が低いものを除外した上でビジネス・政策・社会など8つのカテゴリに集約した。ここからさらに『その他』にカテゴライズされた記事を破棄するなどした上で、19,560本の記事から構成されるデータセットを分析している。
(出典:How Negative Media Coverage Impacts Platform Governance: Evidence from Facebook, Twitter, and YouTube、Nahema Marchal,Emma Hoes,K. Jonathan Klüser,Felix Hamborg,Meysam Alizadeh,Mael Kubli & show all、17 Jul 2024、https://doi.org/10.1080/10584609.2024.2377992)
分析の結果として、論文は次のように述べている。プラットフォームに関する報道は、これらの企業がIPOを果たし上場した時期にはビジネス関連の報道が多くを占めていたが、2015年以降はプラットフォームのポリシー決定や戦略的決定、あるいはこれらの企業に対する政府の動向についての報道が急増しており、これらに関する報道がデータセット全体で最大の割合を占めている。2016年には選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカによる個人情報の違法収集及び不正利用が明らかになったことや同年の米大統領選へのロシア介入疑惑、GoogleやFacebookに対する制裁などの出来事と関連してプラットフォームに対する否定的な報道が優位に増加している。
これらの報道がポリシー決定に対して与える影響について、論文では継続的な報道は企業に対して対応の必要性を認識させる可能性を高めると述べている。実際にデータ分析においても、否定的な報道が持続する期間が長く、頻度が高まるほどポリシーの変更を行う可能性が上がっていることが定量的に確認されている。ただし、プラットフォーム事業者のポリシーや戦略決定に特化した報道がより有意にポリシー決定に影響を与えるというわけではなかった。
考察
研究の結果、否定的な報道の持続がプラットフォーム事業者に対する圧力になり、ユーザー・ポリシーの変更を行う可能性が高くなることが証明されたと論文では述べている。これは、プラットフォーム事業者は自分自身の正当性や権威に対する疑義を付したり、ユーザーに対する責任を取っていないことなどを指摘したりする報道に対して敏感に反応することを意味する。
プラットフォーム事業者はユーザーの利便性の担保や公共性に見合った説明責任と私企業としての利益追求の調和を求められるようになり、本来は自由に決定できるユーザー・ポリシーなどのルールについても、ユーザーに対してこれが受け入れられるかどうかに大きくその有効性は依存している。
一般的に考えられているような『支配的な』プラットフォーム事業者は必ずしも自由にポリシー決定を始めとする行動を行うことが出来るわけではなく、否定的な報道を中心とする世間からの圧力はポリシー変更などの行動変容を推進するメカニズムとして機能し得ると論文は結論づけている。
今後の展望についても、主にアメリカの企業に着目し、英語のリソースに頼った今回の研究を発展させる複数の方法を提示している。例えば複数の国家やより多様なニュースソースを対象に同じような調査を行うことや否定的な報道を行う主体の評価や社会的影響力を分析することで、より正確かつ拡張的な研究成果を得られることを期待できるだろう。