Facebook上における誤情報認識とその懸念の相関に関する論文
今回は、Shelley Boulianne氏及び Christian P Hoffmann氏による『Perceptions and Concerns About Misinformation on Facebook in Canada, France, the US, and the UK』を紹介する。
この論文は、カナダ、フランス、アメリカ、イギリスの4ヶ国においてX(旧Twitter)及びFacebook上での誤情報に対する懸念と、誤情報に晒されたと認識する度合い(誤情報認識)やFacebookでの政治経験や国家が抱える背景にどのような相関があるかを調査したものであり、フランスを除いた3ヶ国で誤情報への懸念と誤情報認識には強い正の相関がみられることを指摘している。
誤情報への懸念
世論調査やグローバルリーダーを対象とした調査などに現れているように、近年人々の偽・誤情報に対する懸念は世界中で高まっている。以前の記事でもたびたび触れているように、実際のインターネット空間上における偽・誤情報の割合は極僅かなものであるのにも拘らず、なぜここまで偽・誤情報の懸念が高まっているのかについては、報道によるフレーミング効果や、単に誇張されてその影響が語られているなど多くの説が存在する。
論文では、人々は特にFacebookにおける誤情報へ強い懸念を抱いていると指摘している。Facebookのアルゴリズムが、エンゲージメント(関心)の高いコンテンツを多く表示するようになっており、誤情報のバイラル性(拡散性)を高めているというのがその主な理由である。2021年のアンケート調査では、回答者は誤情報の媒体として最も懸念を示しているプラットフォームとして、ニュースサイトやX(旧Twitter)を押さえてトップにFacebookを据えている。これらは、この研究で調査の対象としているカナダ、フランス、アメリカ、イギリスの西側民主主義4ヶ国において、Facebookが最も広く使われているソーシャルメディアであることと共に、この論文において調査対象がFacebookとなっている理由である。
誤情報の脅威は、しばしば「選挙への影響」とリンクされる。この論文が書かれた2024年は米大統領選や英下院総選挙といった大きな選挙が頻繁に行われる年であり、延べ30億人近い人々が選挙投票に赴くと予測される年である。2016年米大統領選におけるロシアゲート事件が記憶に新しいように、選挙に対する介入の手段として、誤情報が用いられるのではないかという懸念が念頭にあるユーザーは多い。
この「選挙への影響」と誤情報の脅威がリンクしていることは、自由民主主義国家に住む人々は、そうでない政治体制(一党独裁体制や権威主義体制など)を取る国に住む人々よりも誤情報への懸念を示す割合が有意に高いことにも表れている。
誤情報への認識
先述した通り、誤情報への懸念は各国で高まっている。一方で、オンライン上で誤情報に触れる機会は限定的であり、情報空間において誤情報の割合が極めて限定的なのにも拘らず、このような傾向が見えることは一見不合理なものに見える。
一般に欧州と比較して情報空間における誤情報への影響力が強いと考えられているアメリカにおいてXを用いて行われた調査では、僅か1%のユーザーが誤情報への曝露の70%を占めているという結果が出された。アメリカ以外でも、イタリアとフランスを対象に行われた調査でも偽情報を掲載するニュースサイトはオンライン人口の1%程度にしか認識されていないという結果が出ていると論文では提示している。
一方で、『誤情報に対する曝露』への認識に関する調査では違う結果が提示されている。すなわち、誤情報が社会問題としてやり玉に挙げられ、2016年米大統領選や2023年ブラジル大統領選に代表されるような『誤情報による選挙の影響』が広まるにつれて、(実際に偽情報に直接曝露していなかったとしても)、誤情報を脅威として捉える人々の割合は上昇していく。そして、Facebookに代表されるプラットフォームでの誤情報のバイラル性などへの心配と組み合わさり、『誤情報に対する曝露』への認識は広く一般的なものになっているのである。
政治と誤情報
一般的に知られているように、党派性や政治的なイデオロギーと誤情報への曝露経験には関連性が存在する。論文では米国の例を出しており、政治的イデオロギーを強く自認する人のうち、特に右派(共和党支持者)が誤情報から受ける影響が大きいという調査結果を提示している。
一方で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の際に誤情報による影響度合いにイデオロギー軸での差異はあまりなかったという2021年の調査結果なども同時に提示されており、従来のような『イデオロギーの偏り=誤情報による影響大』という構図が必ずしも適切ではない可能性も同時に指摘している。
また、チリやメキシコ、オーストリアにおける偽情報の共有及び曝露がイデオロギーによって予測しえなかったことも提示しており、そもそもこの構図は国家が持つ政治的背景(米国では共和党と民主党の二大政党制が確立しており、両党の間でイデオロギー的な分断が深刻化しているなど)に依存しており、グローバルな傾向を示す場合に政治的イデオロギーに基づく分析が適切ではない可能性も存在している。
Facebook上の政治的議論と誤情報
よりミクロな視点に立つと、政治的な議論において誤情報はしばしば『ソース(根拠)』として活用される機会がある。Facebookを始めとするプラットフォームにおいてユーザー同士が政治的議論を行う場合、当然自分の政治的見解が正しいことを前提としてそれを行うが、その補強のために様々な情報を持ち出すことがある。その中において、誤情報(場合によっては偽情報)はこのような政治的見解を支持するためのソースとして活用されてしまうのである。
Facebookにおいて、直接政治的議論に参加する人々の数は多くない。一方で、ユーザーが政治的議論を繰り広げている様子はしばしば無関係の他者に対しても公開されており、本来第三者である人々はこれらの議論を傍観する中で誤情報に暴露されてしまう可能性がある(第三者効果)。そして前述した通り、この類の議論はしばしば白熱し、より多くのエンゲージメントを集めることがトリガーとなるFacebookのアルゴリズムを誘発し、バイラル性を高めるという負の循環を生み出す可能性が存在する。
偽・誤情報への懸念と介入への支持
誤情報に対し強く曝露されていると認識していることと、誤情報への懸念の度合いの高さは正の相関があることを論文では指摘している。しばしば誤情報は政治的文脈を持つために、Facebookのようなプラットフォーム上での政治的議論への曝露がそのまま誤情報への曝露に繋がり、それに反応するアルゴリズムによってより拡散は促進されてしまう。そうして誤情報へ曝露されたユーザーは誤情報への懸念を深めていく。
2022年段階において、調査対象とされた西側自由民主主義国家4ヶ国の内アメリカ、イギリス、カナダの3ヶ国でこの理論を強く支持する結果を得られたと論文では結論づけられている。一方で、フランスにおいては黄色いベスト運動(マクロン大統領率いる中道政権に対する、燃料価格上昇などの政権の失策に対して抗議する運動)や急進右派『国民連合』の活動などの結果人々の主流メディアに対する否定的な見方が蔓延していたため、Facebookなどのプラットフォームよりもニュースメディアに対する誤情報への懸念が高いという結果が得られたと論文では説明している。
しかし、このニュースメディアに対する不信の傾向は最近になって少しずつ変化している。アメリカ、イギリス、カナダにおいてニュースメディアに対する不信の度合いは安定的に推移しているが、フランスでは2018年から2023年の5年間で有意に減っており、2024年現在においてこの傾向は解消されている可能性があると論文では留保を付けている。
Facebookにおける政治的議論の場に誤情報が入り込むことによって、政治情報と誤情報が混同されてしまうことに対する懸念も論文においては指摘されている。これは更なる誤情報への懸念の高まりを惹起し、正しい政治情報と誤情報を区別することなく全てを誤情報であるかもしれないと見做してしまう危険性すら包含している。
政府による偽・誤情報拡散を防止するための介入は、偽・誤情報への懸念が高い国ほど支持されやすい傾向が示されている(米国よりも欧州において支持されている)。一方で、その介入の主体が政府である必要があるかという点には留保が付けており、プラットフォームや報道関係者による介入は政府による介入よりも必要性が高いと考えられている。
誤情報への懸念の高まりは、誤情報への認識の度合いに左右されると共に政府による介入へ肯定的な反応をもたらしやすいが、これはそれぞれの国家の政治体制を始めとする特性にも左右される。この違いを把握することが、誤情報への懸念の高まりと政府による介入への支持の相関性を理解する上で重要であると書いて論文は締めくくられている。