偽・誤情報対策の政治的中立性に関する論文

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 今回はMohsen Mosleh氏らによるDifferences in misinformation sharing can lead to politically asymmetric sanctionsを紹介する。この論文は、プラットフォーム事業者を始めとするテクノロジーを扱う諸企業が、偽・誤情報を対策するためのポリシーなどを制定することによって、実質的に政治的なバイアスを持っているような行動を余儀なくされているという学説を検証したものである。

 プラットフォーム事業者による偽・誤情報対策によって対象とされがちな右派勢力を中心に、これらの対策は『差別的である』という主張が多くなされ、アメリカではトランプ前大統領や共和党下院議員によって『(プラットフォーム事業者は)政府や学者と共に保守派を封殺している』という言説が流布されている。実際にプラットフォーム事業者は偽・誤情報対策が『差別的』と見做されていることに対する懸念を表しており、これが偽・誤情報対策の後退を招く可能性があると論文では指摘する。

 論文ではX(旧Twitter)やFacebookを中心とする2016年から2023年までの16か国にも及ぶデータを含んだデータセットを検証することによって、実際に保守派に代表される右派勢力は、一般的なソーシャルメディア・ユーザーと比して低品質なニュースを共有し、偽・誤情報拡散の温床になっていると分析し、プラットフォーム企業による偽・誤情報対策が単なる政治的偏見に基づいて行われているわけではないことを提示している。

目次

2020年米大統領選挙におけるTwitterの対応

 論文において第一の事例として挙げられているのは、2020年のアメリカ大統領選挙におけるTwitterユーザーの動向と、その後のTwitterによる処分の関連性である。

 ここでは、大統領選挙における各候補者への支持を示すハッシュタグである『#VoteBidenHarris2020』と『#Trump2020』のそれぞれを共有したユーザーをそれぞれ4500人抽出し、選挙終了後にTwitterから利用停止処分を始めとする処分を受けた割合を特定するという方法が取られている。結果としては、選挙期間中に『#Trump2020』をシェアしたユーザーは、『#VoteBidenHarris2020』をシェアしたユーザーと比して約4.4倍の確率で利用停止処分を受けていた(2021年7月時点で前者のうち19.6%、後者のうち4.5%が利用停止処分)。このようなデータは、しばしばプラットフォーム企業が政治的な偏見を持っていることの論拠にされがちであるが、論文ではそれを次のように否定している。

 先行研究において、2016年及び2020年アメリカ大統領選挙において報道機関やファクトチェッカーによって「フェイクニュース」サイトと見做されたウェブサイトへのリンクは、TwitterとFacebook双方においてリベラル派よりも保守派が遥かに多く共有していることに言及されている。更に論文ではTwitterにおいて共和党支持者は民主党支持者に比べて「虚偽の主張である」とファクトチェッカーが判断した情報を拡散するアカウントをフォローする傾向が強いことも指摘しており、こういった傾向はアメリカに限ったものではないと続ける。

 新型コロナウイルス禍に関連して16か国で行われた調査実験においては、保守派はリベラル派に比して、COVID-19に関する明確な虚偽に基づいた主張を多く共有していることが広く認められ、アメリカ・ドイツ・イギリスにおいてはTwitter上での低品質ニュースサイトの共有は保守派エリートの方がリベラル派エリートよりもより顕著であることが示されていた。

 これらの保守派とリベラル派による「偽・誤情報の拡散に寄与する度合い」の違いが、プラットフォーム企業による両派への対応に差異が生じる事態を生んでおり、これは政治的な偏見に基づいたものではないと論文は主張する。

共有するニュースによる対応の非対称性

 Twitter以外のプラットフォームにおいても、先に述べたような傾向は表れている。2016年アメリカ大統領選挙において、Facebookにおけるニュースサイトの共有についての調査を実施したところ、共有されたニュースの質と、共有したユーザーの保守的な政治傾向の間に有意な負の相関が表れていることが論文で述べられている。

 TwitterやFacebookにおけるこれらの調査結果は、保守派や共和党支持者は、リベラル派や民主党支持者よりも、ファクトチェッカーや一般的なユーザーグループによって『低品質』と判断されたニュースを共有する場合が多いという一般的な傾向を構成している。但し、あくまでもこの傾向はソーシャルメディア上の結果であって、現実世界にそのまま適用できるわけではないことなどについて論文では付記されている。一方で、こういった傾向が見られる理由については、保守的な政治的イデオロギー自体に偽・誤情報に対する脆弱性が存在するため、あるいは多くの偽・誤情報に晒されているためなのかという仮説を提示するにとどまっている。

『不偏のポリシーによる不利益』を受けるのは誰か

 プラットフォーム事業者はほとんどの場合私企業であり、その運営が完全な政治的中立を保つことは至難の業である。故に、偽・誤情報対策が完全な『不偏のポリシー』として運用されることは難しい。しかし、論文では理論上実現可能な政治的中立を達成した『不偏のポリシー』の運用をシミュレーションすることによって、主に保守派による『偽・誤情報に関するポリシーは、政治的偏見を持つが故に特定のイデオロギーの抑圧に繋がっている』という主張の真偽を検証している。

 その結果、政治的に偏っていない一般的なユーザーグループによって『低品質である』と評価されたニュースサイトの共有を停止処分の要因とした場合において、民主党支持者(バイデンに関連するハッシュタグを使用したユーザー)よりも共和党支持者(トランプに関連するハッシュタグを使用したユーザー)の方が、2.41倍停止率が高くなることが確認された。

 この実験では低品質なニュースサイトの共有を停止処分の要因としていたが、実際のプラットフォームにおいては、2021年1月6日の米連邦議会襲撃事件などの暴力的活動の煽動などの要因でも共和党支持者は停止処分を受けていた可能性があるとも論文では付記されていた。更には、このようなアカウントの内少なくない数が自動化されたBotプログラムを使用している可能性があり、その割合もリベラル派に比して高いと推定された。先述した実験においてBotプログラムの使用を停止処分の要因とした場合、14.2倍の確率で共和党支持者のアカウントが停止処分を受けやすくなるという実験結果が出ている。

 これらの結果から、プラットフォーム事業者側が政治的偏見を持っていない場合においても、共和党支持者に代表される保守派は、民主党支持者に代表されるリベラル派よりも高い割合で停止処分を含めた何らかの処分を受けることになると結論付けられた。

非対称な扱いの差は偏見を意味しない

 プラットフォーム事業者が主体的に行わない、例えば欧州連合が制定したデジタルサービス法(DSA)に基づいた偽・誤情報に対する規制も、ポリシーの内容や実際の運用が政治的中立を保っていた場合においても政治的偏見を持っているという謗りを免れかねない。

 このような批判に対抗するためには、プラットフォーム事業者による規制の対象となったユーザーの特徴や規制に基づく処分を行った理由について、事業者側が広範に情報公開を行い、『規制のブラックボックス化』を防ぐ必要があると論文では述べている。

 さらに、論文で行われているように、偏りなく抽出されたユーザーグループを用いてプラットフォーム事業者による規制内容を評価することも、政治的偏見を以て偽・誤情報対策を行っているという疑いを晴らしながら対策を改善する方法であると指摘されている。

 一方で、『政治的偏見を排除する』ことと『偽・誤情報の拡散を防止する』ことの完全な両立は不可能であり、実質的にプラットフォーム事業者は両者のトレードオフに直面する。ソーシャルメディアの持つエコーチェンバー効果によって、ある集団が『規制を受けた』ことを因子としてさらに偽・誤情報を拡散するという悪循環に陥ることもあり、結果的にプラットフォーム事業者はその集団に対してさらに規制を加えることを余儀なくされてしまう。この事象を完全に防止することは不可能であり、それを認識した上でプラットフォーム事業者を始めとする政策決定者は偽・誤情報対策を考案しなければならないと書いて論文は締められている。

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この記事を書いた人

2003年生まれ。神戸生まれ神戸育ちの神戸っ子。非軍事的な分野における安全保障に対して広く興味を有しており、現在は偽情報及び誤情報が民主主義に齎す影響を一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)において研究中。専攻以外では、ヴァイマル共和政期のドイツや国際政治・国際法について独自に勉強している。
X(旧Twitter)アカウントは @pax_silverna、主に自分が書いた胡乱な文章のことをつらつら呟いているが、稀に自身の専攻やその外で興味を持っていることについて四方山話を話しているので、気軽にフォローしていただきたい。

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