欧州における陰謀論を支持する要因とその結果としての政治行動についての論文

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 今回はMaik Herold氏による「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」を紹介する。この論文は、ヨーロッパにおける陰謀論の拡散及び陰謀論と人々の投票行動を始めとする政治的行動の関係を、10ヶ国における2万以上の調査データを用いて検証したものである。

 調査においては「移民に関する『大いなる入れ替わり』神話(移民の増加は、ヨーロッパに大量の移民を移入させることでヨーロッパ文化を破壊しようとするエリート層の陰謀だとする陰謀論)」と「ワクチン接種が製薬企業等の経済及び政治的利益のために強制されているとするワクチン懐疑主義」の2種類の陰謀論が用いられている。

 論文においては主に陰謀論を支持する人々のパーソナリティに主眼を置いた分析が行われている。そして、分析の結果として、政治的信条や既存の政治体制への満足度、あるいは所属するコミュニティや地理的なアイデンティティといった様々な要因が陰謀論への支持と結びついており、その結果として政治参加に対してどのような影響を及ぼしているかということが示されている。

目次

陰謀論はヨーロッパで普遍的に広がっているわけではない

 陰謀論に対する支持はヨーロッパにおいて決して低調なわけではなく、調査において用いられた2つの陰謀論のいずれか片方について0(全く同意しない)から10(完全に同意する)までのスケールで、9もしくは10を選んだ回答者は全体のおよそ3割にも及んでおり、うち1割程度は両方の記述について強く同意する旨の回答をしている。

 さらに、この11段階のうちいわゆる「どちらかといえば同意する」である6以上を選択した回答者は6割近くに達している。調査対象となった国家によってこの結果には少なくない差異が存在しており、移民についての陰謀論はチェコやハンガリー、ギリシャやフランスで多く支持されており、ワクチン懐疑主義についての陰謀論はこれら諸国に加えてポーランドで多く支持されている。一方でスペインとイタリアでは移民についての陰謀論の支持が低調であり、ワクチン懐疑主義に関してはスウェーデンとオランダが、陰謀論への支持が低調な国家である。

ヨーロッパにおける移民関連(左)とCOVID-19関連(右)の陰謀説を国別に持つ傾向:標準化された項目(0~1)に基づく加重平均値。色が濃いほど、「この国には原住民を移民に置き換えようとしている集団がいる」(左)、「製薬ロビーに配慮して、政府はCOVID-19ワクチンによる潜在的な副作用や長期的な被害を隠している」(右)という記述への平均的な同意度が高い、n=20,449。
図:「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」より

 このような差異が生まれている原因については、論文では推測的な考察のみを行っており、ポーランドはウクライナ紛争での移民流入を経験したため移民についての陰謀論の受容度が低く、ギリシャで逆に受容度が高いのはアフリカからの難民の到着国であることが関係する可能性を指摘している。

民主主義に対する疑義やポピュリズム的傾向と
陰謀論は親和性が高い

 一般的に、民主主義への疑問やポピュリズムを主張する政治勢力と陰謀論の親和性は高いと言われている。論文では、民主主義への不信を表す変数を加えた上で、従属変数の値が高いほど陰謀論への支持の度合いが高いことを示すロバスト線形回帰モデルを採用している。その結果として、陰謀論への支持の度合いは民主主義に対する信頼度と負の相関を、ポピュリズム的態度と正の相関を見せた。

民主主義に対する態度と移民関連の陰謀を信じる傾向との関係(表C1の標準化線形回帰モデルに基づく予測値、他の変数は平均値で一定、国はドイツで一定、全モデルでn=16,199)。
図:「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」より

 この図で示されているように、民主主義に満足していることや民主的制度に対する信頼があることは陰謀論への支持の度合いが低いことに対して重要である。一方で、論文でも指摘されている通り、どちらが他方に影響が与えているのかは不明である。すなわち、民主主義に対する広範な支持があるが故に陰謀論が抑制されているのか、あるいは陰謀論が抑制されているが故に民主主義に対する広範な支持が確保されているのかは分からない。

対外的な政治的無力感が陰謀論への支持を誘発する

 論文は、陰謀論と政治的自己効力感やエンパワーメント、つまり自身の行動が政治に対する影響を与えることができていると人々が感じる度合いとの関係を調査するために、政治的効力感を内的なものと外的なものに分類した。前者は「政治を理解し、政治プロセスに参加する能力がある」という人々の自己認識であり、後者は「政府は自分の要求を聞き入れてくれる」という信頼に似た感覚である。

 その結果として、外的な政治的効力感は移民問題とワクチン懐疑主義の双方について、陰謀論への支持の度合いと負の相関を示した。ヨーロッパ諸国において陰謀論への傾倒が進めば進むほど、政府に対して自分たちが発言権を持ち、その意志を政治プロセスに届けることが可能であると考える人の割合は少なくなる。但し、内的な政治的効力感については同じような関係はみられず、陰謀論を支持する人々もそうではない人々と同様に政治問題について議論する能力を持つという自己認識を持っている。

陰謀論への支持は政治参加意欲の低下や
極右政党への支持と部分的に結びついている

 陰謀論への支持と政治参加との関係はそこまで強いわけではない。下図はいくつかの種類の政治参加行動と移民問題及びワクチン懐疑主義への支持の関係を示したものであるが、全体的な傾向としてこれらの陰謀論を支持する人々はこれらの政治行動への参加が一般的な人々よりも低い傾向にあることが示されている。陰謀論の種類によっても差があり、例えばデモへの参加や署名活動といった政治活動について、移民問題に関する陰謀論を支持する人々はこれらの活動への参加意欲は一般的な人々よりも低調であるが、ワクチン懐疑主義に関する陰謀論を支持する人々はむしろ一般的な人々よりも積極的にこれらの活動へ参加していることが見て取れる。

移民とCOVID-19の分野における陰謀を信じる傾向と、特定の党派に投票する傾向との関係(表C3およびA2によるロバスト・ロジスティック回帰モデルに基づく95%秘密区間を伴う平均限界効果、n=13,732)。
図:「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」より

 論文ではさらに、特に投票行動により政治参加に焦点を当て、陰謀論への支持が特定の党派に対する投票の予測因子と見做せるかを推定している。下図はその結果を示したものであるが、特に極右政党に対する投票に対して、陰謀論への支持との強い相関が見られている。この研究の先行研究においても、陰謀論と極右政党の親和性は指摘されており、この結果はその主張を裏付けるものであるとしている。ただし、この図においても移民問題に関する陰謀論とワクチン懐疑主義に関する陰謀論とで、極右政党に対する投票行動との相関に差がついているように、陰謀論全体が極右政党に対する投票行動と強い正の相関を持つわけではなく、その内容に大きく依存していることに注意しなければならないと論文には付記されている。

陰謀を信じる傾向と場所ベースのアイデンティティの個人の感情との関係(従属変数が場所ベースのアイデンティティの尺度であるロバスト線形回帰モデルに基づく95%信頼区間付き標準化係数、表C4による、n=16,199)
図:「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」より

陰謀論への支持は国家や地域といった
人々のアイデンティティと結びついている

 先行研究でも触れられているように、陰謀論への支持は社会的所属の欲求と関連しており、その人が所属するコミュニティに依存すると論文では仮定している。

 調査の結果として、その対象となったヨーロッパの10ヶ国に関してこの仮説は概ね正しいものであり、人々は居住している場所に基づいて陰謀論に対する反応を見せる傾向が強いことが確認された。但し、ここでいう人々がアイデンティティとする「場所」は都市や地域、国家に対するものであり、例えばヨーロッパのような超国家的なアイデンティティとは関連していなかった。

陰謀論を支持する傾向と場所に基づく個人のアイデンティティとの関係(従属変数が場所に基づくアイデンティティの尺度であるロバスト線形回帰モデルに基づく95%信頼区間付き標準化係数、n=16,199)。
図:「The impact of conspiracy belief on democratic culture: Evidence from Europe」より

著者所感

 アメリカ大統領選挙におけるトランプ大統領支持派による陰謀論の流布などで注目されるように、陰謀論の本場はアメリカであるという認識は強く、論文でも書かれているように現状の陰謀論研究もその多くはアメリカを対象としている。

 一方で、アフリカから地中海を渡って来る移民やそれを要因の一つとする欧州懐疑主義に代表されるポピュリズム及び民族主義の台頭といった問題を抱えるヨーロッパにおいても陰謀論は喫緊の課題とされている。この論文は、そんな欧州を対象に、人々は何故陰謀論を支持するのか、その結果として政治参加にどのような影響をもたらすのかを分析した論文である。

 論文の内容については、特に論文の中では3つ目の研究成果として記されている政治的効力感と陰謀論の関係について、欧州やアメリカだけではなく日本においても当てはまる点があると感じた。「既存政党に対する疑義」や「政治的無力感」を背景に支持を伸ばすポピュリズム政党はしばしばその延長として、「既得権益による陰謀」を唱えることがある。その主張が主権者に向けてアピールするための方便か、あるいは本心からのメッセージであるかは場合によって異なるが、陰謀論というのはこれらの政治勢力にとって非常に使い勝手の良い「道具」なのである。

 日本においても、論文で例示されたワクチン懐疑主義に代表される陰謀論を政治主張の一つに据えつつ、既存の政治勢力に対する疑義や政治的無力感を覚えている人々に対するマーケティングによって勢力を拡大する新興政党が登場しており、決してこのような議論とは無縁でいられないであろう。

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この記事を書いた人

2003年生まれ。神戸生まれ神戸育ちの神戸っ子。非軍事的な分野における安全保障に対して広く興味を有しており、現在は偽情報及び誤情報が民主主義に齎す影響を一橋大学グローバル・ガバナンス研究センター(GGR)において研究中。専攻以外では、ヴァイマル共和政期のドイツや国際政治・国際法について独自に勉強している。
X(旧Twitter)アカウントは @pax_silverna、主に自分が書いた胡乱な文章のことをつらつら呟いているが、稀に自身の専攻やその外で興味を持っていることについて四方山話を話しているので、気軽にフォローしていただきたい。

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