日本ファクトチェックセンター編集長 古田大輔氏に訊くファクトチェックの現在

日本ファクトチェックセンター編集長 古田大輔氏に訊くファクトチェックの現在
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 今回のゲストは、日本ファクトチェックセンター(JFC)の編集長を務める古田大輔氏。最近は各種メディアへの露出も多く、ファクトチェック業界では何かと話題の人物である。そして、JFCはいま日本で最も注目されているファクトチェック団体といえる。

 ところがウェビナー冒頭で、古田氏から意外な発言が聞かれた。

ファクトチェックセンターっていう名前がついた時に、この名前嫌だって僕、主張したぐらい。

INODSウェビナー「日本ファクトチェックセンター編集長 古田大輔氏に訊く ファクトチェックの現在」(2025年1月22日)より書き起こし。以下同様。

 ただしこの発言はファクトチェックを否定するものではなく、ファクトチェックは重要だが、より広い包括的なアプローチの一環として位置づける考えから来ている。古田氏はウェビナーの中で、総合的な取り組みと分野横断的な連携の必要性を繰り返し主張した。前回前々回の登壇者である立岩陽一郎氏と楊井人文氏がファクトチェックそのものにこだわり、ジャーナリズムとしての側面を重視していることに比べると、古田氏は同じ業界に身を置きながら立ち位置がかなり異なっている。

 今回のウェビナーのトピックは、JFCの活動内容にはじまって、メタ社の方針転換、“情報的健康”の提唱、ファクトチェック業界の懐事情、国際協調の動きなど多岐にわたった。さらには、ファクトチェック団体の政策上の位置づけや報道機関との関係といった、デリケートな話題にも立ち入っている。古田氏がファクトチェックによってどのようなビジョンを実現しようとしているのかが、ウェビナーを通じて見えてきた。

目次

JFCの活動

1. ファクトチェックで「情報の空白」を埋める

 2022年10月に発足したJFCは今年で3年目に入り、順調に発展している。当初は月に10本程度だった検証記事が、現在は40本ほどに増加。検証対象のジャンルも広がり、ショート動画での情報発信もおこなっている。

 去年の総選挙では、他のファクトチェック団体や大手メディアによる情報発信が低調な中で、JFCは28本の検証記事と5本の解説記事を公開した。このうち解説記事は「プレバンキング」と呼ばれるもので、注意喚起を目的とした予防的な措置である。

 一般にいう「ファクトチェック」は事後的な対応としての「デバンキング」であり、古田氏がいうようにモグラ叩きさながらの対症療法であることは否めない。そこでJFCでは選挙や災害時に誤った情報が広がるのを見越して、プレバンキングに取り組んでいる。

 また、「ケムトレイル」などの昔からある陰謀論に対しても、解説記事を出して検索結果の上位に表示されるようにし、陰謀論の情報より先に多くの人の目にとまるようにしている。

 これらのファクトチェック記事や解説記事によって「情報の空白」を埋め、偽情報/誤情報や陰謀論に対抗するのがJFCの戦い方だと、古田氏はいう。JFCのファクトチェックには、ファクトチェック記事よりデマの方が拡散スピードが早いではないかとか、ケムトレイルのような荒唐無稽な話を信じる人などいるわけがないといった批判がある。そういった批判に対する答えが、「情報の空白を埋める」という考え方なのである。たとえ荒唐無稽で信じる人がいないと思われるようなことであっても、きちんと事実を提示しておかなければ、偽情報/誤情報や陰謀論が検索した際に表示されてしまうし、AIの学習データに混入することもある。一般的に「データボイド」と呼ばれる問題である。データボイドが起きるとネットでよく調べる人ほど誤った情報にさらされ、信じてしまうことになる。古田氏のアプローチは情報空間全体を整備するという観点では有効だ。

2. ファクトチェックの普及と情報リテラシー教育

 JFCの二大活動のもう一つの柱として古田氏が力を入れているのが、ファクトチェック講座を通じた情報リテラシー教育とファクトチェッカーの養成である。近年ファクトチェック業界はリテラシー教育を重視する傾向にあるが、JFCはこれを仕組み化し、大がかりに展開しようとしている。具体的には、YouTube動画による無料講座と認定試験、さらには教育者向けの講師養成講座が設けられている。これらの講座は受講者からの評価が高く、さらなる拡大を構想しているという。近い将来、JFCの養成講座出身のファクトチェッカーとファクトチェック講師が、全国津々浦々で活躍することになるかもしれない。

 古田氏らJFC自ら実施する対面やオフラインでのセミナーも月に5、6回実施し、2年間の受講者は6,000人を超える。また、2024年には若年層を対象としたファクトチェックの国際大会を他国の団体とも協力して開催していることからも、ファクトチェックやメディアリテラシーの普及にJFCがいかに熱心に取り組んでいるかがわかる。

3. 調査研究とデータベースの構築

 先述した通り、JFCのファクトチェック記事は月に約40本と、他団体と比べて本数は多く、発足以来600本ほど検証をおこなってきた。それでも古田氏は、日本のファクトチェックはまだまだ数量が足りないと指摘する。これは古田氏がJFCを立ち上げた動機にも関わっているという。

よし、これファクトチェック団体始めるしかないなと思った理由の一つが、とある研究者の方に、「日本でファクトチェック事例が少なすぎるから、我々いまだに東日本大震災の事例とかを合わせてやんないといけない。でも、もう十年前の事例なんですよね」っていうふうに言われたんですよ。それ僕ショックで。

 ファクトチェック事例を積み上げてデータベース化し、あらゆる分野で基礎データとして活用することを、古田氏は計画している。ファクトチェックの領域だけでなく、偽・誤情報に関する調査研究やAIツールの開発、法規制や業界ルールの策定などにも役立てたいとしている。「ありとあらゆる対策に、結局ファクトチェックがないと始まらない」というのが古田氏の基本的な考え方であり、検証記事の数量へのこだわりはそこからきているようだ。この発想は米国のNewsguard社などシステマティックなアプローチを行っている企業と共通するもので、情報空間全体への対策のひとつの選択肢と言えるだろう。

 ちなみに調査研究に関しては、外部の研究機関との“共同研究”という形で偽・誤情報やファクトチェック、メディアリテラシーについての調査を実施している。

JFCの体制

 「世界的にも珍しい運営形態」と古田氏がいうように、JFCは組織のあり方が若干複雑である1

 JFCの運営主体は、一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)というインターネット事業者の業界団体である。このSIAがJFCを運営し、事務局業務を担っている。ただし、それだけではJFCの組織としての独立性が保たれないため、有識者による運営委員会と監査委員会が設けられている2。古田氏の説明によれば、運営委員会が編集部の全体方針を管轄しているらしい。なお、通常の編集業務はJFC編集部に一任されており、運営元のSIAからは独立している。ただ、SIAはネット上の誹謗中傷や違法・有害情報を防ぐ取り組みをしており、所属メンバーはネット上の情報への感度が高い。そのため、偽・誤情報の検知や関連情報の検索などで協力を得ることはあるという。

情報インテグリティと情報的健康のための包括的取り組み

 古田氏は情報空間を「情報生態系」と見なし、そのあるべき姿として、国連が提唱する「情報インテグリティ」を挙げている。これは健全で調和のとれた状態を指す。情報インテグリティの概念を個人レベルに落とし込んだのが、JFC運営委員を務める慶応大・山本龍彦教授らが提唱する「情報的健康」であり、バランスのとれた“情報摂取”を推奨している。そのためにはファクトチェックのスキルが必要であると古田氏は述べた。

 情報生態系の現状を古田氏は「情報障害」information disorderという言葉を用いて説明している。偽情報はそれらの障害の一つにすぎないという。

情報自体がもう氾濫しちゃって、誰が何を見ればいいのかわからないような状態になってしまって、フィルターバブルとかエコーチェンバーで一方的な情報がガーッと流れ込んでくるっていうことに根本的な問題があるわけですよね。

 古田氏はじめ「情報的健康」を提唱する人々は、このような混沌状態を健全さと調和が失われた「情報障害」と見なす。それらを回復させるためにWhole of Society Approachと呼ばれる包括的なアプローチをとっている。「いろんな団体が、いろいろな得意分野で、みんなで頑張るしかない」と古田氏はいう。「いろんな団体」とは具体的には、ファクトチェック団体をはじめとする民間団体、プラットフォーム事業者、大学などの研究・教育機関、各種メディア、市民社会のことであり、そこには政府、行政機関も含まれる。まさしく産民学官の大連合体であり、古田氏によればJFCは、それらの多種多様なステークホルダーをつなぐハブになることを目指しているという。

メタ社のコンテンツ管理方針の転換について

 JFCの取り組みを財政面で支えているのが、メタ、グーグル、LINEヤフーといった大手プラットフォーム事業者(以下、DPF)からの寄付金であり、初年度は総額1億円を超える資金提供を受けている。それでも、「吹けば飛ぶような存在」だと古田氏がいうように、ファクトチェック団体の多くは小規模な組織であり、財政的な基盤が弱く、資金難に苦しんでいる。資金調達をDPFに頼っている団体が大半を占め、JFCも例外ではない。

 資金難とDPFへの財政的依存は、以前からファクトチェック業界全体の課題であった。それに追い打ちをかけるような出来事が今年初めに起こり、業界を震撼させた。メタ社によるコンテンツ管理方針が、突如として大幅に変更されたのである。

 この方針転換には、外部の団体にファクトチェックを委託するプログラム(第三者ファクトチェックプログラム)を米国で廃止することが含まれている。メタ社による資金提供を主な収入源としていた団体が、活動の縮小や停止に追い込まれるのではないかと、古田氏は懸念を示した。

 第三者ファクトチェックプログラムの廃止は今のところ米国に限定されており、JFCはそもそもこのプログラムには参加していない3。とはいえ、先述したようにJFCの運営資金の大半は(公開されている収支報告書を見る限りでは)、DPFからの寄付が占めている。DPF各社が寄付を控えるようなことがあれば息の根を止められかねないと、古田氏は危惧しているようだ4

 また、メタ社の方針転換には、コンテンツモデレーション(削除や露出の抑制または増加などにより投稿を管理すること)に関するポリシーの大幅変更が盛り込まれている。古田氏はファクトチェックプログラムよりもこちらの方が量的には深刻な影響を及ぼすと考えており、コンテンツ管理の方針が緩和されることでヘイトや差別の投稿が増加するおそれがあると見ている。これらのポリシーの緩和は情報生態系において情報障害が生じる原因となり、混乱に乗じて影響工作が仕掛けられるといった可能性も想定されるという。

 そういうわけで、メタ社の方針転換はファクトチェック業界の危機というだけでなく、情報生態系を脅かすものとして社会全体で考えるべきだと、古田氏は述べた。

ファクトチェック機関”の政策上の位置づけ

 社会全体での取り組みを推し進めるにあたっては、古田氏のいうように多様な関係者との連携が欠かせない。その中でもとりわけ着目されるのが、政府や報道機関とファクトチェック団体との関係性である。

政府機関との関わり

 ファクトチェックは政府の偽・誤情報対策において、重要な位置を占めている。政策上、ファクトチェック団体に期待されているのは、偽・誤情報を検知・検証することであり、それによってDPFにより積極的なコンテンツモデレーションを促すことも可能になる。

 古田氏は情報的健康の見地から、コンテンツモデレーションの必要性を主張する。一方で政府からDPFへの法的な規制が強まることは、言論の自由を脅かす懸念もある。バランスが重要であり、独立したファクトチェック機関が果たせる役割は大きいと古田氏は考えている。

報道機関との関係

 「ファクトチェックはジャーナリズムである」5という見地からすれば、既存メディアとファクトチェック団体を完全に分離して考えることはできない。だが、古田氏は日本の現状を考えると、ある程度の役割分担が現実的ではないかと主張している。

 自身も新聞社出身の古田氏は、大手の報道機関は人員や予算が大きく、記者クラブなど取材ネットワークも充実していると指摘する。JFCがすぐに取材できない話題も、新聞社であれば普段からのつながりで電話一本で取材できることもある。一方で、組織が大きいだけに部門間の調整ができずに素早く記事化できなかったり、紙幅や番組の尺が限られているために記事にするスペースが無かったりする。

 新聞もテレビも予算カットにより人員減が進む。その中でファクトチェックという伝統的報道機関にとっては新しい分野に人員を割く余裕は少ない。ネット上のデマなど日々のファクトチェックは小回りが効くファクトチェック専門組織の方が出しやすいのが現実だ、と古田氏は見る。

 日本の報道機関は伝統的に匿名情報源に頼りがちという実情もある。国際的なルールに基づくファクトチェックができないこともある。それでも、偽・誤情報を否定する記事は書ける。ファクトチェック組織と報道機関がそれぞれ得意なやり方で情報インテグリティのために役割分担をすればよい、というのが古田氏の見解である。

おわりに

 古田氏からは「みんなで」「協力して」といった言葉が繰り返し聞かれ、協調と連携を重んじている印象を受けた。組織や分野の垣根を越え、さらには国境も超えて分野横断的につながることを目指しているという。古田氏はファクトチェックを一つの有力な手段と見なしており、JFCをハブとしてネットワークを広げていく構想をもっている。国際協力も視野に入れており、すでにアジア地域の連携体制はスタートしているらしい。「つながり」と「広がり」を主軸とした古田氏の意欲的な活動が、着実に実を結びつつある。

脚注

  1. JFCは設立の経緯も複雑である。総務省の有識者会議からの提言を受けて、2020年に産民学官の協議会「Disinformation対策フォーラム」が設置された。この協議会の報告書をもとに、SIAを母体として2022年に設立されたのがJFCである。JFCと総務省とのつながりは設立当初から深く、JFCの運営委員会と監査委員会には総務省の有識者会議のメンバーが複数名加わっている。 ↩︎
  2. JFCの監査委員会は2022年に設置されたものの、開催が大幅に遅れていたことから、ガバナンス面の懸念が指摘されていたが、2024年12月、第1回が開催されたとのこと。報告書のとりまとめが終わり次第、JFCのサイトで公表することになっており、2025年3月頃を予定しているという。 ↩︎
  3. 日本のファクトチェック団体の中でメタ社の第三者ファクトチェックプログラムに参加しているのは、リトマスのみである。リトマス公式サイトのお知らせ「Metaの第三者ファクトチェックプログラムと提携します」を参照。 ↩︎
  4. 古田氏はメタ社の方針変更について解説記事を書いている。 ↩︎
  5. ファクトチェックの国際ネットワークであるIFCNは「サラエボ宣言」でファクトチェックを次のように定義している。Fact-checking is part of a free press and high-quality journalism, and it contributes to public information and knowledge.「ファクトチェックは自由な報道と質の高いジャーナリズムの一部であり、公共の情報と知識に貢献します」。 ↩︎
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