リトマス編集長 大谷友也氏に訊く ファクトチェックの現在

ファクトチェック特集最終回のゲストは、ファクトチェック団体「リトマス」で編集長を務める大谷友也氏である。大手メディア出身者の多いファクトチェック業界では、そのような経歴を持たない大谷氏は異色な存在といえる。
キャッチコピーに「みんなと作るファクトチェック専門メディア」とあるように、肩肘張らない市民感覚がリトマスの特色であり、読者とのコミュニケーションを大切にしている。メタの第三者ファクトチェックプログラム(以下、3PFC)に日本で唯一参加しているファクトチェック団体でもある。
メタとの関係を含めたリトマスの現状、今後の課題と目標を大谷氏に訊いた。
リトマスの特色
はじまりは3. 11だった
現在では8名のスタッフを抱え、ファクトチェック記事を週1本ペースで公開し、160名以上の個人サポーターに支えられているリトマスも、発端は2011年に東日本大震災が発生したときに大谷氏がひとりで始めたネット情報の検証活動だった。
大谷氏は震災時に「ほとんどネットに張りついているような感じで」何かできることはないかと考えていたところ、被災地に関するデマが次々と流れてきた。それらを検証してデマであることを指摘していったのが、そもそもの始まりである1。その後大谷氏はインファクトに参加し、ファクトチェック部門を担当するようになる。当時、海外ではファクトチェックだけを扱う専門のメディアが多数活動していたが、日本には存在していなかった。ファクトチェックを前面に打ち出したメディアを作りたいと考えた大谷氏は、インファクトから独立してリトマスを設立した。
大谷氏にとってファクトチェックの出発点は自分自身の興味・関心であり、真偽不明の情報が世の中に広まることへの違和感だった。「あなたにとってファクトチェックとは?」という問いに対しても、ジャーナリズムとして世の中を正したいという考えは希薄で、肩肘張ってやっている感覚はあまりないと率直に語っている。他のファクトチェック団体は大手メディア出身者が中心となって運営されており、ファクトチェックをジャーナリズムの一環として位置づけている。いっぽうリトマスは、ジャーナリズムというよりは等身大の市民感覚を重んじているようだ。大谷氏はじめメンバー全員が大手メディア出身者ではないというのが、ファクトチェック団体としては珍しいリトマスの特徴である。
「みんなと作る」とは?
読者とのコミュニケーションを重視する方針は、「みんなと作るファクトチェック専門メディア」というキャッチフレーズにあらわれている。継続的に支援している読者にはメルマガを発行し、その中でアンケートを実施して意見を募っている。ブログで読者の質問に答えることもある。設立時にはクラウドファンディングで一般から資金を集め、それ以降も読者の寄付を柱として運営してきた2。昨年9月からはメタとの連携プログラムを通じて報酬を得ているが3、今年1月に米国でこのプログラムが廃止されたように、日本でも廃止される可能性がある。読者からの支援が今後もリトマスにとって重要であることに変わりはないようだ。
リトマスのファクトチェック
政治家発言から面白動画まで
リトマスには通算で150本以上のファクトチェック記事があり、週一本のペースで編集長である大谷氏が主に執筆している。ジャンルは事件や事故、災害、紛争、社会問題など多岐にわたる。動物の動画やびっくり映像など「面白系」の話題も扱っている。そういった情報にもフェイクが含まれていることがよくあるため、ファクトチェックに触れるきっかけづくりとして啓発目的で取り上げているのだという。
検証対象には特に例外を設けず、公開されている情報はすべて対象としている。政治家や芸能人、インフルエンサーなど著名人の発言にはじまりマスメディアの誤報まで幅広く検証しており、政党や媒体の偏りがないように配慮している。検証対象で特に多いのはネット上の情報であり、SNSの個人発信、まとめサイト、ネットメディアなどがある。
大谷氏はまとめサイトを情報拡散のハブと見なして着目しているが、これは他のファクトチェック団体にはないユニークな視点である。人々はまとめサイトを見て面白い記事を探すので、まとめサイトに載った記事がSNS上で拡散したり、その逆もあったりというように、これらのサイトが増幅装置となっている例は枚挙にいとまがない。そのようなまとめサイトは読者の関心を集め、感情をかき立てて煽ることが巧みであり、どうすれば情報が拡散されるのかがよくわかっている。真偽にはお構いなしにネット上で拡散される記事を作り、かなりの効果を上げていると大谷氏は指摘する。
通常のファクトチェック記事の他に、「誤情報・要注意情報○件まとめ」という形式の記事がある。イスラエルのガザ侵攻など重大な出来事が発生した際には、誤った情報が短期間で大量に拡散されることがあるため、いつも通りに一件ずつ時間をかけてチェックしていては追いつかない。そこで一件を数行の短文にし、数件まとめて一つの記事にするという形で対応しているのである。
各種媒体での情報発信と海外への情報提供
こうして作成されたファクトチェック記事はリトマスのホームページ上に公開される以外に、さまざまな媒体で発信されている。リトマスではSNSを積極的に活用しており、新しいSNSサービスが出るたびにアカウントを作成し、X(旧Twitter)やBluesky、Mastodon、mixi2などの主要なSNSを網羅している。YouTubeやTikTokなどの動画配信サイトに動画をアップしたりなどもしている。
外部のニュースポータルにも情報を提供しており、スマートニュースやNewsPicks、Windowsのスタートメニューなどでリトマスのファクトチェック記事を見ることができる。
海外のファクトチック団体からの依頼で、日本に関する情報を調査することもある。元横綱の朝青龍が逮捕されたという情報がモンゴルのFacebookで拡散した時には、モンゴルのファクトチェック団体Mongolian Fact Checking Center(MFCC)から依頼を受けてリトマスが調査を行ない、その結果がMFCCにより記事化された4。台湾やヨルダンのファクトチェック団体にも調査協力をするなど、国際的な連携を取りながらファクトチェック活動を行なっている。
活動の成果と評価
新聞やテレビなどのマスメディアにも誤った情報やミスリードを誘う記事が載ることがあり、リトマスはこれらの誤報のファクトチェックも扱う。たとえば、ネット上の偽アカウントによる虚偽の投稿内容をもとに大手の新聞社が記事を書くとか、ミスリードされそうな動画にテレビ局が誤った説明をつけて報道するといった事態が発生することもある。リトマスが報道各社に質問したり誤りを指摘したりした結果、記事の訂正や削除が行なわれている。
そのような地道な活動が実り、リトマスのファクトチェック記事はFIJの「ファクトチェックアワード」に2023年、2024年と2年連続で入賞し、それぞれ大賞と優秀賞を受賞した。受賞した二つの記事はファクトチェックとしては珍しいケースで、誤りだと思われていたが実際に検証したら正しい内容だったというもの。ファクトチェックは必ずしも誤りを指摘するだけではないことがわかる。
メタの第三者ファクトチェックプログラム(3PFC)について
運用の実際
3PFCはメタが外部の団体にファクトチェックを委託するプログラムであり、日本では唯一リトマスのみが参加している5。参加の条件として国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)に認証されていることが必須とされ、毎年1回審査を受けて認証が更新される決まりになっている。
メタの3PFCが実際にどのように運用されているのか、詳細は今までほとんど知られていなかったが、大谷氏による説明から実態が見えてきた。
このプログラムで対象となるのは、Facebook、Instagram、Threadsのコンテンツである。これらのSNS上に投稿された虚偽情報やミスリードなコンテンツについて、リトマスがファクトチェック記事を作成し、ラベル付けを行なうと、コンテンツにファクトチェック記事に誘導する表示がつく。表示の付与はあくまでも記事への誘導が目的であり、リトマスが投稿を削除することはない。検証対象の選定にメタが干渉することはなく、リトマスの裁量に任されている。リトマスがファクトチェックしたものをメタが選別することもなく、結果がそのまま反映される。
3PFCの実例として二つのパターンが紹介された。一つ目は「誤り」と判断された例であり、日米首脳会談の際にトランプ大統領の部屋に安倍元首相の写真が掲げられていたという「コラ画像」である。これは100パーセント誤りなので画像全体にモザイクがかけられ(マスキング)、画像の中央に「虚偽の情報」という警告表示がされて、「第三者ファクトチェッカーにより審査済みです。」との説明が付されている。その下にある「理由を見る」のボタンをクリックするとリトマスの記事に誘導され、記事を見るとモザイクが外れる仕組みになっている。
もう一つは、「ミスリード」とされた例で、同じく日米首脳会談で石破首相がトランプ大統領と握手しようとして無視されたように見える画像だが、これはいわゆる「切り取り」であり、実際には次の瞬間に握手をしている。このように100パーセント誤りではないがミスリードさせるような場合には、モザイクがかけられることはなく、警告表示も先ほどの例ほど強くない。画像の下に「背景の説明不足」というラベルが出て、「第三者ファクトチェッカーにより審査済みです。」の説明が示される。その下の「理由を見る」をクリックすると、リトマスのファクトチェック記事へのリンクが貼ってあり、そちらに誘導される。

どちらのパターンでも投稿そのものが削除されるわけではなく、警告表示や誘導のしかたに強弱がつけられる。マスキングや警告表示の他に「配信抑制」という措置もあり、おすすめ欄などに投稿が表示されにくくなるようだが、その仕組みはあまりオープンにされていない。
メタの3PFCの大きな特徴として大谷氏が挙げたのは、政治家がファクトチェックの対象から外されていることである。リトマスは政治家のファクトチェックもしているが、そういった記事はメタのプログラムの対象外とされる。
以上は外部のファクトチェック団体との連携による誤情報対策だが、これとは別にメタにはコミュニティ規定があり、その中にも誤情報を対象とする規定が含まれている。メタはこれに違反する投稿を削除または制限しているが、この取り組みにはリトマスは関わっていない。このように、メタの誤情報対策には二つの仕組みがあり、並行して別個に実施されている。
米国でのプログラム終了がもたらす影響
リトマスが3PFCに参加したのは2024年の9月であり、それから1年も経たないうちにメタは米国での3PFC終了を発表した。現時点ではリトマスの活動に支障は出ておらず、メタとの契約にも影響はないという。だが、大谷氏の話を聞く限り今後の見通しは不透明なようだ。
メタは私企業であるから、上層部の意向次第で方針が変わる。契約が途中で打ち切られる可能性もある。米国では3PFCの廃止に伴い、それに代わる手段としてコミュニティノートが試験的に導入された。この流れが全世界に広がって日本に波及すれば、リトマスとの契約が更新されないという事態も起こりうる。メタに資金面で依存するのは危険であることを、大谷氏は以前から念頭に置いていたという。リトマスは基本的に個人の寄付を収入の柱としているが、今後はそれがいっそう重要になる。
3PFCを通じたメタからの報酬に代わるものとして、政府からの資金援助を受けるという選択肢はあり得るかという質問に対し、直接的な資金提供を受け入れることは避けたいと大谷氏は答えた。その理由として、政府等の公的機関に資金面でコントロールされる状況への不安に加え、ファクトチェック団体としての社会的信用が低下する懸念を挙げた。政府に都合の良い情報を流してそうではない情報は隠しているのではないかと、疑いの目で見られかねないからだ。
ただし、公的支援といっても幅があり、直接的な資金提供は受けないにしてもツールの提供等であれば検討の余地が生じる。高額なデータベースへの優先的なアクセスなどもある。どこまでをよしとするかという線引きは難しいため、実際にそのような話が出てきたら議論する必要があるだろうと大谷氏は述べた。
リトマスのこれから
配信ペースの向上と専業化
選挙や災害発生時には人々の関心が高まり、誤った情報が大きな影響力を持つ。拡散するスピードも加速する。それにできる限り追いつくために、ファクトチェック記事を更新するペースを上げていきたいと大谷氏は語った。そのためには人員と資金の確保、拡充が不可欠である。
リトマスのスタッフは大谷氏を含めて全員が兼業であり、他に仕事を持ちながらリトマスの活動に従事している。ファクトチェック記事の作成には時間と手間がかかるため、専業でファクトチェックに専念する人員の確保が望まれる。そこで資金の調達が重要となるが、先述の通りメタの提携プログラムは先行きが不透明であり、そこからの報酬がいずれ途絶えることも想定しておかなければならない。従来の個人からの寄付に加えて、企業や団体による資金援助やそれ以外の形での協力も期待しているという。
動画配信の拡充と読者層の拡大
通常のファクトチェック記事に加えて大谷氏が充実させたいと考えているのが、ショート動画を通じた情報発信である。最近のトレンドとしてショート動画は非常に人気がある。それらの媒体を通じてより幅広い層に向けてファクトチェックを発信するために、リトマスはYouTubeでショート動画を公開している。長文のファクトチェック記事を読むのはしんどいという人も、短い動画であれば気軽に見ることができる。若年層へのアプローチにも有効だ。ファクトチェックの普及・啓発にはYouTubeやTikTokなどのショート動画が決め手になるかもしれない。
おわりに
大谷氏の話にあるように、リトマスはことさらにジャーナリズムを掲げているわけではないが、政治家であれマスメディアであれ例外なく検証対象とし、政府との距離感を慎重に計っているところに、ファクトチェック専門メディアとしての誠実さを感じた。今後も地に足の着いた活動を続け、市民の間にファクトチェックを広めていってほしい。
注
- 震災をきっかけに情報の正確性について問題意識が芽生え、ファクトチェック専門メディアの必要性を痛感するようになったことを、大谷氏はリトマスブログの記事「3.11から12年目の節目に寄せて」に綴っている。 ↩︎
- 継続支援には月額と年額があり、単発の支援も受け付けている。法人・企業の賛助会員も募集している。リトマス公式ウェブサイト「ご支援のお願い」を参照。 ↩︎
- 3PFCの報酬体系は従量制であり、記事一本につきいくらという形で支払われる。ファクトチェック記事を書いてメタのSNS上の投稿とリンクさせると、報酬が発生する仕組みになっている。 ↩︎
- MFCCへの調査協力の詳細は、リトマスブログ「モンゴルのファクトチェック団体との協力」を参照。 ↩︎
- 3PFCについては、リトマス公式サイト「Metaの第三者ファクトチェックプログラムと提携します」も参照のこと。 ↩︎