メディア偏向検知システム公開
CSSLabのMedia Bias Detector
米スティーブンス工科大学のDuncan Watts教授が率いるCSSLab(Computational Social Science Lab)は6月25日、「Media Bias Detector」と呼ばれるツールを公開した。このツールは主要なニュースメディアの政治的傾向を示すだけではなく、「それぞれのメディアが多種多様なトピックについて、どのように異なった報道をしているか」を分かりやすく視覚的に理解させるものだ。
CSSLabに掲載された紹介記事を参照しながら説明したい。
ユーザーはドロップダウンのメニューから「大統領選」「ソーシャルメディア」「気候変動」などのトピックと、調べたいメディアの名前を選択するだけで、そのメディアが特定の期間、そのトピックについて報じた記事の量や偏向や論調を見ることができる。たとえば「過去4週間で、主要各紙(および主要オルタナメディア)がジョー・バイデンの年齢について、どのように報じたか」について政党の偏り、肯定的か否定的かを表示させた場合、このような結果となる。
Media Bias Detectorは、どの媒体が真実を述べているのか、あるいはどちらの媒体のほうが偏っているのかを判断するものではない。「我々の目的は、さまざまなメディアが、さまざまなトピックや出来事をどう取り上げているのかを数値化すること。また、それによって明らかになる『各メディアが何を優先しているのか』を数値化すること」だと彼は説明した。
米国のニュースメディアでは毎日数千本の記事が配信される。人間が一つ一つの記事を読み、その傾向を分析するには膨大な時間と労力が強いられるが、CSSLabはAI(GPT-4/OpenAIが開発したLLM)を活用することで、大量の記事の効率的な処理を可能とした。
まずMedia Bias Detectorは、主要なオンラインニュースメディアのトップ記事に毎日アクセスし、そこに掲載されている記事をトピック別に分類し、「個々の文章のレベル」と「記事全体のレベル」の両方から記事のトーンを分析し、測定してマッピングしている。ただし分析の精度を確保するため、CSSLabは「LLMの記事要約を確認し、フィードバックを行なう」という人力の検証プロセスも組み込んでいる。
「それぞれのメディアがどんな傾向を持っているか、誰もが独自の感覚を持っている。しかしすべてのデータを確認した人はいない。このような分析を大規模に行うことは、これまでなかった」と、CSSLabのデータ サイエンティストYuxuan Zhang氏は述べている。メディアを消費する立場のユーザーは、それぞれのメディアの傾向を広範に目視することで、各自の先入観を取り払ったうえで、そのバイアスを包括的に確認することができるのかもしれない。
メディアの偏向は誤・偽情報よりも影響力があり、透明性がない
メディアに偏向があることはいくつかの研究で明らかになっており、その影響力の大きさはSNSよりも大きい。最近では、ハーバード大学ケネディスクールのMisinformation Reviewに2024年5月14日に掲載されたアムステルダム大学のふたりの研究者による論文がある。
Misinformation perceived as a bigger informational threat than negativity: A cross-country survey on challenges of the news environment
TONI G. L. A. VAN DER MEER、MICHAEL HAMELEERS、2024年5月14日
https://doi.org/10.37016/mr-2020-142
この論文ではアメリカ、イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、ポーランド、インドを対象で調査を行い、分析している。ニュースメディアはどの国においてもネガティブな情報を多く流布し、その影響力は大きいものの、人々が脅威に感じるのは誤・偽情報の方であるという結果が出ている。実際の影響力と脅威を感じる対象が異なるのは、ニュースメディアが誤・偽情報の脅威を過剰に報じる一方で、ニュースメディア自身の脅威については報じないためである。
より体系的な調査はプリンストン大学のESOCが2回世界の主要メディアの偏りを調査しており、そこでも誤・偽情報よりもニュースメディアの偏向の方が問題であると指摘している。
近年の政府やメディアによって、SNSが普及する前よりも誤・偽情報が大量にあふれていると思わされているが、実際にはそんなことはないようだ。ニュースメディアの偏向を確認する活動が増えることを期待したい。日本においてはニュースメディアの代表である新聞は風前の灯火なので、もはや研究対象にする意味はあまりないかもしれないが、過去に拡散してきた偏見を検証し、今後の参考にするためにも必要だろう。