極右の偽情報が拡大した本当の理由 「偽・誤情報の棚卸し2024」第4回
本記事は、Data & Societyによる「偽・誤情報の棚卸し2024」の紹介の第4回で、最終の論考となります。
ソーシャルメディア技術の研究に特化した社会科学者で、Data&SocietyのリサーチディレクターでもあるAlice E. Marwick氏は2017年、「Media Manipulation and Disinformation Online(直訳:オンラインのメディア操作と偽情報)」をBecca Lewis氏と共同執筆した。このレポートは、ソーシャルメディアを悪用した極右の偽情報の拡散について入念に研究した結果をまとめたものだった。
そしてMarwick氏は先日、「What Happened to Far-Right Disinformation?(直訳:極右の偽情報に何が起きたのか?)」と題された記事をData&Societyに寄稿した。彼女は今回の記事の中で、極右による偽情報の拡散活動が与えた影響について語り、また現在の米国社会で懸念されていること、さらに今後に注目すべき点などについて解説している。
極右の活動の拡大
まず彼女は2016年のレポートについて、そして極右勢力(および極右メディア)の活動が拡大した理由やタイミングについて、以下のように説明している。
・Becca Lewisと私によるレポート「Media Manipulation and Disinformation Online」は、Data&Societyのメディア操作チームがインターネット上の極右勢力の影響について綿密に調査したデータを、6か月かけてまとめたものだった。
・このレポートでは、報道機関が極右を取り上げやすくなった理由を「彼らが資金を失い、人員削減を余儀なくされる中、ページビューに大きく依存している」ためであると説明した。つまり報道機関は、より少ないリソースで、より注目を浴びる新しいコンテンツを着実に生み出す必要があったので、ソーシャルメディアから情報を得たり、センセーショナルなスクープを公開したりすることが多かった。
・2016年の選挙の際には、ドナルド・トランプが過激で扇動的なメッセージをTwitterで広めたため、他の候補者よりもはるかに報道される機会を得られた。また多くの報道機関は客観性を尊重したため、たとえ内容が陰謀論だったり、明らかに誤りだったりした場合でも、あらゆる話題の「両サイド」を公平に報道しなければならないと感じていた。
・主流メディアはすでに信頼を落とし、また地方ニュースは急激に衰退していたため、極右や極右メディアがすぐにその空白を埋める形となった。
このレポートは大きな反響を呼んだ。ちなみに4Chanでは彼女たちの個人情報が暴露されたが、幸いにも極右勢力の多くは彼女たちに手を出さなかったようだ。
研究対象となった「勢力」の行動
もともとData & Societyのメディア操作チームは、白人至上主義者、男性至上主義者、陰謀論者、そして「オルタナ右翼」といった極右の雑多な人々の集団が、自分たちの主張を主流メディアに押し付けている状況を深く調査するために設立された。彼らはミームを広め、トレンドの話題を増幅し、注目を浴びるデマをでっち上げたが、それらは「少数派だった意見を拡大するには驚くほど効果的だった」と彼女は記している。
そして彼女たちは「偽情報の作成と拡散における、権力と不平等の役割を理解することの重要性」を強調したが、これはより計算的な分析では無視されることが多かったという。そして2018年にはペンシルベニア州のユダヤ教礼拝所「ツリー・オブ・ライフ・シナゴーグ」で銃乱射事件が発生し(11人を殺害した犯人は反ユダヤ主義やジェノサイドを訴えていた)、2022年にはニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで銃乱射事件が発生し(10人を殺害した犯人は「4chanで真実を学んだ」と語る白人至上主義者だった)、さらには国会議事堂襲撃事件が発生した。
これらの事件について、彼女は「私たちが記録してきた動向まで遡ることができるものだった。つまり極右の偽情報と直接的に結びついていた」と記している。
困難な闘いと、今後の懸念材料
2017年当時、Data&Societyのメディア操作チームのメンバーたちは若手の研究者で構成されていた。現在の彼らは大きな研究機関で活躍する教授、あるいはスタンフォード大学やハーバード大学などの大学院生になっている。Lewis氏はスタンフォード大学でシリコンバレーの保守主義に関する論文を執筆し、Marwick氏本人もオンラインにおける極右の過激化について研究を続け、本を執筆し、様々な課題をまとめてきた。つまり彼らは真っ向から研究を重ね、過激な思想の拡大と戦おうとしてきた。
しかし、それは「少々困難な戦いだった」と彼女は語り、「極右思想が、どれほど効果的に公共の言説を変えてきたのか」を以下のように説明している。
・極右思想は、あまりにも私たちの政治討論に浸透しすぎたため、もはや極右として見られることが少なくなり、ましてや偽情報として見られることはなくなった。
・2020年の人権運動に対して、ポピュリストや立法府が猛烈な反発を見せた結果、最高裁は大学入学における積極的な差別是正措置を覆し、全国でDEI(ダイバーシティー・エクイティ・インクルージョン)の取り組みを縮小させた。それはテキサス州、ノースカロライナ州、フロリダ州などの学校のカリキュラムに影響を与えた。
※2020年のバックラッシュについて
参考:https://www.vox.com/policy/351106/backlash-politics-2020-george-floyd-race
そして彼女は、これから懸念される問題を以下のように語る。
・LGBTQ+の人々、特にトランスジェンダーや、自分の性別に違和感を持つ人々に対して、国民が共感する気持ちが急落している状況をNPR(米国公共ラジオ放送)が報じている。極右から直接もたらされた「クィアの権利に対する反発」は波及し、、いま多くの州のTarget(米国の大手小売店)はプライド商品の取り扱いをやめるほどになった。そしてトランスジェンダーやクィアに反発する内容の法案が全国で急増している。
・トランスジェンダーの子供やDEIポリシーを狙い撃ちした立法は、明らかに極右の偽情報の影響を受けたものだ。ファミリー・ポリシー・アライアンスなどのキリスト教団体と政治活動家は戦略的に協力しあい、現在の反トランスジェンダー立法の波を推進したが、彼らの見解はニューヨーク・タイムズなどの王道メディアにも反映された。同紙は一貫して、反トランスジェンダーの見解を増幅させている。
・社会的弱者、あるいは少数派のバックグラウンドを持った米国人のほとんどは、社会の容認が不安定な土台の上に成り立っていることを常に理解していた。それを考慮してもなお、今回の反発がどれほど効果的だったかに、多くの人々は驚いているだろう。
2024年の課題と対策
このような状況が招かれたのは、既存の報道機関や、エリート界の政治家たちが極右思想の拡散に重要を果たしたからだと彼女は考えており、またソーシャルメディアのプラットフォームが信頼性や信憑性を縮小してきたこと、あるいは、ほぼ無法地帯のまま放置したことにも問題があると考えてきた。
しかし彼女は、極右による偽情報の拡散が成功をおさめた大きな理由について、「もともと米国人が持っていた偏見や先入観を(極右勢力が)巧みに利用したからだ、と現在の私は理解している」と語った。
・極右世論の高まりは、インターネットの過激派グループに支持されているが、それを引き起こしたのは彼らではない。「宗教的、イデオロギー的な動機で推進されている、慎重に設計された活動の結果」だ。
・極右勢力の目的は、彼らの考えを公の議論に押し出すことだけではなく、立法を通じて公の生活に具体化することだった。そして残念なことに、とりわけ地方レベルで、それは成功した。
そして今後については、以下のようにまとめている。
・2024年の選挙サイクルへ移行しようとしている現在、我々は『公共政策とは、道徳的パニックや偏見に基づいたものになるべきではない』ということを極めて明確にする必要がある。それは、迫害される少数派の人々の生活へ実際に大きな影響を与えるからだ。
・人種差別的、女性蔑視的、トランスフォビア的な公共の言説には、深いルーツと長い歴史がある。それらが偽情報によって正当化されている。そのようなものを目にしたとき、私たちが指摘することはこれまで以上に重要となっている。