米司法省が訴追したテネット・メディアでは、なにが語られていたのか
ロシアのプロパガンダに利用されていたテネット・メディア(Tenet Media)で米国のインフルエンサーたちが、動画の中で取り上げていたトピックを分析した記事をWIREDが9月6日に掲載した。
テネット・メディアについては、すでに何度か記事で取り上げた。この事件は、共和党を貶めるための民主党の米大統領選のキャンペーンの一環であった可能性が高い。大統領選への効果はあまりなかったようだが、代償として情報への不信感と警戒心が増大した。以前の記事で書いたようにロシアは、作戦が暴露されて米国内で情報への不信感が高まることを狙っていた可能性が高い。
今回、さらに内容が明らかになったことで、ロシアの意図が具体的に可視化され、米国内ではさらに情報への警戒心が高まると考えられる。警戒心が過剰になった状態を警戒主義と呼ぶ。警戒主義に陥ると、不信感の高まり、民主主義への不満も増大することがわかっている。テネット・メディアで直接影響を与えることはできなくても、警戒主義を広めることで非民主主義的な主張をする政党への支持を増やしたり、分断を煽ることはできる。
記事の背景
まず記事の背景を改めて大まかに説明したい。
米司法省(DOJ)は2024年9月4日、ロシア国営メディア「RT」の職員2人に対する起訴状を公開した。その起訴状によると、RTの職員たちはロシアのプロパガンダ動画の制作と配信を行うため、テネシー州を拠点とする米国のメディアネットワークと親会社に970万ドルを提供しており、その資金の大半は米国で人気の右派インフルエンサーたち(Benny Johnson、Tim Pool、Dave Rubinなど)に流れたとされている。
つまりロシアが米国のメディアネットワーク企業に資金を提供し、有名な右派のインフルエンサーたちを通して、ロシアのプロパガンダを広めるための発言をさせていた、ということになる。
この起訴状の中に「テネット・メディア」の名前は含まれていない。しかしWIREDを含めた複数の報道機関は、起訴状で言及された「テネシー州を拠点とするメディアネットワーク(米国企業1)」がテネット・メディアであると特定していた。
そしてWIREDは今回の記事の中で、ロシアから資金と指導を受けていたと考えられている米国の右派インフルエンサーたちが、すでに削除された数百本のYouTube動画の中で何を語っていたのかを調査している。
インフルエンサーたちの発言
削除される前にダウンロードしていた405本の動画のクローズドキャプションを分析したWIREDは、頻繁に言及されている用語のリストを作成してデータベース化した。その結果、インフルエンサーたちは特定のトピックに焦点を当てていたことが判明した。たとえば言論の自由、不法移民、ビデオゲームにおける多様性の問題、白人に対する人種差別など、米国の政治的な対立を煽るような内容になっている。それはちょうど、DOJが主張した「ロシアの目的」に沿ったものだ。
RTの従業員が関与した動画は、起訴状の中で具体的に特定されていない。しかし、それらの動画は、「ウクライナ戦争などに対する米国の反発を弱めるために、米国国内での対立を煽る」というロシア政府の目的と一致しているものが多かった、と記されている。
具体的な頻出フレーズ(頻出単語)
WIREDが分析した結果、問題のインフルエンサーたちは「ウクライナ」にはそれほど強く注目していなかった。一方で、非常に分断を招くようなトピックには何度も触れていた。一単語の場合なら「トランス」(162回)、「トランスジェンダー」(98回)といった具合だ。二語のフレーズでは「白人」「黒人」「内戦」「言論の自由」「シークレットサービス」「不法移民」「第二修正」「イーロン・マスク」などが頻出している。
さらに複数の単語の組み合わせを分析すると、白人に対する人種差別、トランス女性への差別、あるいは言論の自由などに関連したトピックが何度も語られていた。「ゲームの多様性に取り組んでいるカナダのコンサル企業(従業員16名の小規模な会社だが、右派の文化戦争の標的となっている)」が何度も取り上げられていたことも判明している。
古き良き米国プロジェクト
司法省は先日の起訴と共に、ロシアのプロパガンダ活動に利用されたと考えられる32のドメインの差し押さえも発表した。この差し押さえに関して公開された宣誓供述書の中で、司法省は「ロシア政府が『古き良き米国プロジェクト』と呼ばれる活動の一環として、米国の文化戦争の話題をロシアの目的のために利用しようとしている」「その主な目的は、トランプの当選である」と主張した。
この宣誓供述書によると「古き良き米国プロジェクト」にはボットの活用やインフルエンサーの利用が含まれており、特に「米国のゲーマーのコミュニティ、Reddit、4chanのような画像掲示板のユーザー」などを計画的に狙っている。また、この活動が推進しようとした主張のひとつに「共和党は『人種差別の犠牲者』である」というものが含まれている。
「なおWIREDが今回の調査で利用したデータのcsv 形式には、ここからアクセスできる。」