イスラエルとハマスの紛争を利用した親ロ広告キャンペーン
2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃から一年が経過した。この事件が起きた直後から、親ロシア派はイスラエルとハマスの紛争を利用し、フランスとドイツにロシアのプロパガンダを拡散する広告活動を開始していたようだ。
英国拠点のシンクタンク「ISD Global」が2024年10月11日に発表した調査報告によると、この広告活動のネットワークは、おそらくドッペルゲンガー(Doppelgänger)に関連したものと見られている。報告の内容は、主に以下の通り。
調査対象となった広告
ISDは、フランスとドイツを標的とした親ロシア派のFacebook広告を192件特定した。これらは2023年10月7日から2024年8月30日の間に投稿されたものだ。そのほとんどは、投稿されてから1日以内に非アクティブ化された。しかし削除される前に、それぞれの広告は一件あたり平均6212のアカウントにリーチしていた。
具体的な広告の内容
ISDが報告した広告内容のカテゴリは5つだった。ここでは直接的に、あるいは間接的にガザと関連したものだけを3つ紹介する。
【例1】
「ハマスの過激派は、NATO諸国からウクライナに供給された武器を使用している」という偽情報に関連した内容が、フランスを標的とした広告の44%(36件)、ドイツを標的とした広告の27%(22件)に掲載された。
この広告は、2023年10月7日の直後から発生していた大規模な偽情報拡散活動の一環となった。それはハマスのメンバーが「ウクライナから売却された武器」について説明している映像(だと主張されるもの)を用いた活動だった。
この映像や付随情報は、あたかもBBCやワシントンポストで報じられたものであるかのように加工されており、SNSでも広くシェアされた。しかし実際には、それらの報道機関が報じたニュースではなく、ロシアのSNSアカウントや親ロシアの報道機関から発生したものであることが判明している。
このナラティブを利用した広告では、「ウクライナ人はハマスに武器を売る泥棒である」「NATO諸国がウクライナに送った武器はポーランドやフランス、さらにはメキシコの麻薬カルテルにも出回っている」という主張が行われた。それらは「ウクライナ人の盗んだ武器が、フランスやドイツのイスラム主義者や犯罪者に利用されるかもしれない」という可能性を示唆し、両国の国民を脅すような内容となっていた。
【例2】
「米国はウクライナの争いとガザの争いの両方に責任がある」「米国政府が代理戦争を行っている」「米国はイスラエルとハマスの争いで利益を得ている」など、反米感情を煽るような内容が、フランスを標的とした広告の35%(28件)、ドイツを標的とした広告の30%(24件)に掲載された。
これらの反米感情を強く促進するナラティブは、しばしば矛盾したものだとISDは指摘している。たとえば一部の広告は「米国がイスラエルを支援したことで、何千人もの民間人の命が失われた」と強く非難している一方、「米国がウクライナも支援しているせいで、イスラエルに充分な軍事支援を提供できていない」と主張する広告もあった。つまり、ハマスとイスラエルの争いに対する一貫性がないまま「米国が悪い」と訴えている。
これらの広告には、ドイツやフランスの国内にある「米国との関係を重視することに否定的な意見」を利用するよう調整されたものが含まれている。たとえばマクロンが過剰に米国へ利益をもたらしているという主張や、フランス国民の利益を最優先できる新しいリーダーが必要だといった主張が行われていた。
【例3】
「ウクライナとガザの争い」を、フランスとドイツの国内における移民、治安、経済状況の話題に結びつけ、両国市民の分裂を激化させようとする内容が、フランスを標的とした広告の33%(27件)、ドイツを標的とした広告の19%(15件)に掲載された。
これは、もともと両国の国内で議論を呼びやすかった話題を煽るため、ハマスとイスラエルの紛争を利用した活動だ。たとえば「ガザの争いで、我が国へ難民申請者が大量に押し寄せる」「彼らは国をますます貧しくする」と警告する、それに合わせて「ウクライナ難民は我が国の安全への脅威だ」と主張するといった内容である。
これらの広告は【例2】とも深く呼応している。つまり反米感情の促進に移民を利用しつつ、「米国の代理戦争のせいで難民申請者が大量にやってくる、彼らのせいで経済が悪化する」と主張して国内の分断を煽る。これはロシアとウクライナの戦争が始まったときにも見られた現象だ。
ISDの見解
今回、報告された広告活動と目的について、ISDは次のようにまとめている。
「これらの広告は『親ロシア派による一般的な偽情報』『反米的な感情』そして『フランスとドイツにおける移民や経済衰退の脅威について、極右が唱えてきた主張』を反映している。その目的は『ウクライナに対する軍事支援や人道支援の提供を妨害すること』と、『標的の国(フランスとドイツ)に恐怖と不和を植え付けること』であるようだ」
「親ロシア派の広告の製作者たちは、ウクライナ、反米感情、移民やフランスとドイツの経済状況といった問題については立ち位置が定まっているが、『イスラエルをどのように扱うか』については一定のスタンスを持っていないようだ。(中略)彼らは『他国に影響力を与える作戦』の目的に適したナラティブを利用する、ご都合主義的な姿勢を取っているように見えた」
※ここではISDによる報告の一部を紹介している。ISD Globalに掲載された原文には、この広告活動に用いられた組織的な偽情報拡散作戦の様子(利用される語句や画像、ドッペルゲンガーとの類似点)や、フランスとドイツの各国に合わせた広告掲載の時期や数の相違点などが詳しく説明されている。またFacebookに掲載された実際の広告のスクリーンショットも見ることができる。