カーネギー国際平和基金の中国影響工作の分析

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カーネギー国際平和基金(Carnegie Endowment for International Peace)の「U.S.-China Relations for the 2030s: Toward a Realistic Scenario for Coexistence」2030年代における米中関係の現実的なシナリオを国際関係論、経済、軍事、通貨、影響工作など複数の専門家が分析したものである。全体は140ページとちょっと長めだ。とりあえず、デジタル影響工作に関する第10章のChina’s Economic and Informational Influence Activitiesを拝読した。
経済活動と影響工作の連動について解説されており、この領域に関心をお持ちの方には参考になると思う。デジタル影響工作にも触れられており、中国の影響工作を俯瞰した視点で整理したものとなっている。中国の影響工作についての事例研究は腐るほどあるが、経済活動など他の活動を含めて全体像を整理したものはあまりない。マクロなものがあるが、その場合は個別のオペレーションの細部との関わりが見えづらかったりする。このレポートはそのへんも含めてまとまっていた。
日本の地経学にはくわしくないのだが、もしかしたらこのレポートのようなものなのかもしれないと感じた。先日、日本の地経学研究所もレポートを公開していたので、比較すると両者の視点がわかりそうだ。

目次

経済を介した影響工作

中国は、一帯一路(BRI)やグローバル開発機構(GDI)といった国際的な枠組みを通して、グローバルサウスを中心に、経済、安全保障、文化など他方面にわたって、米国に代わる存在としてのビジョンを発信している。ただし、既存の国際的な枠組みと競合せず、共存する方向に展開している。
一方、国際的な協調と並行して問題があった場合には、圧力や制裁もおこなっている。多くの場合、中国は食品安全検査など一見制裁ではない手法を用いることでWTOの規則を逃れ、相手国にシグナルを送っている。最近では国民を操作して特定の国や企業の商品の不買運動を仕掛けたようになっている。この方法は否認可能性(Deniability)が高く、コストがかからず、相手国や企業にシグナルを送り、自粛させるなどの効果が見込める

情報影響工作

中国は、メディアの所有、学術機関や文化機関への資金提供、SNSでのプロパガンダや偽情報拡散、ディアスポラ・コミュニティなどを通じて、他国の政治的・情報的環境に影響を及ぼす努力を強めている。いわゆるinternational discourse power、言論力の強化である。具体例をまじえて、コンパクトにまとめており、わかりやすい。
discourse powerそのものについては、他のシンクタンクもまとめているが、今回のように全体像の中で整理されていると文脈的な理解につながる。discourse powerのみだと、昨年の大西洋評議会の「CHINESE DISCOURSE POWER: CAPABILITIES AND IMPACT」などがある。
このレポートではグローバルサウスへの浸透などがあげられている

ロシアとの比較もあって、おもしろい。ロシアの方が巧妙で、相手国の混乱を狙っているのに対し、中国は親中メッセージを発信することが多く、ロシアほど巧妙ではないとしている。これは中国が認知戦で「大義」を重視していることに関係していそうだ。
また中国のプロパガンダが国民の民主主義への認識に影響を与える可能性も指摘している。

今後

このレポートでは対抗よりも共存を強調している。また、これまでとは異なるアプローチの必要性も説いている。たとえば民主主義を標榜する際に、欧米各国を例としてあげることが多かったが、日本、韓国、台湾といった非欧米の各国を引き合いに出すべきといったことだ。主たる課題はグローバルサウスなのだ。グローバルサウスにはすでに中国の情報エコシステムが存在している。これに対抗するには中国報道に携わるジャーナリストが増える必要があるといったことだ。

最後に、中国の活動を抑止することよりも、中国に関する情報源を増やし、多様な視点を確保し、米国や同盟国、パートナーのレジリエンスを強化することが重要と今後の課題をまとめている
「影響工作は国内の脆弱性を標的にすることが多いため、国内問題の対処を優先すべきである」という論調が増えており、このレポートの今後の課題もその流れに沿ったもののように思える。

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