ルーマニア大統領選の予想を覆した極右のTikTok戦略

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2024年11月24日に行われたルーマニアの大統領選挙の第1回投票では、極右の親ロシア派カリン・ジョルジェスク候補が予想外の首位となった。しかし「TikTokが選挙活動においてジョルジェスクを優遇した」という疑惑を受け、ルーマニアの憲法裁判所は同月28日に票の再集計を命じた

知名度の低かった無所属候補者ジョルジェスクの急激な躍進と、前代未聞の再集計に関するニュースは日本でも報じられている。しかしルーマニアの有権者たちが目にしてきたオンラインの選挙活動そのものについては、あまり報じられていない。

そこで今回は、ジョルジェスクが実際にどのような選挙活動を行い、どのような効果を生んだのか、そしてどのような点が問題視されているのかを中心としてお伝えしたい。

目次

はじめに:ざっくりとした背景

ルーマニアはEU加盟国の中でも「ウクライナと接する国境が最も長い国」で、NATO軍の基地を擁しており、ウクライナへの軍事支援も行ってきた。現大統領のクラウス・ヨハニスは2014年就任、2019年に再選されている。

今回の第1回投票で、事前に優勢が伝えられていたのは中道左派「社会民主党」の現職首相チョラク(57歳男性)で、中道右派「ルーマニア救国同盟」のラスコニ党首(52歳女性)がそれに続くと考えられていた。しかし蓋を開けてみると、極端な民族主義とナショナリズムを掲げる「ルーマニア統一連合」の元名誉党員で現在は無所属のジョルジェスク(62歳男性)が得票率約23%で首位となり、2位は得票率約19%のラスコニ党首、優勢だったはずのチョラク首相は3位まで後退したため大統領選の決選投票にも進めないという結果になった。社民党の党首が決選投票に残らなかったのは、チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアにとって初めてのことであるため、国内のみならず国際的にも激震が走っている。

ジョルジェスクの選挙活動は「活動本部を持たない」「テレビ討論会への参加を拒否する」「資金を費やさない」という型破りなものだった。それらの活動のかわりに、ジョルジェスクは短い動画をTikTokへ大量に投稿した。この戦略が結果的に大当たりし、ほとんど無名だったジョルジェスクを首位に押し上げたと考えられている。

Facebook、Instagram、Xなどのプラットフォームにも彼を支持するアカウントやグループは数多く存在しているが、彼自身が主な選挙活動の舞台として選んだのは、あくまでもTikTokだった。

TikTok上のジョルジェスクの人気と、彼自身のキャラクタ

France24の報道によると、ジョルジェスクのTikTokアカウントは45万人以上のユーザーにフォローされ、500万件以上の「いいね」を獲得している。彼の選挙動画はわずか4日間で5200万回以上再生され、多くの若い有権者を惹きつけた。投票日の直前に投稿されたポッドキャスト形式の投稿も、再生数310万回、「いいね!」8万5000回を記録した。ルーマニアの全人口が約1900万人であることを考えると、これらの数字は非常に大きい

チョラクやラスコニよりも高齢のジョルジェスクが、若者の多いTikTokで圧倒的な人気を集めた理由のひとつとして、「保守的な若者たちの苛立ちを受け止める頼もしいリーダー」というキャラクタを確立したことが挙げられるだろう。シンクタンク「Watchdog.md」の共同創設者Andrei Curararu氏は、AFPに対して次のように説明している
「ジョルジェスクは、経済的な不満を抱える人々の抗議票を集め、自らを『父のような存在』として位置づけ、深い共感を呼びやすい迅速な解決策を提示してきた」

またバース大学のMimi Mihăilescu氏はECPRに寄稿した記事の中で、以下のように説明している。
「ジョルジェスクは愛国的なテーマを活用し、『欧米の搾取からルーマニアの主権を守る擁護者』として自分自身を描写することにより、『現状に挑戦する意欲のあるアウトサイダー』の立場を確立した」

ジョルジェスクのTikTok戦略

ジョルジェスクは賛否両論を呼びやすい話題を積極的に取り上げ、誰にでも理解しやすい(あるいは極端で短絡的ともいえる)意見を述べることで、自分の立ち位置を明確に示す動画を大量に投稿してきた。こうした動画は論争を巻き起こしやすいため、短時間で急速に拡散され、あまり政治に興味のなかった若年層の有権者にも直接的に届くことになる。彼がTikTokで行った主張は、たとえば以下のようなものだ。

・親ロシア、反EU、反NATO
これまでのルーマニアはNATO加盟国としてウクライナに軍事支援を行ってきた。しかしジョルジェスクは新ロシア派で、プーチン大統領を「世界でも数少ない真の指導者のひとり」と呼んでいる。彼はクライナへの軍事支援の停止を求めており、またEUやNATOについても批判的な意見を述べている。

・反フェミニズム
ジョルジェスクは動画の中で「女性にはルーマニアを率いる能力がない」とはっきり主張しており、フェミニズムを「完全なゴミ」とも表現している。より具体的に、大統領について「男性だけができる仕事だ」と宣言したこともある(先述のとおり、第一回投票で2位となったラスコニ党首は女性だ)。

ジョルジェスクはこうした賛否両論の主張以外にも、自分が教会へ通っている姿、あるいはランニングしている姿、ポッドキャストに出演している姿などの映像も短い動画コンテンツにして大量に投稿している。

その一方で、彼の支持者たち(を自称するアカウント群)は、派手な字幕や音楽を使ったドラマチックな演出の動画を次々と投稿してきた。TikTokには、ジョルジェスクを応援する専用の「サウンド」まで存在しており、それは11,800件以上の投稿動画で使用されている。

英ポーツマス大学のサイバー犯罪学講師Anda Iulia Solea氏がThe Conversationへ寄稿した記事によると、ジョルジェスクの動画、および彼を支持する動画には、感情に訴えかけようとするものや信憑性の薄いものが多いという。たとえば「ジョルジェスクに投票すればルーマニアの子供たちの明るい未来が守られる」「ジョルジェスクが落選するとしたら、それは選挙が盗まれたということになる」などの主張をする動画、あるいはジョルジェスクを「選ばれし者」として描いた画像の動画などだ。

TikTokはジョルジェスクを優遇したのか?

このようにTikTokを利用したジョルジェスクの選挙活動は大きな成功を収めた。しかし冒頭に記したとおり、「TikTokがジョルジェスクを優遇したのではないか」という疑惑が持ち上がっているため、それを受けたルーマニアの憲法裁判所は票の再集計を命じた。

実際にTikTokは彼を優遇したのか? この点については多くの議論があるだろう。少なくとも現時点で明確な証拠はなく、TikTokも関与を否定している。しかしジョルジェスクを応援するアカウントにはグレーゾーンに当たるような行動が多く見られている。「ほとんど無名だったジョルジェスクが、プラットフォームの特性を巧みに利用することで、不自然に支持を拡大した」という指摘については疑いの余地がなさそうだ

・膨大な量のコンテンツ
ジョルジェスク陣営は、ボットや偽アカウントを利用し、短期間で膨大な量の動画をTikTokに投稿したという疑惑が持ち上がっている。TikTok以外のSNSでも、数千の偽アカウントが動画やコメントでジョルジェスクを宣伝していたことが報告されている。
実際にボットや偽アカウントが使われたのかどうかはともかく、実際のところルーマニアのTikTokはジョルジェスクの関連動画で飽和されたような状態となった。そのためサッカーや料理やフィットネスなどの娯楽動画を見ていた一般ユーザーも、複数の動画を視聴しているうちに、いつの間にかジョルジェスクの動画を視聴させられていたというケースが報告されている。
この状況について、Mimi Mihăilescu氏は次のように説明した。「ジョルジェスクは、自身の立候補を宣伝するメッセージでTikTokを飽和させることにより、彼がルーマニア政治の重要人物であるかのような錯覚を生み出した」

TikTokと誤情報、偽情報

ジョルジェスク陣営は誤情報と偽情報を用いて多くのナラティブを拡散した。たとえばルーマニアに対する西側諸国の陰謀、あるいは反ジョルジェスク派に関する捏造の物語など、根拠のない話を宣伝し、それらはすぐに注目を集めた。TikTokの性質上「分断を煽る」「感情的な」「単純で短い」ナラティブは広まりやすい。さらにTikTokでは迅速なファクトチェックを行うことが困難であるという点も有利に働いたと言えるだろう。
また、ジョルジェスクを「海外のグローバリスト勢力からルーマニアを守る愛国的な英雄」として描いたAI生成画像やディープフェイクも数多く拡散された。これにより彼のキャラクタは容易に確立されたと考えられる。

インフルエンサーによる「やらせの応援」

ジョルジェスクは「活動本部を持たない」「テレビ討論会に参加しない」「資金を全く費やさない」選挙活動を行うと公言しており、それは「慢性化したルーマニアの問題に取り組む型破りな候補者」という彼の印象を有権者に与えるものだった。

しかしFrance24の報道によると、ジョルジェスクの選挙運動を応援してきた複数のインフルエンサーが、彼から報酬を受け取っていたことを公に認めている。つまり、「テレビや広告に頼ることなく、ただTikTokに投稿した主張が、自然と有権者たちの支持を集めてきた」という物語は意図的に作り上げられたものだったということになる。またインフルエンサーたちに報酬を支払った時点で、それは「政治活動に資金を費やさない」というジョルジェスクの主張と矛盾している。

ルーマニアとEUの対応

この状況に懸念を示したのは憲法裁判所だけではなかった。ルーマニアのメディア監視機関は11月26日、ジョルジェスクの選挙活動におけるTikTokの役割を調査するよう欧州委員会に要請した。またEUのトップ議員であるヴァレリー・ヘイヤーもTikTokのCEOに対し、ジョルジェスクの選挙運動に有利になるようプラットフォームが悪用された可能性に関し、欧州議会に出席して対応するよう求めている。

これらの調査や対応がどのような結果を生むとしても。大統領選の伏兵と見なされていたジョルジェスクが、いまや最も大統領に近い人物となったことに変わりはないのかもしれない。彼がTikTokを不正に利用したのか、TikTokから(あるいは他国の影響工作部隊から)意図的な支援を受けていたのか、オンラインの支持者の何割ぐらいが実在する人間なのかはさておき、すでに現在の彼は「ルーマニアの経済危機と政治危機に不満を抱えた現実の若者たち」から絶大な支持を集めてしまっているからだ。

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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