ルーマニア情勢アップデート ロシア、極右、親EU連立
ルーマニアの大統領選挙の第1回投票では、ロシアの支援を受けたインフルエンサーなどによる大規模な介入が行われたことが伝えられた。その介入の具体的な手法や、違法行為に対する捜査、そして大統領選挙のやり直しに関連した報道が続いている。
このルーマニアの選挙に関しては過去三回に渡ってお伝えしてきたが、数日ごとに状況が激しく変化しているため、ここでいったん話をまとめながら、新たに報じられているニュースを紹介したい。
ここまでのおさらい
・2024年11月24日、ルーマニアの大統領選挙の第一回投票が行われた。この選挙は、社会民主党の現職首相チョラク(中道左派)と、ルーマニア救国同盟のラスコニ党首(中道右派)の一騎打ちになると考えられていた。しかし多くの予想を裏切る形で首位となったのは、極右の無所属候補ジョルジェスクだった。
・ジョルジェスクはほぼ無名の候補者で、ほとんどの期間の支持率は一桁台に留まっていた。しかし「短く派手で分かりやすい動画」「議論を呼びやすいテーマの動画(親ロシア、反EU、反NATO、反フェミニズムなど)」をTikTokに大量投稿するという選挙活動により、投票前の短かい期間で急激に知名度を上げた。彼の公式アカウント、および彼を支持するアカウントが投稿する動画には、偽情報や誤情報、捏造のナラティブを含んだコンテンツも多かったが、それらはルーマニアの経済や政治に不満を抱えている若者たちから支持された。
・一方、TikTokを活用したジョルジェスクの選挙活動を問題視する声も多かった。当時のルーマニアのTikTokはジョルジェスクに関する動画で溢れかえっていたが、それは彼が自然と支持を広げた結果ではなく、大量のボットが用いられたためだと考えられていた。またジョルジェスクは「資金ゼロの選挙活動」を公言していたが、実際には複数のインフルエンサーが報酬を受け取ったことを公に認めていた。さらには「TikTokがジョルジェスクを優遇したのではないか」という疑惑の声も上がっていた。
・これを受けたルーマニアの憲法裁判所は11月28日、「第1回投票の再集計を命じる」という前代未聞の決断をくだした。またルーマニアのメディア監視機関、さらにはEUの議員も、ジョルジェスクの選挙活動と、そこに何らかの干渉や介入があった可能性に懸念を示して調査を求めた。
・説明を求められたTikTokは「ルーマニアの選挙への介入を試みていた『数万の不正アカウント』を含む複数のネットワークを削除した」と発表。またモデレータの配備やファクトチェックグループとの連携などの対策についても発表した。
・12月2日、ルーマニアの憲法裁判所が第一回投票の結果を承認して「ジョルジェスクの当選は有効」と判断。これにより12月8日には、首位のジョルジェスクと第二位のラスコニで決選投票が行われる予定となった。
・しかし12月4日には、ルーマニアの安全保障会議に提出された機密文書が公開される。この文書は「ルーマニアに対してロシアが行なってきたハイブリッド攻撃やサイバー攻撃」、「ジョルジェスクを支援するTikTokユーザーたちに支払われていた報酬」、さらに「TikTokの動画投稿における違法行為や規約違反行為」などが記されたものだった。
・これを受けたルーマニアの憲法裁判所は12月6日、先の判断を翻す形で「第一回投票の結果は無効だった」とし、選挙のやり直しを行うと発表した。12月8日の決選投票は中止され、政府は新たな投票日を設定することになった。この決定についてジョルジェスクは「民主主義を踏みにじるものだ」と強く抗議している。
SRIが指摘した、ロシアによる「大規模な介入」とは
ルーマニア情報庁(Serviciului Roman de Informacii、以下SRI)によると、ジョルジェスクがソーシャルメディアで行った選挙活動は「非常に優れたデジタルマーケティング企業」の助けを借りながら、国家主体で調整されて行われたものだった。
・大量のアカウントの活動
SRIは、約2万5000件のTikTokアカウントが「選挙の2週間前から極めて活発になった」ことを指摘している。そのうち約800件は、2016年に作成されて以来、ほとんど休眠していたアカウントだった。
・マネーロンダリングと違法な資金提供
またSRIは「ジョルジェスクの宣伝活動に資金を提供した人物」としてBogdan Peșchirの名前を挙げた。36歳のPeșchirはTikTok上で100万ユーロ以上の寄付を行っており、また選挙前の1か月間にも複数のインフルエンサーに381,000ドルを支払ってジョルジェスクを宣伝させたという。
地元メディアの報道によると、すでにルーマニア当局はPeșchirに対して家宅捜査を行っており、Peșchir名義の700万ドル相当の仮想通貨も発見されている。しかしPeșchir自身はFacebookの投稿で、それらが「虚偽の申し立て」だと述べ、自身の収入を公に開示する必要はないと主張している。
・作戦に加担した(あるいは利用された)インフルエンサーたち
しかし一部のインフルエンサーたちは、ジョルジェスクの選挙活動に参加し、報酬を得たと認めている。
その一人、TikTokに5万人以上のフォロワーがいるAlex Stremiteanuの説明によると、彼が参加したのは「投票を推奨する取り組み」として紹介された有償のキャンペーンで、「presidential elections 2024」などの指定されたハッシュタグを使用せよというものだった。しかし、それらのハッシュタグはコメント欄にボットを引き寄せ、ジョルジェスクのコンテンツにリダイレクトするリンクを投稿させる役割を果たしていた。
Stremiteanuは自身を「愚かだった」と語り、TikTokerで次のようにコメントしている。「私は自分が何をしているのか理解していないまま、このキャンペーンで犬のように利用されていた。申し訳ない」
ロシアの介入や印象操作の指摘に反発する人々
・「信念で応援した」と語るインフルエンサー
一方、SRIから名指しされた残りのインフルエンサーたちは報酬を受けたことを否定しており、「自分の信念でジョルジェスクを支持していた」「ルーマニアの人々が望んでいる変化を促しただけだ」などの主張をしている。
・疑惑を一蹴するロシア
当然ながらロシア政府も影響工作の指摘を否定した。ドミトリー・ペスコフ報道官は声明の中で次のように述べている。「ロシアはルーマニアの選挙プロセスに関与していない。我々には他国の選挙に干渉する習慣がない」
・法の遵守を強調するTikTok
TikTokも国内法とEU法を遵守していると述べ、ルーマニア当局から指摘されたアカウントを削除してきたことを強調した。しかし機密解除された文書は、TikTokに「政治広告のフラグを立てていない政治広告の動画が、投票の当日にも投稿されていた」ことを指摘している。意図的な怠慢であったか、あるいは単に違反を処理する能力が不足していたのかはさておき、それはルーマニアでは違法となる。
・抗議活動を起こすジョルジェスク
そしてジョルジェスクも当然ロシアとの関係を否定している。「自分が関わっているのは神とルーマニアの市民だけ」などと述べている彼は、憲法裁判所の決定に対して法的措置を取ると宣言している。また決選投票が予定されていた12月8日には、閉鎖された投票所の前で抗議活動を行った。
連立政権の誕生と「やり直し選挙の候補者」
一方、ルーマニアでは12月1日に議会選の投開票が行われた。多くの予想どおり、中道左派のPSDが第一党となったものの、複数の極右政党が軒並み議席数を伸ばし、合計で3割以上の議席を占める結果となった。特にルーマニア統一同盟(AUR)は大きく躍進し、約18%の得票率を得て第2党となった。
この状況で「極右民族主義の排除」という共通の目的を持った親欧州派の政党が、連立政権を形成することに合意した。これにより、PSDとPNLだけでなく、USR(中道右派)とUDMR(小規模なハンガリー民族の政党)も含めた大連立政権が樹立されることになる。このあと行われる大統領選挙の「やりなおし」では、この連立政府全体で親欧州派の候補を支持する可能性があると発表されている。
新しい大統領選挙の行方
「大統領選挙の第一回投票が無効となったことで、ロシアの影響工作による極右の躍進にどうにか歯止めがかかった」と考える向きもある一方で、この決定により政治的な分断が一段と深まったという見方もあるだろう。今後の大統領選挙の取り決めによっては、ジョルジェスクの支持者が暴徒化するのではないかと不安視する声もある。
たとえば米国で議会襲撃事件を起こしたトランプの支持者たちは「バイデンジャンプ」や「盗まれた選挙」を信じる必要があっただろう。しかしジョルジェスクの支持者が暴徒化するのは、それよりはるかに容易かもしれない。なにしろジョルジェスクは実際に第一回選挙でトップ当選を果たしている。憲法裁判所も「選挙結果は有効」といったんは認めた。しかし、その数日後に「選挙結果は無効」と発表され、選挙のやり直しが決定した。疑いたいものを疑い、信じたいものを信じるには最高の環境だ。
親ロシア反EUのジョルジェスクを支持している若者が、いまさら「自分もロシアの介入の影響を受けていた」と考えるのは簡単ではないだろう。「これは正義のために立ち上がったジョルジェスクを陥れようとするルーマニア当局の陰謀だ、民主主義を否定する卑劣な暴挙だ」と信じるほうが簡単かもしれない。以前に紹介したJoshua Benton氏の記事には、次のような記述がある。
「たしかに大統領選挙は、国全体に大きな利害をもたらすものだ。しかし個人のエゴにとっては『自分のイデオロギー的な先入観を支持してくれるもの』に極めて高い利益がある。選挙戦が激化している時期、その傾向は特に強くなる。我々の脳は、自分サイドに関しては最善を信じ、他サイドに関しては最悪を信じたがる。この心理的傾向は、投票の重要性が最も高い瞬間において、正確性に対する追加的なインセンティブを超えてしまうようだ」
ともあれ今回のルーマニアの大統領選挙に対する影響工作は、モルドバや他の国々でロシアが行ってきた作戦との共通点が多いことが指摘されている。ルーマニア当局は、ロシアが反EUのプロパガンダを拡散し、親ロシア派の大統領候補を支持するよう有権者へ促すために最大1億ドルを費やした可能性があると推定しており、また、このような手法が他の民主主義国家に対して行われる可能性についても警告している。
出典、関連記事
https://www.ft.com/content/4b00e7ec-2c79-4313-b012-4f09f436f3ed
https://www.bbc.com/news/articles/cgq18w507dko