専門家の考えるDMMI対策をデルファイ法で明らかにした論文

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論文の結論

「Structured expert elicitation on disinformation, misinformation, and malign influence: Barriers, strategies, and opportunities」と題する論文が2024年12月19日に公開された。この論文では、いわゆる偽・誤情報やデジタル影響工作を「DMMI」(Disinformation, Misinformation, and Malign Influence)と呼んでいる。
42人の専門家に対して3段階のデルファイ法を用いて、効果的な戦略、もっとも大きな障壁、今後の研究分野をとりまとめた

結論だけ先に書いておくと下記になる。

・WardleとDerakhshanの2017年の論文に基づいた誤情報(misinformation)と偽情報(disinformation)の定義に専門家の意見はほぼ合意した。

Information disorder: Toward an interdisciplinary framework for
research and policymaking (Vol. 27). Council of Europe.

・上位5位の戦略は下記。
 1.デジタルプラットフォームの規制の確立
 2.メディア・リテラシーとクリティカル・シンキングの向上
 3.教育現場でのDMMIの危険性についての意識向上
 4.DMMIを理解し、対抗するための研究への投資
 5.領域を超えた協力の促進

・大きな障害は下記。
 制度に対する不信
 認知・感情的偏見
 政治的分断
 非英語のDMMIへの対処
 政治家による個人的利益のためのDMMI利用

・今後研究すべきテーマの上位5位は下記。
 1.個人および集団の脆弱性に関する研究と、DMMIに対する回復力の構築
 2.メディアリテラシーとクリティカルシンキングの介入の有効性に関する長期的研究
 3.一般への介入の有効性に関する研究
 4.攻撃者やテクノロジーなどの新たな脅威に関する研究
 5.なぜ人々がDMMIを信じ、広めるのかを理解するための学際的研究

デルファイ法の限界が見えた結果

デルファイ法は専門家に対して、繰り返しアンケート調査を行って回答を収斂させる手法で、さまざまに応用されている。今回は最初の調査で参加した全員からアイデアを提出してもらい、それらをまとめて84の案ができた。第2段階では、84の案に対してオンライン上で意見交換を行い、第3段階では意見をもとに改良し、5段階評価で評価する形にしている。

今回の調査方法は一見妥当で、調査結果は信憑性ありそうに見えるが、実際にはかなり問題が多そうだ。しかし、このような調査を専門家が専門家に対して行ったにもかかわらず、その問題に気づかなかったことが偽・誤情報対策がやっかいな問題であることを示している。

たとえば言葉の定義。偽・誤情報やデジタル影響工作では言葉の定義のあいまいさが常に問題となっており、いっこうに解決される見込みがない。ついこの間、冒頭で関係者が共有できる定義がないことが問題になっている、という調査結果を紹介した論考がサイエンス誌に掲載されたばかりだ。
「A field’s dilemmas Misinformation research has exploded. But scientists are still grappling with fundamental challenges」というタイトルで、日本語での紹介はこちらで読むことができる。

結果だけ見ると、この2つの調査結果は真逆に近いが、そうではない。基本的にデルファイ法は意見を収斂させるもで、この論文では3段階目でほぼ合意している。今回のデルファイ法では定義そのものへの合意を確認していたのに対し、サイエンス誌の「A field’s dilemmas Misinformation research」では具体的なケースをあげて、それが偽・誤情報に該当するかを確認していた。真逆に見えても実際には両立する。概念の定義では合意できても、実際のケースに適用した場合は、合意にいたらないのはよくある話で、問題はこちらなのだ。

だが、言葉の定義以上に大きな問題がある。この領域の問題はデルファイ法と相性が悪いような気がする。デルファイ法はその性格上、より具体的に絞り込まれた内容に対しての方が向いている。構造やシステムを前提とした問題を扱う際には、構造やシステムを自由に回答者である専門家に考えてもらうわけにはいかない。なぜなら、ひとつの分野の専門家は構造やシステムの専門家とは限らないからだ。特に領域を横断する問題の場合はそうで、偽・誤情報はまさにそういう問題だ。たとえば公衆衛生モデルによる対策は、こうした調査では扱うことが難しい。公衆衛生モデルの特定のレベル(特に対症療法的レベル)に限れば可能だろう。
今回の調査研究のように回答者自身にアイデアを出させた場合は、戦略であげている内容が、今後研究すべきテーマにもあがっているという奇妙なことも起こる。「メディア・リテラシーとクリティカル・シンキングの向上」などを戦略であげているものの、今後研究すべきテーマに「一般への介入の有効性に関する研究」があがっている。対策の有効性を調査で検証していないのに戦略をあげているという無責任な話になっている。

デルファイ法を使ったという点と、この分野で専門家と言われる人々が、俯瞰的に問題をとらえていないことがよくわかったという意味では参考になる調査研究だと言えるのかもしれない

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