もうひとつの偽・誤情報対策 カナダで最終報告書

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偽・誤情報対策先進国のひとつであるカナダ

カナダの偽・誤情報、デジタル影響工作に対する取り組みは、多くの欧米諸国および日本と同じ危機認識から始まっているが、その施策は大きく異なっている。2018年からカナダは本格的に国をあげて対策に取り組んでおり、G7での情報共有などの体制を主導してきた実績と経験があり、他の国よりも早くこの問題の本質に気がついていたと言えるだろう。
2019年のカナダ総選挙では、マギル大学とトロント大学が共同でMedia Ecosystem Observatory(MEO)を立ち上げ、カナダのデジタルメディア・エコシステムの監視を行い、海外からの干渉は確認されたものの影響は軽微だったことが明らかになった。軽微だった理由のひとつとして、カナダのレジリエンスの強さがあげられていた。レジリエンスの評価は攻撃の事例研究だけからは出てこない。たとえば日本の偽・誤情報対策では能登地震が引き合いに出されることが多いが、実態に即していない。閲覧された投稿の多くが大手機関の災害情報やお役立ち情報だったことや偽の救助要請で実害はほとんどなかったことので、偽・誤情報が大きな悪影響を与えた例としてふさわしくないし、個々の偽・誤情報の事例のみに注目した結果誤った優先度にいたっている。
なお、カナダは外国からの干渉に焦点をあてているが、その対策のほとんどは国内の情報共有や透明性確保、対応する組織の整備、実態調査など国内の整備となっている。海外からの干渉にカウンターで情報操作を仕掛けているどこかの国の外交担当省庁とは根本的に発想が異なる。

たとえばカナダの行っている対策を一覧した、「Protecting Canada’s Democratic Institutions and Processes from Foreign Interference」をご覧いただくとわかるように、情報の真偽判定や、真偽に基づく対応などは主たる対策にはなっていない実態の調査、法整備、国内外の情報共有、市民および研究コミュティへの支援、情報提供の強化などが主軸となっている。もちろん、偽・誤情報対策もその中には入ってくるが、真偽を重要な要素にしておらず、カナダの民主主義にとって脅威であるかどうかを問題としている。このふたつは似ているようで全く異なる。このへんは問題となる偽・誤情報と、問題とならない偽・誤情報に関するコラムにくわしい

これに対して、他の欧米および日本では真偽を重要視し、プラットフォームの責任を追及することが多い。また、事例研究は多いものの、全体としての影響を評価するための実態調査はほとんど行われていない。全体としての影響を評価するための実態調査がない状態で、「民主主義への脅威」と発言するのはよくてミスリード、厳しく言えば偽・誤情報なので、偽・誤情報問題に対処するために、偽・誤情報を生み出す、という拡大再生産サイクルに入っている。

さらにEUの偽・誤情報対策の多くはトランプ政権と彼の支援するビッグテックと対立するようになっている。そうなることは制度の仕組み上わかっていたはずなので、広義の影響工作の罠に陥っているようにも見える。日本でも対プラットフォーム規制の法整備の検討が進んでいるようだが、EUと同じ轍を踏むことにならないか心配である、ということは1年前に書いたが、状況はさらに悪化している。

前置きが長くなったが、2025年1月28日に公開された「Final Report on Foreign Interference」をご紹介したい。

カナダの報告書の重要なポイント(仮)

多くの日本人にとってカナダの選挙のくわしい話を意味不明だと思うので、非常にざっくりとお話しすると、おおまか下記になる。カナダ以外の国、特に日本で参考になりそうなものに絞っている。

・カナダに干渉している主要外国アクターは、中国、インド、ロシア
 海外のアクターとしてインドが出てくることはほとんどない。これはインドが海外への影響工作を行っていないのではなく、政治外交あるいは物理的脅威によって公開できないことが多かったためである。そのため、インドの活動についての貴重な報告ともなっている。もしかすると、日本も同様に中国、インドからの干渉が多いかもしれない(そうなる可能性は高い)。

・過去カナダに対して行われた干渉の影響は限られた影響しかもたらさなかった。ここまで行ってきた対策の効果が出ている。

・とはいえ対策は完璧とはほど遠く、情報の共有やコミュニケーションなど改善すべき点は多い。他の国と異なり、偽・誤情報のもぐら叩きや、プラットフォーム責任論は中心ではない。脅威が海外から来るとしても、あくまで政府の基本的な情報の共有やコミュニケーションを改善することで対応しようと考えている。

・海外からの干渉によってカナダの民主主義に対する国民の信頼にマイナスの影響が出た。その原因は、海外からの干渉そのものではなく、メディアが不完全な状態で情報を流すため、国民の間に不信感が広がったためとしている。国家機関が出したレポートで、パーセプション・ハッキングと警戒主義の影響について、はっきりと断言したものは初めて見た。メディアにそういう性格があることは責められないので、政府が正確な情報を発信して緩和するしかないとしている。

関係者は必読 ただし大著

このレポートは全体で7分冊になっており、最初の要約だけで100ページ以上ある。全部読むのは大変だが、読む価値はありそうだ。偽・誤情報やデジタル影響工作対策は国内を整備することの優先度が高いとしているのは、注目を集めている公衆衛生モデルによる対策にも共通する。
カナダの対策の具体的な内容と評価も気になるし、インドの影響工作についての調査結果は他では見られない。

今回は要約部分だけを読了した段階での紹介(そのため前節の終わりに「仮」とつけた)だが、全体については別途機会があれば行いたい。

この報告書のさわりの部分を2月5日正午からのウェビナーでご紹介します。
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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
note https://note.com/ichi_twnovel
X(旧ツイッター) https://x.com/K_Ichida

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