カナダBC州のオンライン・ヘイト実態調査 ISD

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ハマスによる攻撃とイスラエルの軍事対応が世界中でコミュニティの分断を深め、ヘイトクライムを急増させている中、Institute for Strategic Dialogue(ISD)がカナダのブリティッシュコロンビア州(BC州)におけるオンラインのヘイトスピーチに関する調査結果を報告した。

目次

はじめに:カナダ、およびBC州に関する予備知識

カナダは移民の受け入れに積極的な国として知られているが、中でも世界各国から移民を受け入れてきたBC州やオンタリオ州は、独自の多文化社会を誇っている。

とりわけBC州はアジアからの移民が多い。同州のリッチモンドには、キリスト教の教会、イスラム教のモスク、シーク教のグルドワラ、ヒンドゥー教の寺院など、様々な宗教の寺院が立ち並ぶエリア(地元では「Highway to Heaven」と呼ばれている)もあり、ここでは包容力のある異教徒たちが、互いに交流を深めながら共存している。

そんなカナダでも、ガザの紛争以降は極右グループによる反ユダヤ、反ムスリム、反パレスチナ、反移民のヘイトスピーチの拡散が増加している。ちなみにカナダでは、特定可能なグループに対するヘイトスピーチを公の場で(私的な会話以外で)行い、憎悪を煽動する行為が刑法第319条で禁じられている。

ISDの調査(カナダ全体)

今回のISDによる調査は、CASMの協力を得て実施された。
まず彼らは2024年1月1日から8月31日までの期間、カナダ国内の341の過激派アカウントによる945,845件の投稿を収集した。これらの投稿はX(旧Twitter)、Facebook、Telegram、YouTube、Instagramから集められている。

次にヘイトスピーチの対象グループを識別するキーワードリストと、CASMによるヘイト分類ツール(LLMベースのプロンプトを通じてヘイトの分類と信頼度スコアを付与する)を利用して、ヘイトスピーチの分析を行った。

〇分析結果(カナダ全体)

・収集された全投稿のうち約1.4%(13,055件)がヘイトスピーチとして分類された

・ヘイトの標的の内訳は、ユダヤ人(4,577件)が最も多く、次いで移民(4,382件)、ムスリム(2,656件)、アジア系カナダ人(1,957件)、アフリカ系(1,279件)、先住民(1,252件)、アラブ系カナダ人(218件)という結果だった。

・ヘイトスピーチが投稿されたプラットフォームの分類では、Xが8,038件と最も多く、次いでTelegramが4,547件、Facebookが464件だった。

・ほとんどのヘイトスピーチにおいて最も多用されるプラットフォームはXだったが、反アフリカ系と反アラブのヘイトスピーチだけは、Telegramの投稿のほうが多かった。

BC州のみに焦点を当てた調査

さらにISDの研究チームはBC州に焦点を当て、州レベルでのヘイトスピーチの性質と蔓延状況を評価しようと試みた。

〇分析結果(BC州)

・明らかにBC州を拠点としている46の過激派アカウントやヘイトアカウントが特定され、972件のヘイトスピーチが確認された。

・これらのうち943件はXの投稿で、次にFacebookが17件、Telegramが12件だった。カナダ全体と比較して、BC州ではXのヘイトスピーチの投稿の割合が高かった。

・全国的な傾向と比較して、BC州では「ムスリムに対するヘイトスピーチ」の割合が特に高かった(全国平均は約20%、BC州では約45%)。イスラム教を危険で抑圧的なものとして描写し、ムスリムの宗教的自由を制限する呼びかけがあった。

・反ユダヤ主義と反アラブ主義のヘイトスピーチは、全国平均とほぼ同じ割合。一方、移民やアジア系、アフリカ系、先住民に対するヘイトスピーチの割合は、全国平均よりも低かった。

・バンクーバーで行われたパレスチナ支持のデモや、シナゴーグおよびユダヤ人学校への攻撃など「BC州で起きた事件」と同じタイミングでヘイトスピーチが急増していた

・BC州におけるヘイトスピーチの傾向は、カナダ全体の傾向とおおむね一致しているが、過激派の扇動者が州内の少数派コミュニティとの緊張を悪化させようとしている様子が見受けられた。また「過激派のアカウントの全投稿におけるヘイトスピーチの割合」も、全国平均より高かった。

調査結果の「普通さ」

今回の調査では、「BC州ならでは」の特性が、それほど分かりやすい形では表れなかったと言ってよいだろう。

たとえばBC州は、大きな都市のある他州(オンタリオ州など)と比較してムスリムの住民の割合が少ない反面、アジア系住民の割合が多い。そのため「いくら多文化を誇っている地域でも、結局は少数派のムスリムがヘイトスピーチの標的になったのだな」と考える人もいるだろう。しかしBC州はオンタリオ州などに比べてアフリカ系の住民の割合が大幅に少ないことでも知られている。彼らが標的になっていないことを考えると、単純に「マイノリティが狙われた」とは言えそうにない。ガザで起きている紛争や、地元で起きた事件(パレスチナ関係のデモなど)の影響と考えるなら、それは世界的な傾向だ。

また「BC州では、ヘイトスピーチのプラットフォームとして特にXが好まれている」とも言い切れない。全国平均を見ても、反アフリカ系と反アラブのヘイトスピーチではXが使われない傾向がある。彼らに対するヘイト発言が少ないBC州では、Xの割合が増えるのも当たり前だ。

言い方を変えるなら「幅広いバックグラウンドを持った人々が仲良く共存する場所」を目指しているBC州で「地域特有の傾向は少し見られたものの、大筋ではそれほど明確な特色が見られなかった」という点のほうがかえって印象的かもしれない。ともあれ、このような調査はより多くの国/多くの地域で行われ、比較されたほうが興味ぶかい結果になりそうだ。

カナダが抱える不安

今回、ISDが調査対象としてカナダを選んだのは、突出して移民を受け入れている国だからという理由も大いにあっただろう(註:移民受け入れの人数は米国のほうが多いが、国民の移民比率はカナダのほうがはるかに高い)。また、偽情報や誤情報と積極的に戦おうとする国の取り組みも考慮されたのかもしれない。

参考:もうひとつの偽・誤情報対策 カナダで最終報告書
https://inods.co.jp/news/5165/

しかし、それ以外の大きな理由として、かつネガティブな要因として挙げられるのが「Metaによるニュースへのアクセス遮断」だ。

2023年6月、カナダ議会は大手IT企業に対して「報道機関とライセンス交渉し、ニュースの使用料を支払うことを義務付ける法案」を可決した。それに対抗する形で、Metaは2023年8月初旬以降、カナダのユーザーによるニュースコンテンツへのアクセスを遮断した。つまりカナダのユーザーは、FacebookやInstagramではニュースの記事を読むことができない。わざわざ大手ニュースサイトの公式アカウントにアクセスしても、「No posts available」と表示されてしまう。この問題について、ISDは以下のように指摘している。

「紛争をめぐる混沌としたオンライン情報の環境を背景として、Metaによるニュースの禁止は、カナダのユーザーが利用できる情報の質にも影響を与えている。Facebookのページやグループを分析したところ、カナダでは質の高い情報源の80%がブロックされている一方で、質の悪い情報源は36%しかブロックされていない。そのためユーザーは、他のプラットフォームからより多くの写真やコンテンツを共有しており、それらの素材には従来のメディアや再共有された投稿よりも、多くの意見、プロパガンダ、誤情報が含まれていることが多い」

つまりカナダ在住の人々は、FacebookやInstagramを利用するたび「より偏ったニュース」に触れてしまう機会が多くなっている。ただでさえ多文化の人々に囲まれた状態で生活しているユーザーが、地域の事件に関連したヘイトスピーチの悪影響を受ける可能性は不安視されて当然だろう。その一方で、あえてポジティブに考えるなら、日々マイノリティに接している人々の「ヘイトスピーチやプロパガンダに対する反発力」を見せつけられる可能性も残されている。

今回の調査は、あくまでも「2024年の1月から8月までに行われたオンラインのヘイトスピーチ」を対象として行われている。様々な分野において米国と極めて緊密な関係にあるカナダのヘイトスピーチが、第二次トランプ政権の始まった2025年以降、どのように変化していくのかは注目されるところだ。

Monitoring Online Hate Speech in British Columbia
https://www.isdglobal.org/wp-content/uploads/2025/01/Monitoring-online-hate-speech-in-British-Columbia.pdf

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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