「テック・オリガルヒ」の背後の見えない権力

2025年1月20日、ドナルド・トランプ(Donald Trump)が米国の第47代大統領に就いた就任宣誓式で、象徴的な光景が見られた。メタCEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)、アップルCEOのティム・クック(Tim Cook)、グーグルCEOのスンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)というビッグテックのリーダーが一堂に会し、閣僚候補たちを差し置いて前の席に陣取ったのである。
彼ら4人に、トランプ政権誕生に尽力したテスラCEOにしてXのオーナーであるイーロン・マスク(Elon Musk)も加えた「テック・オリガルヒ(Tech Oligarch)」を揶揄する声が、メディアやSNS上にあふれ返った。寡頭政治を意味するギリシア語由来の「オリガルヒ」は、政権と密接な関係を築いて急速に台頭したロシアの新興財閥の呼び名として浸透しているが、今や米国のテクノロジー企業のエリートたちに用いられるようになった。前大統領のジョー・バイデン(Joe Biden)の退任演説は、「ごく一部の超富裕層に権力が危険なほど集中しており、それが民主主義を脅かしている」と、寡頭政治が形成されつつある状況を公然と批判する異例のものだった。
EU(欧州連合)諸国もさっそく身構えた。トランプの就任式から一夜明けた1月21日、欧州議会本会議でEUのデジタルサービス法(DSA)運用について議論が行われ、特にリベラル系会派の「欧州緑グループ・欧州自由連盟」は、「テック・オリガルヒによる専横」を強く牽制した。欧州議会の議員たちは、SNSにおける偽情報対応や人工知能(AI)規制問題などで、ビッグテックへの規制緩和を迫る米国の圧力に対し、報復措置をおそれて欧州委員会が及び腰になることへの懸念を強めている。
シリコンバレーにはトランプ支持者やマスクの人脈に連なる者も多かったが、ザッカーバーグやベゾスは、第一次トランプ政権以降、冷淡な態度を取り続けてきた。一方、トランプの側でも敵視してきた(ことに、2021年の米連邦議会議事堂襲撃事件で、トランプのSNSアカウントを停止したザッカーバーグに対して)。
その風景が今や一変して、トランプへの寄付者の名簿にテック・オリガルヒが名を連ねている。トランプの「ファースト・バディ」を自称し、政権入りしたマスクは、トランプ当選のために少なくとも2億5千万ドルを費やした。彼らは何を「買った」のか。法廷闘争や関税の回避、規制緩和の果実、未開拓の巨大なビジネスの鉱脈だ。
ことに民主党のバイデン政権時代に各種の規制に苦しめられた暗号資産(仮想通貨)業界は、モノポリーの「脱獄カード」を手に入れるため、湯水のごとく金を注ぎ込んだ。大手テック企業を多数生み出した「PayPalマフィア」の一員で、ベンチャーキャピタリストのデービッド・サックス(David Sacks)は、首尾よく第二次トランプ政権の「AI・暗号資産担当長官」に指名され、トランプは就任から間もない1月23日に、暗号資産の利用を促進する大統領令に署名している。
テクノロジー企業は、軍事産業との関係も深めている。巨額の防衛予算を旧世代の防衛事業者に独占させておく手はないのだ。シリコンバレーの投資家は、アンドゥリルやパランティア・テクノロジーズのような新興の防衛テックに熱心に投資し、マスクの率いるスペースXは、スターリンク通信衛星群を利用した防衛用衛星通信ネットワーク「スターシールド」で、米軍と契約している。軍事分野のAIゴールドラッシュや民間委託の加速は、GAFAMや数多くのスタートアップ企業を潤すことになる。
私たちは、政権と産業とが公然と結託する腐敗のショーを見物させられているようにも思える。とはいえ、ビッグテックの首領たちをそのまま現代の権力の顔と見なす考え方は、あまりに素朴にすぎるのかもしれない。
ジョアン・ウェステンバーグ(Joan Westenberg)は、テック・オリガルヒが誇示しているように見える権力は、表層的なものでしかないと警鐘を鳴らす。ビッグテックの権力の本質は、不可視のシステムにこそあるのだと。以下、ウェステンバーグの論を追っていこう。
かつて権力は分かりやすく目に見えるものだった。古代ローマの元老院は公僕を装ったりすることなく、富と力を誇っていた。中世の封建領主たちは城の中から、民衆に貢納を要求した。
それが産業革命の時期から、権力は目に見えないものへと移行を始める。権力は貴族たちの手を離れ、鉄道、電信、金融ネットワークといった新たに登場した産業インフラの支配者が握るものとなった。ロスチャイルド家の真の力の源泉は、貨幣の山にではなく、現代的な債権市場や国際金融システムを創造し、制御したことにあった。
現代は、その進化がひとつの極に達した時代である。オリガルヒであるためには、物理的な財を所有するのではなく、物事を動かすシステムを支配することが肝要だ。金融インフラにおける支払いシステム、デジタルインフラにおけるクラウドサービス、データインフラにおける信用評価モデルである。社会インフラを成立させ稼働させるシステムと不可分な現代の権力は、3つの特徴的なメカニズムを持っている。
(1)複雑さによる防御
提供するサービスを、規制したり置き換えたりできないほど必須かつ複雑にすることで、その権力を維持する。バグではなく、あえて複雑になるように設計されているのだ。
(2)依存性の罠
規模の経済を利用して使用者の依存性を循環的に強化する。コンピュータのOSを例にとれば、Windowsの利用者が多くなるほど、ソフトウェアの開発が促され、より便利になって価値が高まる。この自己強化システムは、契約書よりも強制力を持つ。
(3)複雑さによる規制の取り込み
前時代の権力は、規制当局に取り入り、腐敗させることに力を注いだ。しかし現代のオリガルヒにはその必要がない。何しろ規制する側もそのシステムの複雑さを理解できないため、結局は業界内部の者に協力を仰がざるを得ないためだ。
真の権力は、すでに他の場所に、それと気づかれずに移行している。目に見えるプラットフォームから、目に見えないプロトコルへ。公的インフラから私的インフラへ。個別企業から業界標準へ。個人崇拝からシステム依存へ。
この観点からすると、時代の寵児であるかのごとく映るビッグテックのリーダーたちは、実は過渡期のオリガルヒの在りようであることが分かる。ベゾスはAWSを現代のインターネットのバックボーンに成長させた。ザッカーバーグは歴史上で最大のデータ収集インフラを構築した。マスクは垂直統合型の製造システムと衛星ネットワークを作り上げた。彼らは現代社会が依存しているインフラを握り、その不可視のシステムの威力も理解しているが、その振る舞いが世界の注目を集める可視性そのものが、彼らの権力の不安定さ、脆弱性に結びつくのだ。
未来の権力は、さらに匿名的なインフラとして進化していくだろう。それはより退屈で、より複雑で、より目立たないものになっていくだろう。究極の権力は、人々を「何ができるか」ではなく、「何を想像できるか」という点で制御する。
現代社会で民主主義と平等性について考えていくには、まず自分たちが参加しているゲームがいかに不正操作されているかを認識するところから出発する必要がある。この記事が書かれ、流通し、読まれる環境が、他ならぬビッグテックが提供する端末や通信インフラ、SNSのプラットフォームの上に成立している以上、誰もその事実と無関係ではいられないはずだ。