偽・誤情報対策の失敗から予見できたアメリカの変化 ウクライナからの知見

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当研究所が進めているウクライナサイバー当局への取材結果から見えてきたのは、その国の国内向けの対策の状況によってその後社会がどうなるか予測できるということだった。国内向けの対策は社会の健全性を図るバロメーターとなっているのだ。

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代表的な失敗例となったアメリカ

たとえばアメリカを見てみよう。アメリカでは国内向けの対策はほとんどといってよいほど行ってこなかった。コロナ禍以降、台頭してきた陰謀論や白人至上主義などの反主流派の動きに対応できておらず、その動きを拡大、加速する国内のアドネットワーク業者やプラットフォームへの規制も進んでいなかった。さらに選挙の際は各陣営がビッグテックと組んで自ら国内向けの偽・誤情報を流し、デジタル影響工作を実施していた。
反主流派が共通して主張しているのは、反移民、反LGBTQ+、反エリート、メディア不信、反中絶、環境問題の否定などである。反主流派は共和党支持者や政治家と重なることも多い。そのためトランプ再選の前から共和党と反主流派のバッシングによって偽・誤情報対策は大きく後退し、図書館でのLGBTQ+に関する書籍の排斥、反中絶運動なども起きていた。2022年以降、この傾向は顕著になり、2023年には時流を読んだビッグテックは規制をゆるめだした。
一般的な偽・誤情報やデジタル対策では、こうした国内問題への対応は含まれない。しかし、偽・誤情報やデジタル影響工作で狙われる弱点である以上、それを解決しなければしつように攻撃を受けることになる。それだけでなく、そもそも外国から見ても問題だとわかるくらい顕在化している問題なのだ。解決しなければ、国内の状況が悪化するに決まっている。国内対策を行っていない国は、すでに社会が健全な状態ではなく、さらに悪化する可能性が高い状態なのだと言えそうだ。アメリカはそのよい例である。トランプはそれをわかりやすく具現化しただけで、トランプが現れなくてもああなってしまうのは時間の問題だった可能性が高い。

アメリカとEUに遅れを取っていたことが幸いした日本

海外からの干渉を受けた時に、対症療法的な対策を行っている国は多いが、並行して国内向けの対策を実施している国は民主主義国ではわずかだ。EUの多くの国もそうだ。その結果、極右や陰謀論の台頭を許してしまっている。
日本の官公庁の多くはアメリカとEUを参考にしていることが多い。悪いことに、対策の効果には文化による違いがあるうえ、ほとんどの対策はきちんと効果検証されていない。くわえて言うなら、アメリカは失敗したと言ってよい状態に陥っており、EUもほどなく失敗する可能性が高い。昨日、本サイトで公開した記事はDSAが機能していないという調査結果についてのものだったし、試金石となるドイツの研究者へのXのデータ提供の期限はもう目前にせまっているが、データが提供される気配はない。
幸か不幸か日本はアメリカやEUに比べて対策が遅れている。失敗した/しそうな対策を同じタイミングで行っていなかった幸運を生かして、国内向けの対策を盛り込んだ対策を考えてみてもよさそうなものだ。

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
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