「偽」を識別しても「真」を受容できない懐疑心の蔓延を示す論文

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偽のニュースだけでなく信頼すべきニュースまでも拒否

おそらく一部の関係者が待ち望んでいたニュースの真偽判断についての過去の資料のシステマティックレビューとメタアナリシス論文が公開された。「Spotting false news and doubting true news: a systematic review and meta-analysis of news judgements」(Pfänder, J., Altay, S. 、nature human behaviour 2025)は、67の公開された実験結果(195のサンプル、参加人数194,438、40カ国、34% は米国のみ、54%はヨーロッパ、6%がアジア、その他)を分析したものだ。実験参加者は2,167件のニュースの真偽判定を行っていた。

その結果、下記のことがわかった。

1.参加者は偽のニュースを識別する能力を持っていた。
2.実験参加者は偽のニュースを偽と判断する方が、真のニュースを真と判断するよりも多かった。つまり参加者はニュースに対して懐疑的であり、偽の識別の方が得意だった。
3.
このことはコミュニティノートのようなクラウド型の取り組みの可能性を示唆している。
4.参加者は真のニュースを真と判断するよりも、偽のニュースを真と判断する方が多かった。「2.」の結果と合わせると、参加者は過度に懐疑的で信頼すべきものを信頼できていないことを示す。
5.
ニュース全体では真のニュースの方がはるかに多いことと、すでに偽のニュースの識別能力があるから考えると、偽のニュースを識別する能力の向上と合わせて真のニュースを受容する能力を高めなければならない。

過大な報道や注意喚起によるパーセプション・ハッキングの可能性

この論文はある意味、パーセプション・ハッキングの成功を示しているとも言える。意図していたかどうかは別として、偽・誤情報の流布やデジタル影響工作が行われていることを知った人々が情報に過度に不信感を抱くようになるように仕向けることをパーセプション・ハッキングと呼び、過大な報道や注意喚起を警戒主義と呼ぶ。この論文では、ニュースの偽を選ぶ識別の正確さに比べて、真の識別能力が劣っていることをニュースに懐疑的になっていると指摘している。これはパーセプション・ハッキングに陥っている可能性が疑われる。

根拠のない主張を繰り返していた一部の関係者には猛省を促したい

一部の関係者は、「偽・誤情報に多くの人が騙される」という根拠のない主張を繰り返し、偽・誤情報への注意喚起を行い、さらには、「民主主義への脅威」と情報への不信感と猜疑心を煽っていた。実際には多くの人は偽・誤情報に騙されたりしないし、拡散したりもしない。騙される人や拡散する人もいるが、多数ではない。偽・誤情報の話題でよく引き合いに出される能登半島地震がよい例だ。また、昨年イギリスのサウスポートで発生した暴動でも同様の誤認に基づく報道や政府発表があった。

社会に情報やニュースに対する過度の不信感、猜疑心が蔓延した背景には、こうした根拠のない主張を行う関係者の影響がある。信頼の醸成を伴わない警戒主義は逆効果になる。カナダウクライナの成功は国内の信頼を醸成していた点が今後の対策の参考になりそうだ。

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
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