トランプは言葉を殺す 米政府機関から消える言葉

The New York Timesは2025年3月7日、「These Words Are Disappearing in the New Trump Administration(トランプ新政権で消えつつある言葉)」と題された記事を掲載した。この記事は、トランプ政権下の米国政府機関が制限、あるいは回避するようフラグ付けした数百の単語やフレーズを紹介したものだ。
These Words Are Disappearing in the New Trump Administration
https://www.nytimes.com/interactive/2025/03/07/us/trump-federal-agencies-websites-words-dei.html
オーウェルの「1984年」を彷彿させる衝撃的な話題なので、すでに閲覧済みの方も多いだろう。しかし記事のタイトルとリストだけを見ると「さすがにおかしいのでは」と戸惑うかもしれない。たとえば「LGBTQ」「feminism」「inclusive」「Gulf of Mexico」などといった言葉はいかにもトランプ政権が嫌いそうだと納得できる一方で、「women」「Black」「identity」「status」などといった、あまりに一般的すぎる単語も含まれているからだ。
同誌によると、このリストは政府のメモや政府機関による公式/非公式のガイダンス、およびニューヨークタイムズの記者が閲覧した他の文書を元に作成されている。一部の政府機関は、これらの単語を一般向けのウェブサイトから削除するよう命じたり、これらの単語が使われそうな資料そのもの(学校のカリキュラムなど)の削除を命じたりしていたという。また、大統領令にそぐわない助成金の提案などを「審査対象」として自動的にフラグ付けするために使用された単語も含まれている。
つまり、政府機関が今後「women」や「Black」などの一切の使用を控えるよう命じたのではない。すでに存在している文書から特定の単語を削除した、あるいは特定の単語に関わる文書そのものを削除した、もしくは「大統領令に逆らうもの」の炙り出しに単語を利用したということになる(もちろん「だったら安心ですね」という話ではない。そっちのほうが大問題だと考える人もいるだろう)。
数千回におよぶウェブサイトの変更
The New York Timesは、このリストが「おそらく不完全」だと明記している。同誌の記者が全ての政府機関の文書やメモを確認できたわけではなく、また政府による指示の一部は曖昧だったからだ。また「どのような大統領政権も、自らの政策を反映するために、公的なコミュニケーションで使われる言葉を変更する。それは政権の権限の範囲内で、ウェブページの修正や削除も同様だ」とも記している。
とはいえ、これらの単語やフレーズがトランプ政権にとって「国民の頭から消したい概念」の傾向を如実に示したものであり、その反映が過激に、かつ急速に進んでいることに疑いの余地はないだろう。現政権下でのウェブページの修正や削除が、すでに数千回行われてきたことを同誌は確認しており、また以下のようにも記している。
「今回の分析には、合計5000ページを超える変更の検索結果が含まれているが、連邦政府のウェブプレゼンス全体を網羅したわけではない。また比較したページは2月初旬にキャプチャされたものであるため、当時から現在までの間、さらに多くの変更が加えられた可能性がある」
注目すべき実例
具体的にはどのような削除が行われたのだろうか。この記事には、注目すべき実例がいくつか挙げられている。その中から興味ぶかいものを二つ紹介したい。せっかくなので現在のウェブサイト、およびarchive.orgで確認することができたアーカイブへのリンクも掲載しよう。
・ストーンウォール国定史跡
米国立公園局のウェブサイトに記された「ストーンウォール国定史跡」の説明文からは、トランスジェンダーとクィアの存在が消された。
旧表記
『1960年代以前は、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、あるいはクィア(LGBTQ+)として公然と生きることの、ほぼすべてが違法だった。1969年6月28日のストーンウォール蜂起は、LGBTQ+の公民権を求める画期的な出来事で、その運動に弾みを与えた』
新表記
『1960年代以前は、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル(LGB)として公然と生きることの、ほぼすべてが違法だった。1969年6月28日のストーンウォール蜂起は、LGBの公民権を求める画期的な出来事で、その運動に弾みを与えた』
オバマ大統領下の米国が2016年に指定したストーンウォール国定史跡は、LGBTQコミュニティへの敬意を表したものなので、史跡の説明から「性的マイノリティの存在」を完全に消し去ることは不可能となる。トランプ政権としては現在のところ、その説明について「LGBまでは許容する」と判断したようだ。
(今後、この史跡の説明が丸ごと削除される可能性、あるいはひょっとすると史跡ごと消される可能性もありそうだが)
Stonewall National Monument (U.S. National Park Service)
https://www.nps.gov/ston/index.htm
2025年2月1日のアーカイブ
https://web.archive.org/web/20250201015707/https://www.nps.gov/ston/index.htm
・ヘッドスタートプログラム
米保健福祉省のヘッドスタートプログラムのウェブサイトに記された「従業員全員の健康サポート」のページでは、COVID-19の影響と課題の説明が大胆に削除され、極めて一般的でシンプルな(あまり内容のない)文章に変更された。
旧表記
『昨年はヘッドスタートの労働力に重大な課題がもたらされた。COVID-19のパンデミックはリソース不足のコミュニティにさまざまな影響を及ぼしており、そこにはヘッドスタートプログラムの対象となる多くのコミュニティも含まれた。人種的な不平等に注目が集まる米国では、長年の社会的な不平等に対処できる大規模な改革が求められ、それは保健福祉省とヘッドスタートの従業員にとって特に重要な懸念事項だった。すべてのスタッフがCOVID-19の影響を受けてきた。そしてヘッドスタートの指導員の60%はアフリカ系、先住民、有色人種であり、30%の母国語は英語ではない。そのため保健福祉省では、ヘッドスタートの全従業員に対する総合的なサポートを含めた健康文化に取り組んでいる』
新表記
『昨年はヘッドスタートの労働力に重大な課題がもたらされた。すべてのスタッフがCOVID-19の影響を受けてきた。そのため保健福祉省では、ヘッドスタートの全従業員に対する総合的なサポートを含めた健康文化に取り組んでいる』
https://headstart.gov/policy/im/acf-im-hs-21-05?redirect=eclkc
2025年1月22日のアーカイブ
https://web.archive.org/web/20250122073920/https://headstart.gov/policy/im/acf-im-hs-21-05?redirect=eclkc
ニューヨークタイムズの当記事では取り上げられていないが、先日ここで紹介した米国土安全保障省のポリシーマニュアルの話題も、「特定の単語が削除された実例」の一例として数えることができるだろう。
「LGBTQへの盗聴はフリー トランプ時代の米国土安全保障省」
https://inods.co.jp/news/5510/
リスト化された単語やフレーズの傾向
この記事でリスト化された言葉は、やはりDEIに直結した単語が多い。たとえば「ダイバーシティ」「インクルーシヴ」「エクイティ」といった概念そのもの、あるいはLGBTQやBIPOC(黒人・先住民・有色人種)といった特定のグループを示す言葉などだ。これらはトランプが掲げてきた「DEI路線からの脱却」をダイレクトに反映している。
そしてセクシャリティに関連した言葉も目立つ。LGBTQのようなジェンダーアイデンティティ関連だけでなく、「女性(women, female)」「性別(sex)」「chestfeed people(母乳で育てる人々)」などが文書から削除された例もある。
また社会的な不平等を問題視する文脈で使われがちな言葉も多い。たとえば「人種差別(racism)」 「差別(discrimination)」「ヘイトスピーチ」「(人種・性別などに基づいた)隔離や特権待遇(segregation)」「無意識の偏見(unconscious bias)」「不平等/格差(disparity)」「特権(privilege)」「機会均等(equal opportunity)」などだ。
もっと具体的で分かりやすい「トランプ政権が否定したがるもの」もある。たとえば「climate crisis(気候危機)」「climate science(気候科学)」「clean energy(クリーンエネルギー)」「環境基準(environmental quality)」、そして「メキシコ湾(Gulf of Mexico)」などは、その典型だろう。
ともあれ、これらの単語は政府機関の文書で「完全に禁句となった」わけではない。また、これまでの削除命令もケースバイケースで、一部の指示は曖昧だったことが説明されている。しかし政府機関のみならず、公共のサービスや報道機関などが今後「ケチをつけられたくないから」「目をつけられたくないから」という理由で、これらの言葉を(あるいは言葉が示す概念について取り上げることを)自主的に避けてしまう可能性はあるだろう。もしも、そのような萎縮こそがまさしくトランプ政権の狙いだったとするなら、これらの言語の削除が公に報じられたことは、むしろ大歓迎ということにもなりかねない。
一方、今回のThe New York Timesの報道に触れて「1984年」を読み返したくなった人も多いはずだ。「言葉が奪われれば、それが示すものについて市民は思考できなくなる」という恐怖を再確認するには、とても良い機会なのかもしれない。