日本人は権威主義ナラティブを受け入れやすいという研究

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すでにニュースなどで取り上げられているので、ご覧になった方も多いと思う。早稲田大学政治経済学術院の小林哲郎、神戸大学大学院法学研究科の周源、Koç University, Graduate School of Social Sciences and Humanitiesの関颯太、大阪大学大学院人間科学研究科の三浦麻子らによる論文、「Autocracies win the minds of the democratic public: how Japanese citizens are persuaded by illiberal narratives propagated by authoritarian regimes」は、日本人が中露の権威主義的ナラティブを受け入れやすいことを明らかにしている。

目次

調査研究の概要

くわしい日本語での概要はこちらで、論文本編はこちらにある。
18~79歳の日本人成人男女3,270人を対象に、12のトピックスについて非自由主義的ナラティブと自由主義的ナラティブを提示し、その態度の変容を、ナラティブの出所=情報源(中国当局など)がある場合と、ない場合に分けて調査した。
先行調査の9つの項目を調査対象者の権威主義的傾向を測定している。
12のトピックスおよび、権威主義的傾向を測定する9つの項目の具体的な内容は、Supplemental materialで確認できる。

・中露という権威主義国家の非自由主義的なナラティブは、民主主義国の主流ナラティブよりも強い説得効果を持つ傾向があった。

・日本人は、全体的に非自由主義的ナラティブに影響される傾向があった。この傾向は調査対象者の権威主義的傾向、陰謀論信念、政治的知識の程度とは関係なかった。

・民主主義的ナラティブと非自由主義的ナラティブの両方を併せて提示すると説得効果は相殺されたが、民主主義的ナラティブの後に非自由主義的ナラティブを提示すると、非自由主義的ナラティブの影響が残った。

日本人は非自由主義的ナラティブに影響を受ける可能性があることを示している。

この研究の重要性

論文本編および日本語での概要にも書いてあるが、この分野の先行調査研究の多くには、日本で参照するには課題が多い。まず、ほとんどの調査研究は欧米、特にアメリカで行われているため、日本にあてはまるかは不明である。次に多くの調査研究は「発信側の研究」となっている。たとえばロシアがどのようなナラティブをどのような方法でどんなグループに拡散したかというものだ。
最近ではSNSモニタリングツールを導入したメディアが、中国やロシアのナラティブや偽・誤情報の拡散を分析し、公開することも増えてきた。こうしたものは中露などの発信者が行っている活動の調査研究であり、受け手=防御側についての調査研究ではない。メディアにとっては便利なニュース製造機となっている。仮にまったく影響のなかったナラティブでも、影響がなかったことは調査しないので行われた攻撃だけでニュースが成立するし、昨今注目を集めている分野なのでそれなりに注目される可能性がある。問題は「ニュースになるくらいだから影響があったのだろう」という誤解を広げてしまうことだ。ミスリードと言っても過言ではないだろう。
日本の官公庁はすでにさまざまな偽・誤情報やナラティブ対策を打ち出しているが、本来はこうした実態の調査研究を先に行うべきだ。今回の調査研究は、日本で行われた受信者側を調査する研究であることがとても貴重である。また、得られた知見も日本独自の課題である可能性もあって、今後のさらなる調査研究が期待される。

たとえば、権威主義的傾向を測定する9つの項目には、「In a group, harmony should be valued, and conflicts should be avoided」など、日本人だと肯定しそうなものがいくつかあった。こうした傾向は日本独自の脆弱性につながるのかもしれない(調査結果では権威主義的傾向の影響はないとなっていたが、もともと権威主義的傾向が強かったらそれはそれで問題)。
あるいは民主主義を標榜する国の中にも権威主義的傾向を持つ者が増加しており、アメリカのように国内の分断や混乱につながっているので、日本に限らないのかもしれない(それが確認できれば対策の共有化も可能かもしれない)。
また、論文では、民主主義国では、まず自由主義的意見に日常的に触れることが多いと論文では指摘しているが、ここは検証が必要そうな気がする。前掲の権威主義的傾向を測定する9つの項目のいくつかで権威主義的傾向を日常的に主張する日本人は決して少なくないし、主流派の発信するニュースを見ないでSNSに流れてくる情報を窃取している多い。たとえばスマートニュース・メディア価値観全国調査2023によると、新聞への接触は限定的である。

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
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