偽・誤情報対策にコペルニクス的転回をもたらす可能性のある論文

Damian HodelとJevin D. Westによる論文「Disagreement as a way to study misinformation and its effects」(Harvard Kennedy School Misinformation Review1 March 2025, Volume 6, Issue 2、 https://doi.org/10.37016/mr-2020-174 )は偽・誤情報対策のコペルニクス的転回をもたらす論文、のように感じた。筆者がそう感じたのは、この問題について関わってきたからなので、あまり関わってこなかった人は「当たり前のことを言ってるだけでは?」と反応するかもしれない。
偽・誤情報の影響とは意見の不一致によるものだった
専門家や一般の人々は偽・誤情報は社会の基盤を壊しかねない大きな問題につながる可能性があると考えている。政治家は折に触れて、「偽・誤情報は民主主義に対する脅威」と発言する。その一方でいまだに偽・誤情報の明確な定義はかたまっておらず、有効な対策はおろか実態の把握すらまっとうに行われていない。
この論文の冒頭の要約にあるこの一文がコペルニクス的転回のすべてを物語っている。
「Disagreement is necessary for misinformation effects, but misinformation is not」
(意見の不一致は偽・誤情報の影響には必須だが、偽・誤情報そのものはなくても影響は発生する)
たとえば、昨年イギリスで移民排斥の暴動が起きた。「移民が少女を襲った」というデマが発端になったのだが、「移民が少女を襲った」が真実であったとしても移民排斥の暴動はやってはならないことだ。これが、この論文で言う「Disagreement is necessary for misinformation effects, but misinformation is not」ということだ。
コロナ禍におけるワクチン接種について考えてみると、偽・誤情報以外のさまざまな要因も関わっており、偽・誤情報だけに焦点をあてていては全体像がつかめない。その一方で意見の不一致は、規範的要因や社会的要因など全ての要因にかかわってくる広い概念である。
また、偽・誤情報は複雑であり、主観的であり、その発生、進化、緩和を考えるのは難しい。意見の不一致による影響は偽・誤情報の影響を含むものであり、いまだに定義すら共有できていない偽・誤情報よりも扱いが容易である。さらに前述のように局所的な偽・誤情報に焦点を当てるよりも全体を把握し、対策するには意見の不一致の方が適している。
論文の本編には偽・誤情報と意見の不一致についての図解もあるので興味ある方はご一読いただきたい。
このアプローチにより偽・誤情報の影響の分析や対策が容易になる
実際に、この論文ではいとも簡単に意見の不一致を統計的に分析し、2006年以降、意見の不一致が増加していることを指摘いる。その妥当性はともかくとして、偽・誤情報に関わるデータを時系列で取ることも難しいし(定義、測定方法等とにかく大変)、分析も大変である。その影響の測定にいたってはさらに難しいというか、あまり見たことがない。せいぜい、認識や意見が変わったのを本人へのアンケートなどで確認するくらいだ。しかし、意見の不一致はいくらでもやりようがある。
ちなみに諸説あるが、2006年は民主主義のピークとなった年で、そこから衰退が始まっていたとも言われている。
筆者はこれまで、偽・誤情報は排除すべきではない、偽・誤情報問題とされている事件の本質が誤りではないこともある、といった指摘をしてきたが、このフレームワークにあてはめれば、「意見の不一致によって問題が起きる場合があり、偽・誤情報はその要因のひとつになることもあるが、必要条件ではない。偽・誤情報が含まれていた場合は他の要因によって引き起こされた事件も偽・誤情報が主たる原因として調査されることも多い」ということになる。
関係者必読の論文だと思う。もやもやしていた課題の多くが氷解する。