トランプの国への入国ガイド 各国が警告・勧告

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移民の在留資格取り消しや強制送還を急速に進めている第二期トランプ政権の米国では、一般の旅行客に対する入国審査も大いに強化されている。とりわけ外国人敵対法の発動以降は、渡航者の「性指向や政治的な見解」を理由に入国を拒否されたと思わしきケースも報告されており、カナダやイギリスなど複数の国では米国への渡航について警告や勧告を発している。

その流れに合わせて現在、「SNSでトランプ政権への批判を投稿したことのある渡航者は米国への入国を拒否される(あるいは拘束/逮捕される)」といった噂が飛び交っている。これらの噂には、ところどころ真実の混ざったデマのような情報も見受けられるため信憑性の見定めが難しい。

もう少し待てば、あえて徹底的にトランプ大統領を酷評してから米国への入国を試み、撮影禁止の入国審査ゲートで実況を行うような動画配信者が現れるのかもしれない。しかし「大国の権威と対峙する勇敢な炎上系YouTuber」など待ち望んでも守株待兎に終わりそうなので、とりあえずは現時点で分かっていることだけを報告させていただきたい。

目次

誰が標的になるのか

現在、「米国の国境で厳しい審査の対象になる」と噂されているのは、主に以下のような人々だ。

1.トランスジェンダーやノンバイナリーの旅行客
2.トランプ政権の政策に批判的な国から渡航した旅行客
3.トランプ政権の政策に批判的な思想を持った個人の旅行客

1.これらの中で「トランスジェンダーやノンバイナリーの旅行客」については、すでに噂や可能性の話ではなく、現実的な受難者と断言してよいだろう。トランプ大統領は2025年1月20日、パスポートやビザなどの公式書類に「出生時の性別」のみの記載を義務付けると発表した。これにより、いま所持しているパスポートの性別表記が出生時と異なる旅行者には、入国拒否のリスクが生じている。

Trump’s passport gender policy change brought uncertainty for applicants _ AP News
https://apnews.com/article/trump-order-transgender-nonbinary-passport-dd7d25350afea024c0a9de1011174e2c

2.次は「トランプ政権に批判的な国」だが、その代表例としてカナダが挙げられるだろう。これまで米国とカナダは非常に友好的な関係だったが、「カナダは米国の51番目の州になるべきだ」というトランプの提案以降、急激に関係が悪化している。カナダのパスポートを持った旅行客が国境で厳しい審査を受けた、あるいは拘束や国外退去の処分を受けたという複数の例が報告されており、現在カナダ政府は米国への渡航に関して注意を呼びかけている(この点については後に詳述する)。

3.最後に、お待ちかねの「トランプ政権の政策に批判的な個人」だ。これについても複数の事例が話題になっているが、具体的に何を基準として「批判的な個人」と判断されたのかは曖昧なものも多い。また、それらの一部は「入国を拒否された理由はいくつか考えられるが、最大の理由はトランプに批判的な活動をしていたせいではないかと疑われているいるケース」であるため、ひょっとすると本人の思い込みに基づいた主張が含まれているかもしれない。

一方で、空港での入国審査の際、電子機器から発見された発言に「トランプ政権の批判」が存在していたことが原因となり、入国を拒否されたケースも報告されている。そして「空港などの入国港で、ビザ保持者のメッセージやソーシャルメディアアカウントの監視が強化されている」という報告もある。

Border Patrol Checking US Visitors’ Phones, Social Media_ Is It Legal_ – Newsweek
https://www.newsweek.com/border-patrol-checking-phones-social-media-messages-us-immigration-2048147

この「3」は少々ややこしいので、次項で詳しく説明したい。

実際に入国拒否や拘束をされた「反トランプ」の渡航者たち

「外国人敵対法の発動以降、実際に入国審査での受難を経験した反トランプ派の渡航者」として報道され、話題になったのは主に以下の事例だ。

・ヒューストンで開催中のカンファレンスに参加するため渡米したフランス国籍の研究者(または科学者。報道によって表記の違いがある)が、入国審査の際に個人所有の携帯電話を検査され、同僚や友人とのやりとりの中に「トランプ政権の科学研究費削減を批判する内容の私的なメッセージ」が発見されたため、入国を拒否された。

Scientist Banned From Entering US Over Opinions About Trump—Minister – Newsweek
https://www.newsweek.com/french-scientist-banned-us-entry-messages-trump-2047549

・ロサンゼルス公演のために渡米した英国のパンクバンド「UK Subs」のメンバー3名(ベーシストAlvin Gibbs、ギタリストMarc Carrey、ドラマーStefan Häublein)が、ロサンゼルス空港で25時間拘束されたのち英国へ強制送還された。Alvin Gibbsによると、空港に到着した彼らは「二つの理由で尋問を受けることになる。そのうち一つはビザの間違いだ」と空港で説明されたのだが、もう一つの理由は語られなかったという。
UK Subsは政治的な発言が多いことでも知られるバンドで、これまで公然とトランプ政権を批判してきた。(なおボーカルのCharlie Harperだけは入国を許可されたため、代理メンバーの助けにより、公演は予定どおりに行われた)

Members of British punk rock band UK Subs denied entry into the US _ US immigration _ The Guardian
https://www.theguardian.com/us-news/2025/mar/21/uk-subs-band-detained-deported

・入国審査で拘束されたドイツ国籍の2人の旅行客(29歳、25歳)は、それぞれ2週間と6週間の拘留ののちドイツへ強制送還された。そのうち1人は「8日間を独房で過ごした」と主張している。彼女たちは合法的に入国しようとしていたが、「海外で米国の政策を批判するデモに参加したこと」に関連して拘束されたという可能性が疑われている。

Trump’s Deportation Agenda Expands to Legal Immigrants and Tourists – The New York Times
https://www.nytimes.com/2025/03/21/us/politics/trump-immigration-visa-crackdown.html

・米ブラウン大学に勤務していた34歳のレバノン出身の医師が、ボストンのローガン国際空港で拘束されたのちレバノンに強制送還された。彼女はレバノンを訪問した際、ハサン・ナスララ(ヒズボラの指導者)の葬儀に参加しており、職員が彼女の携帯電話を検査したところ、「削除したファイルの中から」ハサン・ナスララの写真や動画が発見されたという。彼女は「政治的に支持しているわけではなく、宗教的な理由で画像や動画を保存していた」「葬儀への参加も宗教的な教えに基づいたものだった」と主張している。
(この例は「トランプ政権の批判」とは少々異なるが、類似する例として紹介した)

Rasha Alawieh_ What we know about a Rhode Island doctor and professor who was deported to Lebanon _ CNN
https://www.cnn.com/2025/03/18/us/rasha-alawieh-brown-university-wwk/index.html

これらのうち、とりわけ気になるのは、やはりフランスの研究者の事例だろう。このケースではビザなどの公式書類の問題が何ら報告されておらず、また渡航の直前に何らかの政治的な活動をしていたわけでもない。ただ知人との対話の中で、トランプ政権の政策に対する批判をしたというだけの理由で「トランプへの敵意を持った危険な旅行客」と見なされた。これは国境における政治的な思考統制そのものではないのか、と考える人は多いはずだ。

彼の事例では「入国審査での携帯電話の検査(昨今ではしばしば行われると指摘されてきた)」が、個人的なメッセージ内容確認にまで及んでいたことも話題となった。しかし、それよりも衝撃的なのは、レバノン出身の医師のケースだろう。彼女の場合「いまナスララの写真や動画を携帯電話に保存したまま米国に戻ると、危険な思想を持った外国人だと見なされかねない」と判断し、わざわざファイルを削除してから入国しようとした。しかし国境で拘束された彼女は、すでに削除したファイルまで掘り起こされてしまった。このような状況では、かえって「なぜ隠そうとしたのだ?」と詰め寄られかねない。

一方「SNSでトランプ政権を批判すると入国を拒否される」という噂について言えば、当記事の執筆時点で、それを断言できる実例は報告されていないようだ。強いて言うなら、フランスの研究者が知人に送っていた「個人的なメッセージ」が、何らかのソーシャルメディアのプラットフォームを介していた可能性はあるが、それについて報告している報道を見つけることはできなかった。

各国の発した警告・勧告

こうした事例が続々と報告される中、複数の国の政府機関や議員たちは、自国市民の渡航希望者に向けて警告を発している。

・ドイツ
ドイツの外務省が更新した最新のガイドラインは、「ESTA、または米国ビザを利用した入国は必ずしも保証されるものではなく、最終決定権は米国の国境管理にある」「たとえ軽微な違反でも強制送還、あるいは今後の米国への入国禁止につながる可能性がある」と警告しており、入国時には書類を入念に確認すること、ドイツへの帰国を証明できるものを持参することなどを勧めている。

USA_Vereinigte Staaten_ Reise- und Sicherheitshinweise – Auswärtiges Amt
https://www.auswaertiges-amt.de/de/reiseundsicherheit/usavereinigtestaatensicherheit-201382

UPIの報道によると、ドイツ外務省は2025年3月19日にガイドラインを更新した際、「さらに厳格化したトランプ米大統領の移民政策により、渡航者が拘束されたり、国外追放されたりする可能性がある」とドイツ国民に警告を発したが、その警告内容は公式のガイドラインには反映されなかったようだ。

Germany warns citizens traveling to U.S. after 3 nationals detained – UPI.com
https://www.upi.com/Top_News/World-News/2025/03/19/Germany-foreign-ministry-travel/9601742398245/

・英国
英国の外務省も2025年3月19日、海外渡航ガイダンスにおける入国ガイドの「米国」のページを更新し、「ビザ、その他の入国条件をすべて遵守しなければならない。米国当局は入国規則を厳格に設定し、施行している。規則に違反した場合、逮捕または拘留される可能性がある」と記した。

Britain beefs up travel warnings over US border enforcement _ Reuters
https://www.reuters.com/world/uk/britain-beefs-up-travel-warnings-over-us-border-enforcement-2025-03-20/

ロイターの報道によると、今回の更新が行われる前の同項目には「米国当局は入国規則を設定、施行している」とだけ記載されていたという。つまり警告が新たに書き足されただけではなく、元の文章には「厳格に」という表現もなかった。

Entry requirements – USA travel advice – GOV.UK
https://www.gov.uk/foreign-travel-advice/usa/entry-requirements

・フィンランド、デンマーク
フィンランドは2025年3月14日に渡航ガイダンスを更新し、「パスポートに記載されている現在の性別が出生時に確認された性別と異なる場合、米国当局は入国を拒否する可能性がある」と警告した。

そしてデンマーク政府も2025年3月20日、パスポートの性別が「X(男女で区別しない)」と記されている市民、あるいは性別を変更した市民に対して「米国へ渡航する前に在英コペンハーゲンの米大使館に連絡し、アドバイスを受けること」を勧告した。ちなみにデンマークの法律では、パスポートの性別欄に「X」を記すことが法律で認められている。

Denmark tells transgender citizens to get advice before US trips _ Reuters
https://www.reuters.com/world/europe/denmark-tells-transgender-citizens-get-advice-before-us-trips-2025-03-21/

・カナダ
そして米国入国審査でのトラブルが相次いで報告されているカナダでも、2025年3月21日にようやく米国への渡航ガイダンスのページが更新された。
(「第二次トランプ政権発足後、まだ入国拒否が一人も報告されていないデンマーク」よりもガイダンスの更新が遅かったことについては、お国柄とはいえ少々のんびりしすぎではないかと思われるのだが)

今回の更新では入国/出国要件の項目に「30日以上米国に滞在する外国人の登録に関する新しい要件」の情報が追加された。ここでは「登録要件を遵守しない場合、罰金や軽犯罪の起訴につながる可能性があること」「米国の国境管理当局は、カナダでの居住、雇用、教育関係の証明、あるいは米国滞在のための充分な資金の証明など、追加情報を求める可能性もあること」が指摘されている。しかし現在のところ、四段階で表示される渡航のリスクレベルは変更されておらず、米国は最も安全な渡航先のひとつという扱いのままである。

Travel advice and advisories for United States (USA)
https://travel.gc.ca/destinations/united-states

カナダでは、カナダ市民の旅行者が米国の入国審査で恣意的な対応を受けたという報告がいくつか伝えられてきた。これらの一部は信憑性が定かではないが、カナダ人の元女優Jasmine Mooneyは、自身がメキシコから米国に入国しようとした後、ICEによって12日間拘束され、暖房のない独房に何日も鎖で繋がれたたことを詳細に報告した。ちなみに現在の彼女はアメリカ大陸を縦断したビジネスを行っている。

I’m the Canadian who was detained by Ice for two weeks. It felt like I had been kidnapped _ US immigration _ The Guardian
https://www.theguardian.com/us-news/2025/mar/19/canadian-detained-us-immigration-jasmine-mooney

こうした中、New Democratic Partyの議員Charlie Angusは、カナダ市民に対し「すべての不必要な米国旅行を避けよ」という直球の警告を行った。Angusは自身のブログにも「カナダ市民への警告;トランプの国には行くな」というタイトルの記事を投稿しており、その中で次のように記している。

「まるで全体主義の悪夢のようだ。民主主義国家では想像できない。しかし、これがトランプのアメリカの現実である」

MY WARNING TO CANADIANS_ DO NOT TRAVEL TO TRUMP LAND
https://charlieangus.substack.com/p/my-warning-to-canadians-do-not-travel

最後に(渡米の計画がある方へ)

トランプは大統領選の選挙活動中から外国人に対するヘイト発言で支持を集めており、就任前にも「史上最大の強制送還作戦」を約束していた。その政権下にある現在の米国で、一般の旅行客に対する入国審査も強化されたのは当然の結果だろう。

ひとりの個人旅行客が渡米する際のリスクは、その人のバックグラウンドによって異なるため一概には言えない。しかし少なくとも「現在の米国は以前と同じ感覚で渡航できる国ではない」と考えるなら、念のために夏休みの渡航先を変更するのは賢明かもしれない。今後、このような取り締まりはさらに強化される可能性がある。特に集中的な入国審査の強化が予想される時期(たとえばLGBTQ+の大きなイベント、そしてサイバーセキュリティやハッキング関連の大きなカンファレンスなどの開催時期)の渡航は避けたほうが無難ではないかと考えられる(※)。

「いや、自分はイベントのパフォーマーなので行かないわけにはいきません」「私はプレゼンターなのでリスクを承知で参加します」という人もいるだろう。そういった方々は、まず全ての書類に不備がないことを従来よりも念入りに確認するのと同時に、スマートフォンやタブレットを含めた電子機器の中に「まずいもの」が残されていないかを確認したほうが良いだろう。渡航者の端末は予告なく取り上げられて検査される可能性があること、そして画像を単純に削除するだけでは不十分だということは、レバノン出身の医師のケースで示されたとおりだ。

「ソーシャルメディアで散々トランプをおちょくるような画像を投稿してきたが、入国前にアプリごと削除して、渡航後にダウンロードしなおせばいい」と考えた人もいるだろう。その場合、自身がESTAを申請した際に入力を要求された「ソーシャルメディアのアカウント」を正直に申告したかどうかは確認しておいたほうがいいかもしれない。「あなたはXのアカウントを持っているはずなのに、スマホにXのアイコンがないのはなぜだ?」と尋ねられる可能性も考えられるからだ。

そして最後に、トランスジェンダーやノンバイナリーの方々に対しては「米国旅行中のリスクは入国審査だけではない」ということをお伝えしたい。現在の米国ではLGBTQ+、特にトランスジェンダーに対する憎悪が急速に高まっているため、ヘイトクライムに巻き込まれる可能性がある。特に一部の州では、トランスジェンダーの人々がトイレなどを利用する際、あるいは医療などの公共サービスを必要とする際、なんらかの不便や嫌がらせを経験させられるかもしれない。そういった地域ではアジア人への差別も色濃くなる傾向があるため、リスクは倍増するだろう。できることなら渡航先の変更をお勧めしたい。その際には同じ北米ということで、カナダも検討に加えていただけないだろうか。カナダのLGBTQ+カルチャーはまだまだ元気だ。その現場で「米国旅行をやめてこっちに来ました」と自己紹介すれば、反米感情が渦巻いている現在のカナダ市民からは熱烈な歓待を受けることになるかもしれない。

※それならば2028年のロサンゼルス五輪の観戦はどうなんだ、と思われる方がいるかもしれない。いまから考えても無駄だろう。3年後の米国がどんなことになっているのか、誰にも予想できるわけがない。

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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