ユーロポールが指摘する重大組織犯罪とハイブリッド脅威の融合

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ユーロポール(欧州刑事警察機構)が公開した最新のEU Serious and Organised Crime Threat Assessment (EU-SOCTA)2025、「The changing DNA of serious and organised crime」は、犯罪ネットワークとハイブリッド脅威の融合が進んでいることを示している。

目次

組織犯罪と国家によるハイブリッド脅威

ロシアや中国といった国が、組織犯罪をハイブリッド脅威に組み込んで利用していることはよく知られているが、今回のEU-SOCTAは広範囲にわたる実態を整理したものとなっている。最初にEU-SOCTAは3の重要なポイントをあげている。

1.重大な組織犯罪は国家を2つの側面で不安定にしている
重大な組織犯罪は違法な収益、暴力、腐敗を常態化し、経済、法の支配、社会への信頼を低下させる。そして、これらは国外のハイブリッド脅威者の目的と一致している。

2.日常生活のインフラであるネットは組織犯罪の温床となった
日常生活で必要なさまざまな機能がネットで実現されているため、ネットが組織犯罪の重要な活動の場となった。

3.AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングなどの新技術によって犯罪は進化している
新技術は犯罪の触媒となって速度を速め、到達範囲を広げ、洗練度を上げている。

そのうえで、国家と犯罪ネットワークの互助関係は金銭的なものに留まらず、対象範囲が広がっていると指摘する。国家は犯罪組織と相互の利益のためにリソース、知識、保護を活用している。

国家にとって犯罪ネットワークは、正体を隠して相手国にハイブリッド脅威をしかけられるツールとなっている。その代表例がランサムウェアである。金銭的な収益だけでなく、データの入手、サービスの停止による混乱と混乱がもたらす不信感といった効果がある。さらに実行そのものは犯罪組織が行うため、否認可能性(deniability)が高い。
偽・誤情報の拡散や政権に影響を与える作戦も相手国を脆弱にするために有効である。
違法薬物や違法移民も金銭的な収益とハイブリッド脅威の両方を狙うことができる。
経済制裁などさまざまな制裁を犯罪ネットワークを介して回避することもある。
それぞれの影響は限定されていても、繰り返し広い範囲で行うことで相手国の政権や社会を弱体化することができる。

今回のレポートでは、サイバー犯罪の産業化やAIのサイバー犯罪への利用などを解説しているので、これらを概観することができる。2020年代になってからサイバー犯罪のビジネス化などの言葉でよく言われるようになったが、その変化は2012年には本格化しており、サイバーセキュリティ・ジャーナリストのブライアン・クレブスがその誕生を描いたドキュメント「Spam Nation: The Inside Story of Organized Cybercrime—from Global Epidemic to Your Front Door」を世に出したのは2014年だった。そもそも国際なサイバー犯罪はその始まりからビジネスであり、国家と癒着していた。Spam Nationによれば、違法薬物販売のカスタマーサポートはていねいかつ迅速に顧客のクレームに対応していたという。サイバー組織犯罪が社会的に脅威として認知されるまでのタイムラグは10年くらいあったことになる。

今回のレポートの見所

・分野別の解説
ここまで書いたようなことは前述のようなこのサイトをご覧いただいている読者にはとっくにご存じだと思うのだが、今回のレポートでは個々のサイバー犯罪と国家のハイブリッド脅威の融合の事例を分野ごとに紹介してくれているのが見所と言える。
マネーロンダリング 巨額の資金の移動は犯罪組織とならずもの国家双方の課題で、互助が大いに効果的だ。
合法的なビジネス(LBS) 犯罪ネットワークには宅配業者など合法的なビジネスも含まれる。
汚職 汚職は昔から続いているが汚職ブローカーの登場によって、犯罪サービス化(Crime as a service)している。
暴力・武器密売 組織自らが暴力を使うだけではない。ネットを使って世界中のあらゆる場所でリクルートして暴力を行使することができるようになった。いわば「Violence-as-a-service」で日本で話題となった闇バイトもそのひとつだ。若年層がリクルートされ、利用されていることが指摘されている。

・ヨーロッパの現状
サイバー攻撃、オンライン詐欺、EUおよび加盟国の財政的利益に反する不正行為、制裁回避、犯罪組織とテロの結びつきなどが広がっている。

・犯罪ネットワーク
特定の犯罪のみを扱う専門化が進んでおり、対等なパートナーとして他の専門組織と連携することが増えている。

結論

犯罪ネットワークが国家のハイブリッド脅威と結びつくことで、深刻な脅威として広がっていることを指摘し、安全保障上の問題となっている。

権威主義国家は自由にさまざまな非国家アクターを利用することができる。2006年にロシアで世界初の国際的サイバー犯罪組織が誕生したのは偶然ではなく必然だった。あれから20年経ったが、いまだに民主主義国はその対抗策を用意できないどころか、それらの犯罪が拡大、増殖するのを許している。多くの政治家や識者はこれを民主主義の脆弱性あるいは国民が騙されやすく愚かであるためとしている。しかし、騙されやすく愚かなのは政治家や識者なのである

レポートには取り上げられていなかったが、こうした実態は報道の仕方によって、社会の不安定化を加速する可能性があるし、偽・誤情報も報道によってリーチを広げ、パーセプション・ハッキングなどの効果が広がる可能性がある。先日、ご紹介したカナダの報告書ではこうした可能性が現実に問題となっていたことが指摘されている。20年間この問題にまともに取り組んでこなかった報道機関はむしろこれらの効果をあげるためのツールとして利用されてきたことを認識すべき時期に来ている。

このへんのお話しも4月2日のウェビナーでもとりあげると思います。
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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
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