複数のプラットフォームで「分身」を続ける「ドッペルゲンガー」

デジタルフォレンジック・リサーチラボ(DFRLab)のヴァレンティン・シャトレ(Valentin Châtelet)らは、ロシアのデジタル影響工作「ドッペルゲンガー(Doppelganger)」や「オペレーション・アンダーカット(Operation Undercut)」の直近の動向に関する調査レポートを公開した。
Cross-platform, multilingual Russian operations promote pro-Kremlin content
https://dfrlab.org/2025/02/26/cross-platform-multilingual-russian-operations-promote-pro-kremlin-content/
「ドッペルゲンガー」は、世評高いメディアになりすましてフェイク記事を拡散する、ロシアで最も活発な偽情報ネットワークの1つとして知られる。「オペレーション・アンダーカット」は、AI編集された動画や画像、既存メディアのスクリーンショットなどの転用で、ドッペルゲンガーと同様に、ロシアに都合の良い偽情報を流通させている。これらの作戦は、Social Design Agency (SDA)といったロシアの企業や組織によって実施されているものと見られる。DFRLabのレポートによれば、ロシアの偽情報作戦は、9種類の言語と4つのプラットフォームを操って、ウクライナやヨーロッパ、米国を攻撃するコンテンツを展開した。
Xに現れたドッペルゲンガーの3タイプ
DFRLab は、2024年12月12日から2025年2月12日までの間にXのデータを収集し、ドッペルゲンガー作戦が、フランス語、ドイツ語、ポーランド語、英語、ヘブライ語で行われた履歴を確認した。また、トルコ語、ポーランド語、ウクライナ語、ロシア語のコンテンツも散見された。ドッペルゲンガーの投稿には、(1)キャプション付きの画像が4枚ある投稿、(2)ドッペルゲンガーのWebサイトにリダイレクトするリンクを設置した投稿、(3)動画またはインフォグラフィックが 1枚ある投稿の3つのタイプが確認された。
(1)4 枚の画像を含む投稿
同じスタイルの4枚の画像が添付され、キャプションに補足的な説明が付けられているのが特徴。拡散のためにボットアカウントが使用されており、一定の周期に従って投稿されている。例えば2024年12月11日には、米国とバイデン政権がイスラエルを見捨てたと非難する英語のメッセージが投稿され、この主張を詳しく説明するヘブライ語のテキストが掲載された画像が添えられていた。
(2)リダイレクトリンク付きの投稿
ニュースWebサイトを偽装したリダイレクトリンクを添付している。さらに、ボットアカウントが、これらの投稿を通常ユーザーの投稿への返信に使用して、偽情報を拡散する。例えば2025年1月23日、ハマスとイスラエル政府との停戦合意が発効した直後、イスラエル側を装った偽のアカウントが停戦に疑問を投げかけ、Walla Newsを模倣したウェブサイト上の捏造記事へのリンクを共有し、1,000回以上のリポストと約8,000回の閲覧を獲得した。
(3)単発の画像または動画を含む投稿
3番目のタイプは、1つの動画または画像が添付されている投稿だ。動画は、戦争の映像、ヨーロッパの指導者、加工された過去の映像のコラージュなどのパターンが多い。ほとんどの動画には、AI が生成したナレーションと字幕が付けられている。OpenAI が明らかにしたところでは、ロシアのデジタル影響工作用のアカウントは、同社のツールを使用して、複数の言語で偽情報コンテンツを自動生成している。
※なお2025年2月21日の時点で、キャプション付きの画像が4枚ある投稿に関連付けられたアカウントの95%、動画またはインフォグラフィックが1枚ある投稿に関連付けられたアカウントの73%が、Xによって停止されている。そのほとんどがボットアカウントである
9gag、ABPV、TikTokにも「進出」
ドッペルゲンガー作戦の動画コンテンツは、さらに複数のプラットフォームに拡大を見せている。Recorded Futureでは早くから、ドッペルゲンガーの活動が9gagやAmerica’s Best Pics Videos(ABPV)に広がったことが指摘されていた。
最近では、TikTokが主戦場に加わっている。DFRLabは今回の調査で、TikTok上で24のアカウントを特定したが、2025年2月24日の時点では2つのアカウントを残すのみだった。プロフィールやコメントも、粗雑な偽装が目立つものだった。TikTokで何百万回と視聴された動画は、AI生成のナレーションやコンテンツのマスキングを利用して検出をかいくぐり、9gagやABPVにも登場した。
9gag、ABPV、TikTokでは、Xで確認されたコンテンツと同じものがボットアカウントによって投稿されているのが頻繁に見つかるが、Xにおけるアカウント投稿とは異なる動きになるように計算されていると思われる。
「パーセプション・ハッキング」が仕掛ける陥穽
2024年にMetaは第2四半期の脅威レポートを公開した際、ドッペルゲンガーがパーセプション・ハッキング(Perception Hacking)である可能性について指摘している。
パーセプション・ハッキングは、その影響工作が暴かれることで、ターゲットの国民に、あらゆる情報に対する警戒心や不信感を植え付ける手法だ。つまり、偽情報作戦で直接にだますことのできた人びとの数が乏しくても、作戦の存在が広く周知されることで、「大きな影響力を持った偽情報があふれている」と人びとが認識を変容させ、情報そのものへの信頼を失うようなことがあれば、それだけで偽情報の発信元にとっては大きな成果になるというわけだ。
パーセプション・ハッキングを仕掛ける側にとって、作戦が露見することは織り込み済みであり、むしろそれがいかに派手に暴露され、注目を集めるかが重要なのである。ドッペルゲンガーが「世界でもっとも調査されたデジタル影響工作」とも評されるゆえんだ。
2024年9月に、ドッペルゲンガーの実行部隊であるSDAの内部文書が暴露されることが相次ぎ、Foreign Affairsに興味深い分析記事も掲載された。
それによると、SDAはドッペルゲンガーなどの事例の成功をアピールし、新たな契約と予算増を獲得するために、独特の効果測定手法を用いた。シンプルにSNSでの拡散数を指標にするとインパクトのある数字にならないため、「ターゲット国の政府、メディア、SNSプラットフォーム、シンクタンクなどの注目度」を、自分たちの達成した成果として強調したのである。SDAは、ドッペルゲンガーなどの企みを「見つけられる」ことによって、「西側諸国はこのプロジェクトについて憂慮している」と報告し、キャンペーンの継続につなげられたというわけだ。
ここにデジタル影響工作についてのレポートや報道の難しさがある。ドッペルゲンガーなどの偽情報について、危険性や影響力ばかりを強調し、その実態(多くの偽情報用アカウントはすぐに検知され、失効させられる)についての補足を欠いたレポートや報道は、過剰反応を引き起こすリスクがある。注意喚起や啓発を行おうとして、結果的にドッペルゲンガーの目論見に加担してしまうことになりかねないのだ。ことに、日本における報道はまだ、効果のない作戦であっても(耳目を集めることを優先して)大々的に扱うような次元にとどまりがちである。
偽情報・デジタル影響工作・認知戦が第2ステージに移行し、中国・ロシア・イランなどの手法はすでに欧米の対処パターンを取り込んで進化したものになっている現在、情報の送り手にも受け手にも、数値やプラットフォームに関する情報に必要以上に振り回されず、その実際の影響範囲を冷静に見定める判断力が問われている。2020年の米国大統領選挙の結果に対してパーセプション・ハッキングの手法で異を唱えたドナルド・トランプ(Donald John Trump)が大統領に返り咲き、Metaの脅威チームの弱体化なども懸念される状況下にあっては、なおのことである。