米厚生長官関与の団体が、麻疹死亡を医療ミスとする主張を拡散

麻疹による死亡例が10年ぶりに報告された米国では現在、反ワクチン派の活動家たちが「その患者の死因は麻疹ではなかった」という主張を拡散している。ここまでは、どこの国でも非常にありがちな話だが、現在の米国においては深刻な問題だと言ってよいだろう。なにしろ米厚生長官のロバート・ケネディ・ジュニアによって設立された反ワクチン団体が「患者の死因は麻疹ではなく医療ミスだった」と主張する動画をX(旧Twitter)に投稿しており、それはすでに数百万回の閲覧数を記録しているからだ。
はじめに・背景の確認
・ケネディ厚生長官の起用
名門ケネディ家出身の弁護士であり、さまざまな陰謀論の提唱者でもあるロバート・F・ケネディ・ジュニアは、無所属で2024年の米大統領選に出馬した「第三の候補者」だった。しかし彼は2024年8月に選挙活動から離脱してトランプを支持する立場に回った。そして2024年11月、次期大統領に当選したトランプは、自身が大統領に就任する前から「ケネディを厚生長官に起用する」と発表していた。
関連記事:陰謀論者かつ名門出身で知られるケネディ・ジュニアが大統領になったら政府の機密文書を公開すると発言
https://inods.co.jp/news/3022/
ケネディ・ジュニアといえば反ワクチンの活動家として有名だが、他にも「Wi-Fiが脳障害を引き起こす」「飲料水に含まれるフッ化物でIQが低下する」「AIDSはHIVの感染ではなく環境毒素や吸入薬物が原因」などの主張を繰り返してきた人物である。そのため彼の起用は「米国の公衆衛生における最悪のシナリオ」とまで呼ばれ、医療保護委員会や野党両方の議員からも厳しい批判の声が上がった。しかし2025年2月に行われた米上院の投票により(賛成52、反対48)、ケネディの厚生長官就任が承認された。ちなみにケネディは上院の承認手続きが行われる直前に「私は反ワクチン派ではない」と発言している。
・米国と麻疹(2025年4月1日現在)
そんな米国では現在、麻疹の流行が急速に深刻化している。2025年に全米で確認された感染者数は500件を超え、この3か月だけで2024年の全体数(285件)を大幅に上回った。特に深刻なのはテキサス州で、同州の感染者数は全米の7割以上を占めている。
これまで麻疹の感染者の死亡が確認されたのは2名、テキサス州の6歳児とニューメキシコ州の成人で、いずれもワクチンは接種していなかった。米国における幼稚園児のMMRワクチン(新三種混合ワクチン)の接種率は、2019/2020年度で95.2%だったが、2023/2024年度には92.7%まで減少している。そのため米疾病対策予防センター(以下CDC)は随時ウェブサイトを更新し、ワクチン接種のキャンペーンを強化している。
Map_ Track measles outbreak cases across the U.S(毎週火曜・金曜更新)
https://www.nbcnews.com/data-graphics/track-measles-outbreak-cases-us-map-rcna198932
Measles Outbreak Updates_ Over 420 Cases Reported In Texas
https://www.forbes.com/sites/antoniopequenoiv/2025/04/01/measles-outbreak-more-than-420-cases-in-texas-as-colorado-reports-first-infection-since-2023/
Measles Cases and Outbreaks _ Measles (Rubeola) _ CDC(毎週金曜更新)
https://www.cdc.gov/measles/data-research/index.html
反ワクチン団体が投稿した「少女の死因と現代医療の悲劇」
CDCは2025年2月下旬、テキサス州でワクチン未接種の6歳の少女が麻疹により死亡したことを報告した。これは米国において10年ぶりとなる「麻疹の死亡例」の報告だった。
A Texas child who was not vaccinated has died of measles, a first for the US in a decade _ AP News
https://apnews.com/article/measles-outbreak-west-texas-death-rfk-41adc66641e4a56ce2b2677480031ab9
しかし翌月の3月19日、「少女は麻疹で死亡したのではない」と断言する動画がX(旧Twitter)に投稿された。それを投稿したのはケネディ厚生長官が2018年に設立した反ワクチン団体「Children’s Health Defense(以下CHD)」の公式アカウントだった(※)。
この動画は、ピエール・コリー(COVID-19の治療の特効薬として、イベルメクチンを強く推奨したことで知られている救急医)がカメラに向かって雄弁に語りかける内容となっている。コリーは「医療記録を分析した結果、少女の死因は麻疹ではなく肺炎だったことが分かった。しかも本当の原因は肺炎ではなく、肺炎の治療における医療ミスだった。完全に不適切な抗生物質の投与が原因だ」と主張している。
CHDは自身のウェブサイト「CHD.TV」で、19分以上のオンライン対談の動画を配信している。Xに投稿された動画は、この対談の中から、コリーが最も衝撃的な『事実』を語ったシーンを切り抜いたものだ。元の対談動画の中で、コリーは「誰しもワクチンを接種しなければならない、とメディアがバカ騒ぎをしているのが分かるだろう。(しかし)私はシンプルで率直で正しい医療を語りたい」と述べている。
この動画や投稿は現在も削除されておらず、CHDがXの投稿に埋め込んだコリーの動画は、当記事の執筆時点(2025年4月1日)で141万回以上再生されている。再生数の貢献を避けるため、ここでは直リンクを省略したい。
NewsGuardが観察した拡散とファクトチェック
・ナラティブの拡散
NewsGuard’s Reality Checkは2025年3月28日、この問題について「Anti-Vax Group Founded by RFK Jr. Denies that a Texas Child’s Death Was Really Due to Measles; Gets Millions of Views on X」という長いタイトルの記事を掲載した。
https://www.newsguardrealitycheck.com/p/anti-vax-group-founded-by-rfk-jr
その報告によると、問題のCHDの動画は「Natural News Network (健康関連の誤情報を扱うウェブサイト。信頼度スコア 5/100)」 や、「CountyLocalNews.com(AI生成のニュースサイト)」の記事などに引用されて拡散した。さらにXユーザーの「@VigilantFox」がXに投稿した引用動画は、1日で150万回の再生回数を記録した。
またRumbleで100万人のフォロワーを抱えているスティーブ・バノンのポッドキャスト番組「Bannon’s War Room」の2025年3月20日のエピソードや、140万人の登録者がいるYouTubeのポッドキャスト「The Jimmy Dore Show」3月21日のエピソードでも、コリーは同じ内容の主張を繰り返したという。
・NewsGuardによるファクトチェック
ケリーが「分析した」と主張している6歳の少女の医療記録について、CHDは「少女の遺族がCHDにシェアしたものだ」と説明している。NewsGuardはCHDに宛てて、この記録の公開についてコメントを求めるメールを送ったが、回答は得られていない。
一方、少女が治療を受けたテキサス州の小児病院は、NewsGuardに送った声明の中で「その映像には当病院で提供される治療について誤解を招く不正確な主張が含まれている。患者の守秘義務法により、このケースに直接関連した情報を提供することはできない」と回答した。
NewsGuardによれば、同病院は声明文の中で「肺炎は麻疹の『よく知られる合併症』だ」とも述べている。またCDCのウェブサイトにも「麻疹に感染した子どもの20人に1人が肺炎になっており、これは児童の麻疹による死亡原因として最も多い」と明記されている。つまり麻疹に感染した子供が最終的に肺炎で死亡したとしても、それは何ら不自然ではないということになる。
現在のケネディ厚生長官と、彼を取り巻く環境
就任当初のケネディ長官は、麻疹の感染状況を軽視していた。2025年2月26日、彼はテキサス州の麻疹の流行について「患者が入院しているのは主に隔離のためだ」「麻疹の流行は毎年発生している」「珍しいことではない(not unusual)」などと語っていた。これに対して公衆衛生の専門家たちは「深刻な状況を理解できていない、感染の拡大に繋がる発言だ」と批判し、また複数のメディアは「患者たちが実際には隔離のためではなく治療のために入院している」ということを指摘していた。
それらの指摘や批判を受けとめたのか、あるいは3月の感染数の急増により考えを変えたのか、ケネディ長官は先の発言の数日後から、米国の麻疹を「深刻な事態」「最優先課題」と表現しはじめており、麻疹のワクチン接種についても「ワクチンは(接種した)個々の子どもを麻疹から守るだけでなく、地域社会の免疫に貢献し、さらに医学的な理由でワクチンを接種できない人々も守るものだ」と発言した。つまり、一応はワクチンの接種を推奨する方向に転じている。ただし「接種の決定ついては、このまま個人が選択できるようにすべき」という点は強調し、「ワクチンによる被害の実数は、報告されているより多いかもしれない」とも示唆している。
まだ事態の深刻さを受け止めていない呑気な発言だという批判も数多く聞かれる一方で、「有名な反ワクチン派の活動家が短い期間で大きく信念を曲げた」と考える向きもある。この調子なら、じきにケネディ厚生長官の口から、一人ひとりの国民にワクチンの摂取を強く求めるような発言が聞けるのではないかと考える人もいるだろう。なにしろ彼は、もともと民主党員だ。2024年の大統領選では民主党内の候補指名争いに敗れたあと、第三の候補者として無所属で出馬し、そこからトランプの支持に一転したことで、トランプ政権の要職に就いたものと考えられている。明日からラディカルなほどのワクチン推奨派に転身したとしても、さほど不思議ではないように思われる。
しかし、それは少々楽観的すぎる考えかもしれない。少なくとも公衆衛生の専門家たちは、彼に愛想をつかさないまま付き合えるほど気の長い人ばかりではなかったようだ。
CDCの広報責任者だったケビン・グリフィスは2025年3月28日、トランプ政権下における情報発信の制限(たとえば専門家による研究発表の機会の縮小)やケネディの厚生長官就任などを理由として、すでに自身が辞任したことを発表した。辞任の決定的な理由についてインタビューで尋ねられた彼は、「ケネディ長官が誤った情報を何度も発信しつづけている中、自分が職務を果たすことに耐えられなかった」と述べている。
‘It’s a completely different world’_ Ex-CDC comms director on the future of public health messaging _ PR Week
https://www.prweek.com/article/1912032/its-completely-different-world-ex-cdc-comms-director-future-public-health-messaging
(グリフィスが「以前とは完全に違う世界だ」と語るインタビューの内容は読みごたえがあるので、興味のある方にはぜひ読んでいただきたい)
さらに米食品医薬品局(FDA)のワクチン部門の最高責任者ピーター・マークス博士も、同日の3月28日に辞任を表明した(2025年4月5日付けで正式辞任となる)。博士は「ケネディ厚生長官が予防接種の安全性に関する嘘や誤情報を広めようとしていること」「ケネディ厚生長官と彼の支持者が、科学的事実に対する前例のない攻撃を進めていること」に強く抗議している。
Exclusive _ FDA’s Top Vaccine Official Forced Out – WSJ
https://www.wsj.com/politics/top-vaccine-official-out-at-fda-f39a5a16
「CHDが制作した動画」を二人が見たのかどうかは分からないが、もしも見ていたなら、あるいは動画が数百万回に渡って再生されているのを確認していたなら、それは自らの辞任を決断するきっかけのひとつにはなってしまったのかもしれない。
そして、ケネディ長官の熱烈な支持者たちにとって、二人の専門家の辞任は朗報に聞こえただろう。最近のケネディ長官の及び腰な態度に不満を抱いていたはずの彼らは、「真実を語る長官が、米国の要職から嘘つきを追い出すことに成功したニュース」を聞いて、さぞかし喜んだのではないだろうか。
※Children’s Health Defenseは自身のサイトに「設立者はケネディ」と記しているが、同団体の前身「World Mercury Project」は2007年にEric Gladenが設立しているため、厳密に言えばChildren’s Health Defenseの設立者にあたるのはGladenだと考える人もいる。ちなみにGladenは反ワクチン運動の初期における有名人の一人。