米国税関・国境警備局(CBP)が使う2つのAI

米国税関・国境警備局(CBP)は2025年4月、同局におけるAIツールの使用に関する最新情報を更新した。このページは2025年1月に作られて以降、たびたび更新されている。
United States Customs and Border Protection – AI Use Cases _ Homeland Security
https://www.dhs.gov/ai/use-case-inventory/cbp
国境警備におけるAIツールの導入は、警備の効率化や治安維持の強化が期待できる反面、プライバシーの侵害をはじめとしたさまざまなリスクが指摘される。
それらのツールの中でも、膨大なオンラインのオープンソースデータをリアルタイムで収集し、分析できるAIツールは特に話題となっている。なにしろ第二次トランプ政権では、「ソーシャルメディアやブログでトランプ政権に好ましくない態度を示した渡航者が、米国への入国を拒否(あるいは拘束、監禁)される可能性はあるのか」という問題について、技術的/倫理的/政治的な視点から盛んに議論されてきたからだ。
過去記事
・トランプの国への入国ガイド 各国が警告・勧告
https://inods.co.jp/topics/5724/
・司法の枠を越えた監視技術 米当局が利用するClearview AI
https://inods.co.jp/topics/5991/
しかしCBPが公開している情報は、そんな議論を冷笑するものかもしれない。「渡航者のオシント用ツールなら導入済みですし、別に隠すつもりもありませんが、それがどうかしましたか?」と言わんばかりの内容である。そして米国市民権・移民サービス局(USCIS)は2025年4月9日、「反ユダヤ主義の観点から、外国人のソーシャルメディア活動のスクリーニングを開始する」と大々的に発表した。
DHS to Begin Screening Aliens’ Social Media Activity for Antisemitism _ USCIS
https://www.uscis.gov/newsroom/news-releases/dhs-to-begin-screening-aliens-social-media-activity-for-antisemitism
※混乱を防ぐために記すと、米国市民権・移民業務局(USCIS)と米国税関・国境警備局(CBP)はいずれも米合衆国国土安全保障省(DHS)の一部門である。
本稿では、発表されているリストの中でも特に話題となった二つのAIツールと、その問題点について説明したい。
二つのAIツールの概要
●Fivecast ONYX
オーストラリアのFivecast社が提供する「Fivecast ONYX」は、膨大なオープンソースの情報をほぼリアルタイムで収集、分析できるツールだ。Fivecast社のウェブサイトによれば、数百万の多種多様なデータソース(各種ソーシャルメディア、画像や動画、人物や企業のデータベース、ダークウェブ、漏洩データなどを含む)を横断的に検索し、その内容を整理して分析を容易にする。そこにAIやMLによるリスク評価の能力やデジタルフットプリント解析の能力を組み合わせることで、特定した人物を人物に評価できるという。同社曰く「検索開始まで3クリック」「結果の表示まで15秒」という手軽さだ。
・Fivecast ONYX – Fivecast
https://www.fivecast.com/product-overview/fivecast-onyx/
・Fivecast-Discovery-Solution-Brief_Final(PDF)
https://www.fourinc.com/uploads/docs/Fivecast-Discovery-Solution-Brief_Final.pdf
その導入について、CBPは以下のように説明している。
・Fivecastはソーシャルメディアユーザー間のつながりの強さを分析し、対象のプロファイルからメディア情報やアクティビティ情報を収集する。また個人名、電話番号、年齢、メールアドレス、位置情報を用いたユーザー名やプロファイルの識別も可能とする
・人物、場所、物に関するソーシャルメディアプラットフォーム全体の情報に加え、表層ウェブ、深層ウェブ、ダークウェブに蓄積された一般情報の収集をも容易にし、状況認識に役立てることができる
・潜在的なリスクを検知し、新たな傾向を監視し、人身売買や密輸、テロといった違法行為に関与する個人/組織/ネットワーク間のつながりの解明を目指すことができる
平たく言えば、あらゆるタイプのオープンソースの情報を一斉に収集し、それを紐づけすることで渡航者をプロファイリングし、分析し、その人物のリスクを自動的に評価するという一連の動作を、わずかな時間で一挙にこなせるツール、ということになるだろう。
ただし今回のCBPの発表によると、Fivecast ONYXは「現在、使用されていない」と記されている。この件については後に詳述したい。
Dataminr
米国の企業「Dataminr」が提供しているAI警告システムのプラットフォームも、Fivecast ONYXと同様、膨大な量の公開情報からリアルタイムで情報を抽出する。同社のウェブサイトによれば「LLMとマルチモーダル基盤モデルの力を活用したDataminrのAIプラットフォームは、予測AI、生成AI、再生AI における AIイノベーションの最前線にあり」、「約100万のユニークな公開データソースから得られる数十億件の公開データの入力に対し、毎日数兆回の計算を実行して」「リスクや脅威の最も初期の兆候を検出」しているという。
Regenerative AIを導入したDataminrのサービスは、特にソーシャルメディアの監視能力に優れたものと考えられているため、「リアルタイムの出来事の把握(たとえば自然災害や感染症など)」に強いと定評があり、政府機関だけでなく一般企業や報道機関にも利用されている。ちなみに日本でも、NECネッツエスアイが2022年にリセラー契約を締結している。
そのDataminrの導入について、CBPは以下のように説明している。
・国家安全保障、国境での暴力、CBPの施設や職員の安全、および米国と他国間の空路、海路、陸路の移動などのCBP関連のトピックに関する潜在的な脅威について警告を提供する
・安全性または人権への影響はない。このAIツールによる出力は公開されている情報をまとめて認識するものであり、Dataminrが提示した情報から直接的な判断や行動が行われることはない。顔認識や顔画像のキャプチャは行わない
今回のCBPの発表によると、Dataminrの導入状況は「導入前」(調達中および/または開発段階)であるという。
懸念される点
これらのツールのCBPによる利用は、国境警備や治安維持を効率化できると考えられている反面、いくつかの大きな懸念がある。
●AI依存のリスク
たとえばAIの能力に頼りすぎることへのリスクだ。AIは突拍子もない嘘をまことしやかに語ってしまうため、慎重さが重要とされる国境警備の場で、瞬時に自動生成された「でっちあげの結果」に基づいた審査が行われることを不安視する声はあるだろう。またAIは「AとBの関係を示せ」と問われれば、どうにか結果を出すために何らかの繋がりを無理やり見出そうとする傾向もある。それを狙って恣意的な操作が行われた場合、CBPの利用するツールはどのように反応するのか。
FivecastやDataminrの精度や性能をむやみに疑う必要はないのかもしれない。しかしAIは間違えることがある。そして操作する側の人間が「この渡航者に難癖をつけたい」と願った場合、それが非常に恐ろしいツールになる可能性は否定できないだろう。
●プライバシーのリスク
もちろんプライバシーや倫理上の課題も無視できない。上記の二つのツールは、いずれもソーシャルメディアを重要な情報源のひとつとしている。特にDataminrは「X(旧Twitter)の公式パートナー」であるため、Xの投稿への特別なアクセス権を持っており、世界中のユーザーによる投稿をリアルタイムで解析できる。このようなツールを当局が使えば、市民の個人情報やプライバシーに踏み込みすぎるのではないかという懸念がある。
実際のところDataminrは、これまで複数のデモを監視して米国の法執行機関に通知してきた。The Interceptの報道によれば、米連邦保安局は2022年、全米各地で行われていた「中絶の権利を支持するデモ」をDataminrで監視した。このときDataminrはデモの主催者や参加者、さらに傍観者がSNSに投稿した書き込みを検出し、開催の正確な日時、場所、参加者の数、進行状況などを米連邦保安局に通知していたという。
また2023年以降には、ロサンゼルス市警がDataminrを利用し、全米各地の「ガザ攻撃への抗議デモ」を同様に監視していた。ちなみに、このときはテイラー・スウィフトのファンによる全く無関係のツイートも「脅威」として通知されるなどの誤作動があったようだ。これらの他にも「Black Lives Matter」などの活動の監視にもDataminrが用いられたと報告されている。
https://theintercept.com/2023/05/15/abortion-surveillance-dataminr/
https://theintercept.com/2025/03/17/lapd-surveillance-gaza-palestine-protests-dataminr/
「寝ぼけたことを言うな。オシントとは元来そういうものだ。見られたくないものを投稿するほうが悪い」という考えもあるだろう。それはおそらく正論なのだが、いまソーシャルメディアを利用している一般のユーザーが、「AIツールによる自動解析やプロファイリングや監視に、自分の投稿内容が利用されること」まで想定したうえで書き込んでいるのかどうかは、甚だ疑問である。
●ノイズに惑わされるリスク
さらにソーシャルメディアはデマや偽情報/誤情報の温床にもなっており、また他愛のない誇張や嘘の体験談、未確認情報なども大量に投稿されている。そのノイズだらけの情報源から、AIが正確な情報だけを完全に選り分けることは不可能だ。特に、恣意的に流されたデマ(多くの場合、そういうものに限って大量に拡散される)に基づいた分析やリスク判定が行われたなら、その結果は惨憺たるものになるだろう。
●濫用のリスク
現在の米国では、反ユダヤ主義を疑われた人物やイスラエルを批判した人物が国外追放された、あるいは拘束されたなどのニュースが頻繁に流れている。現在のところCBPは「Dataminrが提示した情報から直接的な判断や行動が行われることはない」「人権への影響はない」と記しているが、それが今後も守られるのか、あるいは現時点でどこまで信用できるのかは疑問視されるところだ。
●表現を萎縮させるリスク
そして現時点では、「ソーシャルメディアユーザーの自主規制」が最もリアルで重大な脅威だろう。
「憲法で保護された合法的な政治活動や抗議活動(たとえばSNSで行われるハッシュタグ活動、あるいは街頭で行われる抗議デモ運動など)に関連したAIの解析情報が、法執行機関や当局者に渡っており、その解析結果は監視や捜査、あるいは入国の拒否や拘束などの理由に用いられるかもしれない」という状況は、それだけで市民に保障されている表現の自由や結社の自由を萎縮させるものだ。
米国へ渡航する世界中の市民、あるいは国外へ渡航したあと帰国する予定の米国市民は、「自分がソーシャルメディアに投稿した内容をDHSが確認し、反米的な人間であるかどうか判断する」と知らされていれば、社会的な話題の言及(とりわけトランプ政権にとって都合の悪い内容)を自然と避けようとするだろう。自分のリスクを判定をするのがAIであることを考慮するなら、ことさら「自動検出に引っかかりそうなキーワードや画像」を徹底的に避け、トランプ政権、政治、ガザやパレスチナやイスラエルなどの世界情勢に何の関心もない無害なユーザーになろうと努めるかもしれない。世界中のアカウントが猫やグルメやスポーツやゲームの話に明け暮れる傾向が生じれば、その時点で、すでにAIツールの導入は一部の成果をおさめている。
情報公開の真の目的?
トランプ政権下にある米国の政府機関は現在、反ユダヤ主義の観点から、外国人のソーシャルメディア活動のスクリーニングを開始すると明白に宣言しているが、そもそも反ユダヤ主義とは何なのかを明確には示していない。ソーシャルメディアに何を投稿すれば反ユダヤ主義と判定されるのかは誰もはっきりと分からないまま、「ガザの無差別爆撃を批判した学生が拘束された」などのニュースが頻繁に伝えられている。このような状況は「なんとなく怖いから書くのをやめておこう」と自粛させるのに最も都合が良いだろう。
CBPの「AIツールの利用状況」の情報公開では、すでに導入済みのツールや準備段階のツールに加えて「現在は使われていないツール」も記されている。先述のとおり、Fivecast ONYXもそのひとつだ。Fivecast ONYXについては、その機能や利用目的に関する長い説明の最後に「Deployment Status: Inactive (no longer used)」と明記されている。これについて調べてみると、DHSは2024年12月16日の時点で「Fivecast ONYXの利用を予算上の都合で中止する」と発表していた。
AI at DHS_ A Deep Dive into our Use Case Inventory _ Homeland Security
https://www.dhs.gov/archive/news/2024/12/16/ai-dhs-deep-dive-our-use-case-inventory
ともあれCBPは、2025年1月に作られた「AIユースケース」のページの一覧に、もはや使用されていないFivecast ONYXの名前を加え、「Facebook、Instagram、Telegram、Twitterなど、様々なソーシャルメディアプラットフォームに関するインサイトを提供する」という具体的な機能を記している。ひょっとすると、それは米国政府の監視の能力をあえて示し、「ビッグブラザーはあなたを見ている(ソーシャルメディアの投稿も見ている)」というメッセージを伝えるための開示なのかもしれない。