認識が2018年で止まっているVIGINUMとEEASの報告書

2025年3月19日に3回目となるヨーロッパ対外行動庁(European External Action Service, EEAS)のFIMIに関する報告書が公開され、2025年5月6日にはVIGINUMのSTORM-1516やIMSに関する報告書が公開された。どちらもこの領域のヨーロッパの調査報告書としては重要なものだ。ただ、「時代遅れ」の感は否めない。
EEASの「3rd EEAS Report on Foreign Information Manipulation and Interference Threats」
3rd EEAS Report on Foreign Information Manipulation and Interference Threats
https://www.eeas.europa.eu/eeas/3rd-eeas-report-foreign-information-manipulation-and-interference-threats-0_en
EEASのFIMI報告書はこれが3つ目となる。前回は2022年12月1日から2023年11月30日の750件を対象に分析した結果と、Mitre ATT&CのようなFIMIのフレームワークを提示していた。750件という数は多いように見えるが、これはひとつの対象に対するひとつの攻撃方法をひとつとしてカウントしている。これに対してプリンストン大学ESOCやオクスフォード大学のDemTechは作戦単位で数えているので大きな隔たりができている。
【前回の報告書についての記事】ヨーロッパ対外行動庁(European External Action Service, EEAS)のFIMI第2弾報告
https://note.com/ichi_twnovel/n/n280c4bef1f09
今回は本編39ページの22ページ(P15からP37)、半分以上を「FIMI EXPOSURE MATRIX」にあてていた。「A SYSTEMATIC APPROACH TO CLASSIFYING AND ATTRIBUTING FIMI INFRASTRUCTURE」海外からの干渉の構造を分析し、アクターを特定するための手法である。それ以外の部分(主として前半)はロシアと中国のFIMI活動の分析となっており、後半は「FIMI EXPOSURE MATRIX」の解説と、それをロシアと中国のFIMIにあてはめた場合のケーススタディとなっている。

出典:3rd EEAS Report on Foreign Information Manipulation and Interference Threats、https://www.eeas.europa.eu/eeas/3rd-eeas-report-foreign-information-manipulation-and-interference-threats-0_en
詳細を説明すると長くなるので割愛するが、検知、監視、インフラ解明、アトリビューションのためにはとても有効そうであり、そのために必要な情報も蓄積されている。
関心を持った方はぜひ、報告書をご覧いただきたい。
フランスVIGINUMの「Analyse du mode opératoire informationnel russe Storm-1516」
2025年5月6日に公開された報告書で、英語版もある。
【仏語版】Analyse du mode opératoire informationnel russe Storm-1516
https://www.sgdsn.gouv.fr/publications/analyse-du-mode-operatoire-informationnel-russe-storm-1516
【英語版】Analysis of the Russian information manipulation set Storm-1516
https://www.sgdsn.gouv.fr/files/files/Publications/20250507_TLP-CLEAR_NP_SGDSN_VIGINUM_Technical%20report_Storm-1516.pdf
このレポートはロシアのしかけるIMS(Information Manipulation Set)であるStorm-1516についてのレポートである。頭にStormをつけるのはマイクロソフトの命名方法。2023年8月から数十の作戦を実施しており、その主たる目的はウクライナの信用失墜と分析している。
レポートはStorm-1516の用いている手法、攻撃対象、コンテンツの流通、ロンダリング方法、ロシア側の体制などにわたっている。コンテンツロンダリングの具体的な方法やメディアなどが上げられていたり、IMSとドゥーガン、ブリゴジン、ドゥーギンとの関係は興味深かった。

出典:【英語版】Analysis of the Russian information manipulation set Storm-1516、https://www.sgdsn.gouv.fr/files/files/Publications/20250507_TLP-CLEAR_NP_SGDSN_VIGINUM_Technical%20report_Storm-1516.pdf
2つの報告書に欠けていたもの
奇しくも2つの報告書ではロシアや中国が自国内に対して行っていることにも触れていたが、その意味には触れていなかった。また、EEASの分析では、ロシアの作戦のうちドッペルゲンガーだけが連携度合いが少ないことについて、「自律的」とコメントしていた。別な目的があるからではないのだろうか?

出典:3rd EEAS Report on Foreign Information Manipulation and Interference Threats、https://www.eeas.europa.eu/eeas/3rd-eeas-report-foreign-information-manipulation-and-interference-threats-0_en
どちらもFIMIの検知と分析という点ではよくできていたとは思うのだけど、それがなんの役に立つのかという、もっとも重要な点が欠落している。
情報戦がハイブリッド脅威のひとつの要素である以上、ハイブリッド脅威あるいはその上位の戦略と目的がわからない限り、情報戦の正しい分析も対策もありえないはずなのだけど、現状それはない。正確に言えば、EU全体としてはそれがあるのだが、それと今回の報告書はつながっていない。たとえば、どちらの報告書も影響や被害については分析されていないので、誰にとってなにが問題なにかがわからない。
こうした対症療法的対策の効果のなさは、世界でもっともこの領域の調査研究が多かったアメリカの情報戦対策がほとんど無力化されている現状を見れば明らかだ。いまだに同じ方法論をとっている限り、アメリカと同じ轍を踏むことになる。