英国の主要政治家が怪情報メディアに出演

政治ニュースメディアPOLITCOは2025年5月1日、欧州の政治家たちが米国の右派メディア番組へ意欲的に出演しはじめていることを報じた。特に英国では与党(労働党・中道左派)の閣僚たちが、次々と「Newsmax」に出演しているという。
Want to grab Trump’s attention_ Europe’s politicians try Newsmax – POLITICO
https://www.politico.eu/article/european-politicians-newsmax-donald-trump-maga-media-rachel-reeves-john-healey-uk/
Newsmaxとは
Newsmaxは米国のトランプ支持層やオルタナ右翼から絶大な人気を集めている新興メディアで、ケーブルニュースチャンネルとしても全米で指折りの規模に拡大している。やや大雑把に説明するなら、Newsmaxを支えているのは保守派の中でも特に右寄りの視聴者で、「最近のFOXは甘すぎる、保守派とは言えない、あれは年寄りが見るものだ」と苛立っているタイプの若年層などから高く評価されている。
2014年からテレビ放送を開始したNewsmaxは、これまでトランプが主張した多くの陰謀論や事実無根の情報を拡散してきた。前回の米大統領選が行われた2020年、トランプの熱狂的な支持者たちは「アリゾナ州のバイデン勝利を早々に報じた裏切り者のFOX」を見捨て、「バイデンの不正選挙疑惑の話題を繰り返し報じてくれたNewsmax」へ流れた。これによりNewsmaxは視聴者数を一挙に拡大し、世界中で広く知られる存在となった。
一方で、米国のニュースメディアvox.comは2021年の夏「Why Newsmax is failing(なぜNewsmaxは衰えていくのか)」という記事を掲載していた。これは2020年の米大統領選の際「最もトランプ的なチャンネル」として注目を浴びたNewsmaxが、トランプの退任を機に大きく失速し、視聴者数もピーク時の半分以下まで落ち込んだことを伝える内容だった。このとき同誌は「右派メディアには競合も多い。コンテンツの質が低く、同じような陰謀論や危険なナラティブを報じてばかりのNewsmaxが、再びFoxを脅かす存在になることはないだろう」と分析していた。
Why Newsmax is failing
https://www.vox.com/2021/7/28/22594550/newsmax-ratings-dive-explained
しかし、この予想は見事に外れたようだ。2024年の米大統領選挙が近づくにつれ、Newsmaxの視聴者数と影響力は大きく盛り返していった。そして主要ニュースネットワークに先駆けて「トランプの勝利」を宣言し、ふたたびMAGA層から絶大な支持を得ることに成功したNewsmaxは、すでにストリーミング有料会員28万人、定期視聴者数3300万人を突破している。このようにして現在のNewsmaxは「トランプ支持層にとっての主要メディア」という地位を再確立した。
念のために記しておくと、当然ながらNewsmaxは「事実無根の報道」を理由として、これまで複数の訴訟を起こされ、謝罪や撤回に追い込まれてきた。もともと事実を報じる意図はなく、MAGA層にとっての「真実」を伝えるためのメディアだと言っても良いだろう。
参考:
https://www.cnn.com/2023/09/18/media/dominion-newsmax-defamation-lawsuit
https://www.latimes.com/entertainment-arts/business/story/2024-09-20/voting-companys-defamation-suit-against-right-wing-newsmax-heads-for-trial
労働党とNewsmax
欧州の政治家がわざわざ米国で、このように過激な(さらに陰謀論も山盛りの)新興メディアに出演することなど、以前ではありえなかった。しかし現在では英国の与党にあたる労働党(中道左派)の主要な閣僚たちがNewsmaxに出演している。その状況や理由について、POLITCOは次のように説明している。
・キア・スターマー首相が率いる労働党は堅実派であり、これまでは偏ったメディアへの露出を避けてきた。しかしトランプが大統領選に勝利してからは、財務相のレイチェル・リーブス、国防相ジョン・ヒーリーが訪米中にNewsmaxの番組でインタビューに応じている。今後も、そのほかの複数の英国閣僚たちが出演を予定している。
・その背景にはスターマー政権の戦略転換がある。スターマー首相は「イデオロギーより現実主義、現実的なメディア戦略を重視する」方向へと舵を取っており、国益のためにはトランプ政権、およびトランプの支持者に対して直接的なアプローチをする必要があると考えている。彼らに英国の立場や政策を理解してもらうためには、二国間の会談だけでなく、まずは支持基盤の人々が普段から接しているメディアに登場することが不可欠という発想だ。
右派メディアに出演する欧州のリーダーたち
英国の閣僚だけではなく、欧州各国のリーダーたちも、Fox Newsやウォール・ストリート・ジャーナルをはじめとした「米国右派の有権者に影響力のあるメディア」に登場しはじめている。最近ではフランスのマクロン大統領(中道・親EU)が2025年2月の訪米時にFox Newsへの出演を果たした。またギリシャのミツォタキス首相(新民主主義党・中道右派)は「Breitbart」に出演し、米国に媚びるような内容で貿易を語った。Breitbartは、かつてのトランプの側近スティーブ・バノンが運営していたメディアで、「オルタナ右翼のプラットフォーム」を自称している。
一方、ルーマニアの次期大統領選挙の有力候補と見なされているルーマニア人統一同盟(極右・反EU、反移民)のジョージ・シミオン党首も、バノンのポッドキャスト、および著名なオルタナ右翼活動家ジャック・ポソビエックの番組に出演している。こちらはトランプの名前が入った赤いキャップをかぶるなど、かなり分かりやすい形で「米国のMAGA運動との連帯」をアピールしている。
MAGA goes global_ Trump’s plan for Europe _ ECFR
https://ecfr.eu/publication/maga-goes-global-trumps-plan-for-europe/
Analiză _ Cum îi ajută victoria lui Donald Trump pe suveraniștii români(ルーマニア語)
https://romania.europalibera.org/a/analiza-cum-ii-ajuta-victoria-lui-donald-trump-pe-suveranistii-romani/33190485.html
彼らのそれぞれが、英国の閣僚たちと同じような発想で「国益を考え、米国の過激な極右メディアにあえて出演している」のか、あるいは国内外の右派層/極右層の支持を集めようとしているのか、もしくは自身と米国との良好な関係をアピールしたいのかは想像の域を出ない。ともあれ、トランプ大統領の側近的な世論調査アドバイザーを務めているジム・マクローリンは、「米国のメディアは非常に多様化しており、海外の政治家もそれに順応しなければならない」「(英国)閣僚のNewsmaxへの出演が、米大統領や周辺の人々の注目を集めたことは間違いない」と語っており、このようなメディアへに出演することが彼らの国に良い結果をもたらすだろうと示唆している。
(※念のため記しておくと、マクローリンは「MAGA層から信頼されている世論調査のエキスパート」である。ちなみに彼は、今後ターゲットにすべきメディアとして「ジョー・ローガンの番組」などを挙げている)
2025年5月8日、米国と英国は自動車・鉄鋼・農産物などの一部の分野について新たな貿易の枠組みに合意した。この合意についてスターマー首相は「英国のビジネスと労働者に恩恵をもたらし、英国の雇用を守る歴史的な合意」であると主張し、また米国が英国にとって重要な同盟国であることを強調している。
https://www.bbc.com/japanese/articles/c9q0ge48452o
英国の閣僚たちによるNewsmaxへの出演と、今回の合意に直接的な因果関係があったかどうかは分からない。また両国の市民にとって、それが喜ばしい合意となるのかどうかも評価が分かれているが、おそらく一部の人々は「英国の閣僚が米国のMAGA層向けメディアに出演し、英国とトランプ政権との良好な関係をアピールしたおかげで、今回の合意が成立したのではないか」と考えるだろう。
英国の閣僚たちが抱える課題
POLITCOの記事は、このような番組に出演する英国の閣僚たちが潜在的に抱える問題を示した。しかし、それは「陰謀論を拡散してきた偏向メディアに英国の閣僚が出演すること」への苦言ではない。問題視されているのは「閣僚たちの喋りの退屈さ」だ。POLITCOは以下のように指摘している。
・ヒーリーやリーブスのような中道派の堅実な英国閣僚は、(英国文化の)メディアトレーニングで徹底的に鍛えられているため、テレビのインタビューに出演する際には大人しく無難な発言に終始する傾向がある。
・それとは対照的に、昨今の米国のメディアでは「ベテランの民主党員ですら注目を集めるために過激な発言を試みる」といった傾向があるため、それに慣れている米国の視聴者からは「退屈だ」と見なされるリスクがある。
なかなか手厳しいが、一理ある指摘だろう。これからは米国の現政権の支持者たちへ直接的に訴えかける必要があると判断し、時代を見据えた現実主義者としてオルタナ右翼御用達メディアに乗り込む覚悟を決めたのであれば、視聴者に話を聞いてもらわなければならない。「やっぱりこいつらの話はつまらない。眠くてだるい」と一蹴されれば意味がないだろう。
これは英国に限らず、多くの国の堅実派の中道政党が抱えている問題なのかもしれない。過激な発言で知られる極右の政治家が、TikTokのアカウントで他愛のない日常(普段の発言とのギャップを感じさせるようなものなど)を公開して人気を得ている様子を見て、我々も若者にアピールしなければとTikTokのアカウントを作るような堅実派の政治家は、ついつい綺麗な言葉で真面目に政治を語る「教材のように退屈な動画」を作ってしまいがちだ。最悪の場合、なんとか若者にウケようと試みたせいでますます悲惨になる。そのプラットフォームの文化を理解しないまま、優等生の政治家が迂闊に手を出しても逆効果になりかねない。
とはいえ、ミイラ取りがミイラになるリスクも充分に考えられる。過激なオピニオンメディアに乗り込んだ英国の閣僚たちが、礼儀作法もジョンブル魂もかなぐり捨て、トランプに負けじとエンターテインメント性の高い暴言を繰り返すようになれば、それは「別の誰か」にとっての思う壺かもしれない。そしてNewsmaxが、気が付けば「英国の閣僚たちも出演している真っ当なメディア」と見なされるようになり、さらに勢力を拡大するという可能性も無視できないだろう。