図解! 偽・誤情報対策~総務省の有識者会議まとめ

総務省の偽・誤情報対策を理解するうえで、過去の経緯を知ることが助けになる。総務省が開催する有識者会議の組織的変遷や方針転換については、今まで何度か記事やウェビナーで取り上げてきた。今回はより分かりやすく視覚的に理解できるよう、図表とともに解説していく。
1. 組織の変遷
2018年から2025年現在に至るまで、偽・誤情報対策に関する議論は三つの会議を経て展開されてきた。これらの研究会・検討会のもとに必要に応じてワーキンググループが設置され、個別具体的なテーマについて専門的な見地から検討がなされている。

第一期
プラットフォームサービスに関する研究会(以下、プラットフォーム研究会)
2018年10月18日 ~2024年1月31日 5年間で52回開催
第二期
デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会(以下、健全性検討会)
2023年11月7日~2024年9月4日 10か月で26回開催
能登半島地震の発生を受けて、2024年1月にSNS上の偽情報誤情報の対策を検討する「ワーキンググループ」が設置された。
第三期
デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会(以下、諸課題検討会)
2024年10月10日~2025年現在
偽・誤情報対策の制度整備に関する議論が、「デジタル空間における情報流通に係る制度ワーキンググループ」(以下、制度ワーキンググループ)でなされている。
2. メンバー構成の変化
三つの会議を通じて中心メンバーの顔触れにはあまり変化がなく、情報通信分野を専門とする憲法学者や弁護士などの法律関係者で占められている。

プラットフォーム研究会から健全性検討会までは、認知科学の研究者やサイバーセキュリティの専門家、メディア出身者など関連分野の専門家が参加していたが、諸課題検討会では分野も人数も大幅に絞り込まれた。情報法を専門とする法律関係者が大多数を占め、前の二つの有識者会議からの再任者によって構成されている。具体的な制度設計に向けたメンバー構成と思われるが、人選の偏りによる影響を懸念する声もある。
3. 国内外の主な出来事
議論の内容における変化や転換に立ち入る前に、背景としての社会情勢や海外動向について簡単に触れておく。偽・誤情報や誹謗中傷など、ネット上の情報流通の問題に関わりがあると思われる国内外の主な出来事を以下にまとめた。

フェイクニュース元年と呼ばれた2016年から2年後の2018年にプラットフォーム研究会が発足したが、フェイクニュースや偽情報の問題は国内ではまだ重要視されていなかった。
それからさらに2年後の2020年3月には新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、それに伴って誹謗中傷や偽情報などの問題が日本国内でも顕在化した。
これらの問題の主な発生源であったTwitterを2022年にイーロン・マスクが買収したことは、偽情報を取り巻く状況に大きな影響を及ぼした。規約変更によりTwitterの収益構造が変わり、偽情報が拡散されやすくなったのである。
2024年の能登半島地震ではSNS上でインプレッション稼ぎのスパム投稿が大量に発生し、偽の救援要請も問題視された。同年の下半期は国内外で主要な選挙が実施され、SNSやネットメディアの影響力と弊害がクローズアップされた。
4. テーマとスコープの変遷
会議の主要な論点と議論の視座にも変化が見られる。メインテーマの変化を見ると、スコープが拡大しているのがわかる。

第一期 利用者保護
プラットフォーム研究会の設立の趣旨は、プラットフォーム事業者による利用者情報(通信の秘密やプライバシー情報など)の適切な取扱い状況について検討することにあった。
第二期 権利侵害
コロナ禍においてネット上の誹謗中傷等の権利侵害が社会問題化し、プラットフォーム研究会では緊急提言を出すなどして対応した。2022年には誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループが設置された。
第三期 社会的影響
コロナ禍で誹謗中傷とともに顕在化した偽情報・フェイクニュースの問題は健全性検討会に引き継がれ、中心的なテーマとなった。2024年の能登半島地震を機に設置されたワーキンググループでは、インプレゾンビや災害デマなど “社会的に有害な影響” をもたらす偽・誤情報への対応に焦点があてられた。
健全性検討会の後に始まった諸課題検討会では制度ワーキンググループを設置。“社会的に有害な” 偽・誤情報について制度面での対応を検討している。
5. 方針の転換
主として三つの点で方針や姿勢の変化が見られる。
・偽・誤情報対策の比重
・プラットフォーム事業者に対するスタンス
・表現の自由への配慮
報告書やとりまとめをもとにこれらの変化を追っていく1。
偽・誤情報対策の比重
当初は「対岸の火事」にすぎず、優先順位が低かった “偽・誤情報問題” は、年を追うごとに検討課題としての重要度が増していく。最終的には主要な論点となり、「民主主義の脅威」とまで言われるようになった。
検討課題としての優先度は報告書の章立てやページ数に反映されている。以下の表に「偽・誤情報対策」が報告書の何章に出てくるか、何ページ費やされているかをまとめた。

上の表をもとに、「偽誤情報対策」が全体に占める割合を報告書ごとに円グラフで示した。

グラフ①から②にかけて増加した偽情報の比重は、グラフ③と④でいったん減少している。先述したように、この時期のプラットフォーム研究会で誹謗中傷が喫緊の課題とされ、偽情報より優先されていたからである。
後続の健全性検討会において、インターネット上の偽・誤情報は情報流通の健全性を阻害するものとして、グラフ⑥⑦にあるように検討課題の中心に据えられた。現行の諸課題検討会では偽・誤情報の問題を制度ワーキンググループで扱っているが、今のところ議論に大きな進展はない。
プラットフォーム事業者に対するスタンス
偽・誤情報対策への取り組みと透明性・説明責任の確保をプラットフォーム事業者にどのような形で求めていくかという基本方針には、比較的早い段階から変化が生じている。

2019年時点では自主的な取り組みに任せる方針であった。その後ヒアリングとモニタリングを重ねていくうちに、事業者とのあいだで偽情報に関する認識の相違が明らかになっていく。透明性と説明責任の確保の求めに応じない非協力的な事業者もあることから、自主規制から共同規制的なあり方の検討へと方針転換がなされた。
2020年には「行政からの一定の関与」が示唆され、2021年には「法的枠組みの導入」にも言及している。2024年に健全性検討会が公表したとりまとめでは、「自主的な取組のみには期待できない」と明言し、制度整備を含めて新たに具体的な対応が必要であると述べている。
表現の自由への配慮
プラットフォーム事業者に対してコンテンツの削除義務を課すなど、コンテンツ内容の判断に関わる対応に政府が介入することは、表現の自由を制約するおそれがある。
表現の自由に配慮しつつ情報空間への国家の介入をどこまで許容するかを検討するというのは、きわめてデリケートな問題であるが、報告書の記述には不介入から介入への方針転換が表れている。

プラットフォーム研究会は2022年の第二次とりまとめまでは、事業者のコンテンツ管理への介入に関して慎重な姿勢を強く打ち出していた。同とりまとめの「おわりに」にはその姿勢が明確に示されている(pp. 186-187)。
さらに、国家権力によるインターネットの情報流通空間への過度な介入は、情報の自由な流通と多様性を失わせるものである。(中略) 表現の自由や通信の秘密が守られ自由で開かれたインターネットが、グローバルな認識共有が図られながら維持されていくことは、事実に基づく状況認識やそれに対する言論、民主主義の基盤を確保していく観点から極めて重要である。
2024年頃からはその姿勢に変化が生じ、慎重さの度合いがトーンダウンしている。後続の健全性検討会ではその傾向がさらに強まり、デジタル立憲主義を論拠として国家による介入を正当化する見解も出されるようになった2。
補足:総務大臣の記者会見に見る変化
政府・総務省の政策や有識者会議での議論は、総務大臣の発言にも反映される。プラットフォーム研究会発足以降の歴代大臣と記者会見でのトピックを下図に示した。

プラットフォーム研究会が発足した2018年、石田大臣の会見で利用者情報や通信の秘密の保護などが取り上げられたが、フェイクニュースや偽情報への言及はない。
これらの問題がはじめて大臣会見で持ち出されたのは、後任の高市大臣による2019年12月3日の閣議後記者会見である。このときフェイクニュース対策への見解を訊かれた高市大臣は、プラットフォーム研究会の取り組みに言及するとともに以下の発言をしている。
フェイクニュースにつきましては、近年、欧米諸国を中心に大きな問題になっておりますが、法規制による対応を行う場合には、我が国の憲法に規定されている「表現の自由」への萎縮効果をもたらす懸念などもありますので、慎重に議論を深めていただいております。
高市大臣は同年12月20日にプラットフォーム研究会第17回会合に出席した際に、プラットフォーム事業者が偽情報への自主的な取り組みを進めることを期待したい旨の発言をしている。2020年に入ると新型コロナウイルスのパンデミックやテラスハウス事件などがあり、会見の場でもSNS上の誹謗中傷対策についての質問や発言が相次いだ。誹謗中傷問題との絡みで、「発信者情報開示のあり方に関する研究会」への言及も増えている。
誹謗中傷が優先される状況は高市大臣以降も続いたが、2024年1月1日の能登半島地震を機に一変する。当時の松本大臣は偽・誤情報問題にたびたび言及し、メディアにも注意喚起を促すよう求めた。同年1月に開かれた全12回の会見のうち4回の会見で6回にわたり偽・誤情報問題が取り上げられている(二期目の任期を通しては全77回中12回)。これは他の大臣に比べて突出して多い3。
ちなみに、2011年の東日本大震災でも真偽不明な情報がインターネット上で大量に流布し、能登震災と同じくプラットフォーム事業者に対応要請を出すなどの対策がとられたが、発災後1か月間の記者会見で偽情報への言及は1回のみであった4。
「総務省に関する記事」
“偽・誤情報対策”の誕生と展開~総務省の有識者会議にみる変化
ホントは怖い偽誤情報対策 「違法ではないが有害」から「公序良俗に反する」への転換
迷走する政府の偽・誤情報対策
偽・誤情報対策が開く思想統制への道
注
- 今回参照した報告書は以下のとおり。
プラットフォームサービスに関する研究会中間報告書
プラットフォームサービスに関する研究会最終報告書
プラットフォームサービスに関する研究会中間とりまとめ
プラットフォームサービスに関する研究会第二次とりまとめ
プラットフォームサービスに関する研究会第三次とりまとめ
デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会ワーキンググループ中間とりまとめ(案)
デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ[↩] - デジタル立憲主義は欧州発の新しい思想潮流であり、情報空間に憲法秩序を持ち込むことで、巨大化したDPFを統制しようとするもの。健全性検討会ワーキンググループ第14回の資料WG14-2「「情報流通の健全性」と憲法」を参照。[↩]
- 総務省公式サイト「松本総務大臣の動き」より[↩]
- 2011年4月8日の片山総務大臣閣議後記者会見にて、「インターネット事業者への要請」に関する質疑応答がなされた。[↩]