トランプ政権とAIスロップ

トランプ陣営のソーシャルメディアアカウントがシェアしている雑なAI生成画像、いわゆる「AIスロップ画像1」を見て、いったい何のつもりなのだと疑問を抱いたことのある人は少なくないだろう。これまで気に留めなかったが、さすがに「トランプ教皇」の画像には度肝を抜かれたという人もいるかもしれない。
昨今のトランプ政権の公式アカウントは、かなりの頻度でAIスロップをソーシャルメディアに投稿している。とりわけ目にする機会が多いのは、トランプ大統領を教皇やスターウォーズの登場人物として描いたナルシスティックな画像だが、その他にもトランプ政権が強制送還した人々をモチーフとして描いた「Hope」のポスター(オバマ政権を象徴する画像の一つ)風の画像や、当局者をジブリ風に描いた画像などもある。
著名なテクノロジー系ジャーナリストたちによる米メディア「404 Media」は2025年5月7日、「The AI Slop Presidency」と題された記事を掲載した。この記事はトランプ政権の美学を踏まえたうえで、トランプ陣営によるAI生成画像の多用を解説したものだ。内容も文章も面白いので原文を読むことをお勧めしたいのだが、ここでは駆け足で解説しながら簡単に紹介したい。
The AI Slop Presidency
https://www.404media.co/the-ai-slop-presidency/
404 Mediaが解説した「AIスロップの用途」
この記事は、トランプ政権が投稿するAI画像について以下のように説明している。
・これらの画像は衝動的に、労せずして作られたグロテスクなAIスロップだ。この「衝撃的で低品質な画像」こそ第二次トランプ政権の美学を象徴するものである。
・現実と敵対関係にある大統領や政権にとって、AIほど便利なツールはない。これまでには見られなかった非現実的なビジュアルを提供できるからだ。
・アドルフ・ツィーグラーはナチスの理想を絵画にして表現した。スターリン時代のソ連はプロパガンダのポスターで市民に生活指針を示した。一方、MAGAの芸術はAIスロップであり、トランプはその王である。
・この芸術は市民を説得したり、あるいは何かを理解させたりするためのものではない。「MAGAに賛同しない人々を苛立たせ、動揺させ、MAGA支持者を興奮させること」だけを目的としている。
つまり、トランプ陣営が拡散するAIスロップは単なるプロパガンダ画像ではなく、「あえて敵対者の怒りを煽るために仕掛けられたアート」でもあるという指摘だ。
それは、トランプを支持しない人々が抱いてきた素朴な疑問に対する正解なのかもしれない。「何が目的なのだ?」「どうして粗悪なものを見せるのだ?」「その過激さはどこに向かっているのだ?」「なぜ、わざわざ人を傷つけるようなものを作るのだ?」と不思議がる人々は、それらのグロテスクな画像を見下したり嘲笑したりする一方で、おそらくは確実に苛立っている。「こんなに馬鹿げたものを堂々と拡散するような政権が、好き放題に政治を弄り回している現実」にも動揺し、怒りを覚えている。まんまと思う壺にはまっている、ということだ。
2025年春に始まった「トランプ陣営によるAIスロップの過激化」
昨今のトランプ陣営が拡散するAIスロップについては、以下のように説明されている。
・この週末(2025年5月第1週)から、トランプはかつてないレベルのAIスロップを投稿しはじめた。5月2日の夜にはトランプ自身の「Truth Social」のアカウントに、自らを教皇に見立てた写実的な画像が投稿された。ホワイトハウスはこの画像のスクリーンショットをXに再投稿し、カトリック教会の怒りを買った。
・イリノイ州の司教トーマス・パプロッキはXで、「これはカトリック教徒にとって非常に不快な行為である。フランシスコ教皇の死を悼み、新教皇選出のために聖霊の導きを祈っている神聖な時期にはなおさらのことだ。彼は謝罪すべきである」と述べた。対してトランプは、「カトリック教徒は不快に思っていない。むしろ喜んでいた」「あの画像は自分が作成したものではない。どこから来たのかも分からない。AIかどうかも知らない。昨晩見たばかりで、何も分からない」と答えている。
Bishop Paprockiのツイート
https://x.com/BishopPaprocki/status/1918749673210167528?ref=404media.co
・トランプ政権はカトリック教徒を怒らせるだけでは飽き足らず、「米国のもう一つの主要宗教、スター・ウォーズ」の信奉者たちもAIで怒らせた。Xのホワイトハウス公式アカウントは5月4日、2羽のハクトウワシに挟まれた筋骨隆々のトランプが、赤いライトセーバーを構えているAI生成画像を投稿した。
・これはトランプ陣営が拡散してきた「スター・ウォーズ関連の不快なAI生成コンテンツ」のひとつに過ぎない。DOD Rapid Response(国防長官の代理でプロパガンダを配信するXのアカウント)は以前にも、スター・ウォーズのイントロ風のスクロール形式でトランプの功績を紹介する動画や、ジェダイに扮したトランプとヘグゼスの画像を投稿している。また米陸軍太平洋軍のアカウントは、ライトセーバーを持った兵士たちが訓練演習を行っているAI生成画像を投稿した。
ここで言及されている「トランプをモチーフとしたスター・ウォーズ調のAI画像」は、わざわざスターウォーズの日(「May the fourth」の語呂合わせで5月4日)に合わせて投稿されたものだ。この画像でトランプが構えているライトセーバーの色については、「なぜ赤なのだ。ジェダイを気取るなら青なのに。これでは自分がシスだと言っているようなものだ」という指摘を目にした人も多いだろう。「まあ結果として正しいじゃないか」と嘲笑する人もいれば、「彼の周りには、それを指摘する者がいないのか?」と驚く人もいた。一方「トランプの信奉者は彼をダークヒーローとして崇めているから、彼らへのサービス画像なら赤で正解なのでは」と考えた人もいただろう。
これらの指摘は初めから間違っていたのかもしれない。つまり色を間違えたわけでも、故意に赤を選んだわけでもない可能性がある。実際のところ、米陸軍太平洋軍のアカウントが投稿したAI画像のひとつは、二人の兵士がそれぞれ赤と青のライトセーバーを一本ずつ構え、そこに「US ARMY」の文字が堂々と記されているという大胆なものである。あまりにも雑で自由すぎるAI画像だ。
これらが「誰かにとって神聖なもの、心から大切にしているものを冒涜し、信奉者やファンの神経を逆撫でするための画像」であったとするなら、全てに説明がついてしまう。あえて何の敬意も示さず、場当たり的に踏み荒らすことを目的としたアートなら、それは腹が立つほど大雑把で、ゴミのように粗悪なほうがいい。
AIとトランプ政権の親和性
この404 Mediaの記事は、AI画像生成サービスそのものも強く批判した内容となっている。筆者のMatthew Gaultは「トランプもAI画像ジェネレーターの開発者たちも、アーティストを尊重しない」と訴え、以下のように記した。
・OpenAIは宮崎駿のライフワークの作品を不快なミームに貶めた。そしてホワイトハウスはそれに同調した。
・ローファイガール2は何年もの間、世界中の人々に愛されてきた。いまホワイトハウスのYouTubeチャンネルは「リラックス/勉強用のローファイMAGAビデオ」を配信しており、そこではアニメ化されたトランプ大統領のキャラクターがローファイガールの真似をしている。
・あなたがスターウォーズを好きか、スタジオジブリの映画に心を動かされるか、ローファイビートでリラックスするかは問題ではない。あなたが何かを愛しているなら、トランプはそれを歪めるだろう。神聖なものや愛される芸術は(いまや)冒涜されるために存在している。その冒涜はAIによって大きく簡易化された。
・芸術作品を作りあげるうえで素晴らしいことの一つは、そのプロセスにある。アーティストの頭にアイデアが浮かび、それを実現させようと試みるときには多くのことが起こり、それは劇的に変化する。しかしAIの生成画像には創造のプロセスなど存在しない。そこにあるのは瞬間的な満足感だけだ。創造者の頭に浮かんだ「衝動的でグロテスクなアイディア」は即座に具現化される。
そして彼は、さまざまなカルチャーを冒涜するスタイルのAIスロップを「ブルートフォースアタック(すべての組み合わせを総当たりすることで強引にパスワードや暗証番号を破る攻撃)」に喩えながら、トランプ政権の戦略との親和性を説明した。
・トランプ政権によるAIアートの常用は、米国の民主主義への総当たり攻撃そのものを反映している。
・その美学の様式そのものが、これまで大統領令、予算削減、機関に対する攻撃、大雑把な国外追放など、強引な手段を用いてきた政権の運営に役立っている。
・際限なく続けられる戯言で、米国の官僚機構と司法制度を圧倒し、敵を疲弊させるのがトランプ政権の戦略だ。何が合法で、何が違法なのかを洗い出す頃には、すでに多くの損害が発生している。
休憩:第一次トランプ政権とロッキー・バルボア
ここで、ちょっと過去を振り返ってみたい。
テキストを入力するだけで、誰でも手軽に画像をAI生成できるサービスが急速に普及したのは2022年だった。そのため第一次トランプ政権(2017年1月20日〜2021年1月20日)では現在のようなAIスロップは用いられなかった。
しかし兆候は示されていたのかもしれない。2016年の大統領選挙では「トランプミーム」が爆発的に広がっていた。たとえ低品質でもインパクトのある面白い画像は、優れたスピーチや現実の深刻なニュースよりも気軽にシェアされ、大きな話題を生みだす。トランプ陣営は、その利益を充分に実感していたはずだ。
そして第一次トランプ政権の際に拡散された、映画「ロッキー」のコラージュを覚えている人も多いだろう。これはシルベスター・スタローンが演じるボクサー姿のロッキー・バルボアの身体に、トランプの顔を重ねて合成しただけの、いわゆるアイコラのような画像だった。2019年、この画像をトランプ本人が自身のTwitter(現X)のアカウントに投稿したとき、それは大手メディアも一斉に報じるほどの話題となった。
いまとなっては牧歌的にも感じられるが、当時は「なぜ大統領が、このような捏造の画像をアップロードするのだ、嘘であることを隠そうともしないのはどういうことだ」「ロッキーとトランプの体形が掛け離れていることは誰の目にも明らかなのに、あまりに自己陶酔的だ、意味が分からない」と戸惑う人々もいれば、「面白い、政治にはユーモアが必要である、こういうものをもっと見たい」「コラージュであることは百も承知だ、よく似合ってる、我々の誇るファイターだ」と喜ぶ人々もいた。
ひょっとすると当時から、「政治に携わる人物は現実や事実を重視すべきだ」と考える市民と、「それよりも重要なのは勢いとイメージだ」と見なす市民との間で、互いの論点が完全にすれ違ったまま分断は深められてきたのかもしれない。言い方を変えるなら「もしもし、実際のトランプは肥満体ですよ」と支持者に教えることがいかに無意味であるのかを、民主党陣営も支持者もよく理解していないまま、2024年の大統領選挙は行われたのかもしれない。
2024年の選挙活動の際、すでにトランプはAIスロップを多用していた。しかし当時拡散された画像は「ライオンの背に乗っている勇ましいトランプ」「黒人有権者のコミュニティと親しげに交流している笑顔のトランプ」などをAI生成したものだった。おそらくそれらは、有権者にトランプの強さや人徳をアピールするための画像で、人々の怒りを煽る目的はなかったのだろう。
そして2025年5月の我々は、フランシスコ教皇が死去したばかりのタイミングで「教皇に扮したトランプ大統領」のぞんざいなAI画像を見せられている。ロッキーのアイコラに驚いていた時代から、ずいぶん遠いところまで来てしまったようだ。
復讐のファンタジーとAI
この記事の最後にGaultが取り上げたのは「移民が強制送還される様子をジブリ風に描いたAI生成画像」だった。日本でも話題になった、あの画像だ。
Gaultは次のように記事を締めくくっている。
・そしてトランプと支持者たちが望んでいたあらゆる復讐のファンタジーは、一瞬にして現実のものとなりえる。3月27日、ホワイトハウスのXアカウントは、移民税関捜査局に逮捕されて涙を流す女性の「ジブリ風AI生成画像」を投稿した。告発された実在の女性の姿が、国家に盗用されて漫画化された。
・麻薬密売で逮捕され、おそらく国外追放される彼女の画像がインターネットに拡散されている。政権は彼女の身体と未来を完全に支配することに飽き足らず、彼女を風刺画のように描くことで、フォロワーに対しオンラインで嘲笑するように仕向けている。
ここでGaultが示したのはAIスロップの別の用途だと言えそうだ。つまり敵対者の怒りを煽ることで支持者を満足させるのではなく、「支持者が抱いている敵意や攻撃性を煽ること」を目的として用いられたパターンである。
そしてそれは、GDP伸び率の大幅な減速が伝えられている米国在住のトランプ支持者たちにとって、最高のガス抜きにもなっているかもしれない。なにしろホワイトハウスの公式アカウントが、「ジブリ風」で適当に描いたAIスロップを楽しげに連投しており、その中には国外追放されるのであろう実在の中年女性が、手錠をかけられて惨めに泣いている姿もあるのだ。「政治に携わる立場の人間には、客観的で公平で成熟した表現が求められる」などといった考えを「古臭いポリコレ」と見なしたい人々にとって、それは現実を忘れるほど楽しい幸災楽禍の時間を提供してくれる眺めだろう。
- 「スロップ(slop)」はもともと「残飯」「ぬかるみ」「だらしなく巻き散らかされた不快なもの」などを表す言葉だが、昨今では低品質で粗悪なAI生成のコンテンツを侮蔑的に表す場面でよく用いられている。画像だけではなく、AI生成のテキストや動画などにも使われる。いまのところスロップに該当する日本語はなさそうなので、このまま「スパム」のように「スロップ」として定着するのかもしれない。
過去記事:スロップスクワッティングを支えるAIエコシステムの危険性
https://inods.co.jp/topics/6048/ ↩︎ - ローファイガール(Lofi Girl)は、勉強用・作業用などのBGMを24時間ライブ配信しているフランスのYouTube音楽チャンネルの名前、および同チャンネルのキャラクターの名前。同チャンネルは世界中で愛されており、ユーザー登録数は1400万人以上にのぼる。 ↩︎