麻薬カルテルのSNS戦略

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ラテンアメリカの麻薬カルテルは現在、複数のソーシャルメディアを巧みに使いこなしながら犯罪を行っているだけでなく、暴力や犯罪をエンタメ化することで社会や文化に大きな影響をもたらすインフルエンサーと化しているようだ。

目次

「インターネット活用」の始まり

麻薬カルテルによるインターネットの活用は昨今に始まったことではない。
2000年代の初頭から、ラテンアメリカの麻薬カルテルは「殺害した遺体を高架橋に吊るして脅迫文を添える」などの暴力行為で自らの力を誇示してきた。そして2005年、メキシコの麻薬カルテル「ベルトラン・レイバ」の最高幹部、エドガー・バルデス・ビジャレアル(通称ラ・バービー)が、敵対勢力のメンバー数人を拷問して殺害する映像をオンラインに公開した。それは彼らが初めて大々的に「インターネットの影響力を活用した瞬間」だったのかもしれない。それからの彼らは、カルテル自身の歴史を華麗に描いた伝記映画を制作するなど、オンラインでの自己演出も行ってきた。

そして2019年には「クリアカンの戦い」が起きた。
これはメキシコの政府軍がシナロア・カルテルの幹部オビディオ・グスマン・ロペスを確保したものの、同カルテルの武装集団が政府軍を上回る規模で応戦したため、政府軍は作戦を中止してオビディオを釈放せざるをえなかったという事件だ。
このとき同カルテルの武装集団は、政府軍を圧倒する自分たちの姿を撮影し、自慢げにライブ配信していた。この動画の撮影では、買収した一般市民を車に乗せてカルテルの戦力を誇張して見せるなどの「やらせの情報戦」も展開されていたようだ。

結果として、ネット上には彼らの動画や噂が大量に拡散され、それは大きな話題を呼んだ。このときの様子について、Center on Privacy and Technologyの特別研究員、Antón Barba-Kayは、The Atlanticの記事で次のように語っている。
「彼らがソーシャルメディアに拡散した動画は、恐ろしい武力誇示となった。そして率直に言えば、それらは『いい番組(good TV)』だった」。

ソーシャルメディアへの参入

そんな彼らがソーシャルメディアを多用するようになったのは、極めて自然な流れだったと言えるだろう。ここでは2020年12月にForeign Policyが公開した記事を紹介したい。この記事は、主にコロンビアの犯罪組織「ラ・ローカル」のボス、ディエゴ・オプトラの逮捕と、彼の影響を伝える内容なのだが、2020年当時のラテンアメリカにおける犯罪組織とソーシャルメディアの関係にも詳しく触れている。

その説明によれば、逮捕前のオプトラはダイヤモンドをちりばめたブレスレットや高級ブランドの服、そして大量の銃器で身を固めた自身の写真をソーシャルメディアで積極的に公開しては「ファン」を魅了していた。彼は麻薬を販売するためだけでなく、麻薬文化を広めるためにもソーシャルメディアやメッセージングプラットフォームを活用してきたという(※)。その記事には次のように記されている。

「オプトラは『FacebookやTwitter、YouTube、Instagramなどでギャングの生活を誇示した犯罪組織のボス』として初めての存在ではない」
「アメリカ大陸全体で、麻薬の密売人たちやギャングたちがソーシャルメディアを活発に利用している。カルテルのボスと手下たちは、メジャーなソーシャルメディアやTelegramなどの人気メッセージアプリを利用することで、自身の権力と影響力を拡大し、ライバルを脅迫し、さらに新しいメンバーを募集し、性的な人身売買を行い、麻薬や密輸品を販売している」

つまり2020年には、すでに複数の麻薬カルテルがソーシャルメディアを活用して、文化や社会に影響を与えようとしていることが指摘されていた。

カルテルとインフルエンサー

そして現在の彼らは、「暴力と犯罪をソーシャルメディア上で商品化・エンタメ化するインフルエンサー」として活動している。いまやナルコ(麻薬)文化とソーシャルメディアは切っても切れない関係になっていると言って良いだろう。彼らはカルテルの贅沢な生活を美化しながら宣伝し、主に若者を狙った文化の浸透を図っており、それはどうやら一定の成功を収めているようだ。

たとえばTikTokでは「麻薬の密売人が税関職員から逃走する様子を撮影した動画」が数百万件の「いいね!」を獲得している。この動画を発見したAntón Barba-Kay(先にコメントを紹介したCenter on Privacy and Technologyの特別研究員)は他にも、麻薬カルテルの手下たちが100ドル札の束を袋に詰めている映像などを見てきたという。彼は次のように語っている。

「カルテルは注目を集めるため、そして(カルテルに対する)世間一般のイメージを形成するために投稿している」
「しかし、それよりも注目すべきなのは、カルテルが『デジタルの影響力を利用して他の市場に進出し、犯罪の手口を多様化し、国際的なサプライチェーンと融合し、また麻薬や人身の密輸を行うために米国人を勧誘している点』だ」

そしてBarba-Kayは「カルテルに関する報道が少ないこと」の影響も指摘している。カルテルについて報道することの危険性を理解している一般のメディアは、その話題を避ける傾向がある。そのためカルテルにまつわる情報は入手困難となり、ソーシャルメディアが「唯一の情報源」になってしまうことも多いという。「法執行機関も、またソーシャルメディアのプラットフォームも取り締まりに苦慮する状況の中、カルテルは犯罪行為を商品化し、何の罰も受けないまま配信している」と彼は説明する。

一方、メキシコ発のオンラインニュースサイトLa Verdad Noticiasは2025年2月、カルテルによるソーシャルメディアでのイメージ戦略がマネーロンダリングにも利用されていることを指摘していた。

同誌が説明したマネーロンダリングの手法は以下のとおり。
まずカルテルは、YouTuberやTikTokなどで活躍するナルコ文化のインフルエンサーたちに資金を投資するのだが、それは「インフルエンサー個人への報酬」としてでなく、動画の制作費用やフォロワー数の水増しなどに費やされている。そしてインフルエンサーたちは、麻薬組織のイメージを美化するようなコンテンツをソーシャルメディアで発信する。ここでインフルエンサーが受け取る広告収入などの収益の一部はカルテルに還流される。つまり、もともと犯罪組織から流れている金ではあるものの、表向きは「インフルエンサーとしての収入(広告収入やブランド案件を通じた合法的なデジタル収入)」として処理されることになる。この手法では仮想通貨やデジタル決済も活用されており、また国を跨いだ送金や、規制を逃れるための手法も進化しているという。

このようにして投稿されるインフルエンサーのコンテンツは、主に貧困層の若者などをターゲットとしている。たとえば「麻薬や暴力をポジティブに盛り込んだ歌詞の楽曲」「高級車やブランド品、豪華なパーティで飾られたカルテルの贅沢なライフスタイルの動画」などだ。

複雑さと単純さ

ラテンアメリカ、とりわけメキシコにおける麻薬カルテルの問題は、この十数年間で大いに複雑化、過激化した。それは政治や国際関係とも密接にリンクしており、さらに汚職やアンダーグラウンドな世界も関わってくる話題であるため、あまりにも腐敗の根が深い。健全な社会を本気で求めはいるものの、現実的な解決はなかなか望めそうにないと悲観する人も多いだろう。

その一方でカルテル側は「話題性さえあれば一気にコンテンツが拡散される」というソーシャルメディアの単純さを巧みに利用して、若者を魅了することに成功している。「ギャングはカッコいい」「麻薬組織のメンバーになれば誰でも簡単に成功して金持ちになれる」といった極めて短絡的な幻想を彼らに植え付け、麻薬カルテルのイメージを変えながら広告収入を得て、さらに勢力を拡大するための構成員募集まで行っている。どうやら彼らは、ソーシャルメディアの複雑な点(たとえばコンテンツ規制の難しさ、収入の追跡の難しさなど)を大いに利用しながら、その単純さも見事に使いこなしているようだ。

しかしコロンビア警察当局の説明によれば、それまで捜査の手をくぐりぬけてきたオプトラの逮捕は、「オプトラがインスタグラムを活発に利用してくれた」おかげで実現している。彼の場合、ソーシャルメディアは権力と影響力を拡大するツールであるのと同時に、自身の首を絞めることにもなる諸刃の剣だった、ということになるだろう。


参考URL

How Drug Cartels Took Over Social Media – The Atlantic
https://www.theatlantic.com/international/archive/2025/04/drug-cartel-influencers-social-media/682588/

Salen a la luz nuevos detalles de narcovideo – La Jornada(スペイン語)
https://www.jornada.com.mx/2006/02/06/index.php?section=politica&article=023n1pol

Drug Cartels Are All Over Instagram, Facebook, and TikTok
https://foreignpolicy.com/2020/12/15/latin-american-drug-cartels-instagram-facebook-tiktok-social-media-crime/

Narco-Influencers_ How Cartels Use Social Media for Money Laundering and Propaganda – La Verdad Noticias
https://laverdadnoticias.com/news/narco-influencers-how-cartels-use-social-media-for-money-laundering-and-propaganda-20250207

How El Chapo’s sons built a fentanyl empire poisoning America
https://www.reuters.com/investigates/special-report/mexico-drugs-chapitos/

‘We’re Going to Find You.’ Mexican Cartels Turn Social Media Into Tools for Extortion, Threats, and Violence _ Pulitzer Center
https://pulitzercenter.org/stories/were-going-find-you-mexican-cartels-turn-social-media-tools-extortion-threats-and-violence

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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