「Scam Empire」第一回 投資詐欺の世界へようこそ

非営利団体「OCCRP」は2025年3月5日、世界中で暗躍してきたコールセンター詐欺の実情を伝えるレポートを公開した。このレポート「Scam Empire」には、高度に組織化された投資詐欺グループの構造、その詐欺の手法や騙しのテクニック、摘発の難しさ、被害者の実体験などが詳細に生々しく説明されている。
ここで報告された2つの詐欺グループは、架空の「魅力的な投資」を紹介するオンラインの記事や広告を利用し、長年にわたって世界中の市民から巨額の財産を巻き上げてきた。電話やインターネットを通して一般市民から金銭や情報を盗む「コールセンター詐欺」は、とりわけ中高年や高齢者の老後の蓄えを狙ったケースが報告されがちであるため、高齢化が進む日本でも特に注意すべき犯罪のひとつだろう。
OCCRPと「Scam Empire」プロジェクトの概要
組織的な犯罪や汚職について報道・調査することを目的とした非営利団体「OCCRP(Organized Crime and Corruption Reporting Project)」は2006年の設立以降、世界中の独立系メディアやジャーナリストたちと連携して活動してきた。2024年の時点で42か国以上のメンバーが参加している。
今回ここで紹介する「Scam Empire(直訳:詐欺の帝国)」は、世界中の一般市民から約400億円を巻き上げてきた2つのコールセンター詐欺の実情を暴くため、OCCRPと30以上の国際メディアが共同で行ってきた大規模な調査報道のプロジェクトだ。
彼らは2つのコールセンター詐欺グループから漏洩した約1.9テラバイトの膨大なデータを半年以上に渡って徹底的に調査した。約2万時間の通話の音声記録、数万件の画面録画、スプレッドシートなどを精査しただけでなく、実在する被害者たちに連絡を取ってインタビューを行い、また専門家の協力を得ながら莫大な資金の流れを追跡した。想像するだけで気が遠くなるような作業だが、その地道な努力によって、彼らはとりわけ闇が深いと見なされてきた「コールセンター詐欺の世界」の内情を暴くことに成功している。
「漏洩データ」とプロジェクトのあらまし
彼らが調査した漏洩データは、もともと一人の匿名の人物がスウェーデン国営テレビ(SVT)の記者に提供したものだった。
その人物はSVTの記者に対し「処罰を受けない詐欺師たちの活動を終わらせたい」「国境を越えた犯罪捜査は困難だ」「しかし解決は不可能ではない。この問題について何か行動を起こすよう、我々全員が関心を持たなければならない」「この資料を提供することで、当局が行動を起こすのに充分となるほどの注目を集めてもらいたい」という意図を伝えている。
しかし提供された情報はあまりにも膨大だった。データの内容は多様で、しかも多言語に渡っており、地理的な範囲も広すぎた。この調査は複数の国のメディアの協力を得ないかぎり不可能であると判断したSVTは、OCCRPと提携して「Scam Empire」のプロジェクトを立ち上げた。
二つのコールセンター詐欺
データを漏洩された二つの詐欺グループと、それぞれの概要は以下のとおり。
1.ジョージアを拠点とする詐欺
企業名はA.K.Group。2022年5月以降、主にドイツ語、英語、スペイン語、ロシア語の4つの言語を使い、世界中の6,100人以上から約3,530万ドルを詐取してきた。
この企業は2024年4月の時点で85人ほどの、主に大卒の若者たちを雇用していた。公式の運営者はジョージア国籍の女性Meri Shotadze(36歳)だが、彼女はAkaki Kevkhishvili(33歳)という男性を「上司(boss)」と呼んでいる。彼らの背後に本当の黒幕がいるのかどうかは現在も分かっていない。
OCCRPによる「Scam Empire」の調査報道は、とりわけジョージア国内で大きな波紋を呼び、同国のSNSには怒りや驚きの声が次々と投稿された。ジョージアの検察庁も、すぐさまA.K. Groupの主犯格たちの不動産や持ち株を凍結した。しかし逮捕者が出たのかどうかは明らかになっておらず、ジョージア当局は「情報を提供できない」と述べている。
2.イスラエル、および欧州を拠点とした詐欺
こちらはA.K.Groupよりも「はるかに大規模かつ分散的」で、独自のマネジメント構造を持った3つのビジネスユニットに分かれており、それらはイスラエル、ブルガリア、ウクライナ、スペイン、キプロスに少なくとも7カ所のオフィスをもっていた。テルアビブのマネジメントチームの指揮下で運営されていることは判明しているものの、最終的な運営責任者や創設者、その人数などは特定に至っていない。
この詐欺グループでは、2023年8月の時点で少なくとも480人が雇用されていた。彼らは2021年1月から2024年12月の4年間で、少なくとも30か国(主にカナダ、スペイン、オーストラリア、英国、南アフリカ)の26,000人以上から約2億4,700万ドル以上を詐取した。
彼らが利用してきた79のプラットフォームのうち、65は規制当局から公式警告を受けていた記録がある。しかし厄介なことに、このグループが販売していた商品ブランドのごく一部は「南アフリカで正式な認可を受けた企業」で運営されており、利用者が実際に出金できた記録も残されている(つまり「グループ全体が100%架空の投資詐欺に関与していた」とは言えない)。
被害の規模
2つの詐欺グループによる被害は、以下のようにまとめられている。
・被害者の数は少なくとも33か国で32,954人
・詐欺の被害総額は2億7500万ドル(約400億円)以上
・最も多く詐取された犠牲者の被害額は約390万ドル(約5億6600万円)
・被害者の平均年齢は60.3歳
OCCRPの記者たちが、被害者のうち182人と接触を試みたところ、166人が「詐欺の被害に遭った」と回答しており、そのうち85人は警察に通報済みだった。それでも詐欺師たちが活動を続けられたという事実が、何よりも「摘発の難しさ」を物語っている。
詐欺の大まかな手口
詐欺が行われる流れは二つのグループの間で少々の違いがあるが、大まかには以下のとおり。
・まずは架空の投資に関連した記事や広告が作られる。たとえば初心者でも簡単に一攫千金を狙える投資商品の広告、あるいは最先端のトレーディング商品を謳った広告などだ。「有名人の××が推薦している」という嘘の広告や記事(実在する芸能人、政治家、著名な資産家などが投資を勧めているかのように誤解させるもの)も多い。
・これらの広告は、一般的なニュースサイト、Googleのニュースフィード、利用者の多いSNS(FacebookやXなど)に掲載される。それをクリックした被害者たちは、ランディングページ(投資商品の情報と登録フォームが掲載されたページ)へと誘導される。ここで個人情報を入力した被害者の情報が、詐欺のコールセンターへ送られる。
(※この「個人情報を受け取るまでの流れ」は、アフィリエイトマーケティング企業や広告代理店が代行している。つまり広告の作成や配信、広告のターゲティングや運営などは「外部委託」だったということになる)
・被害者と接触するコールセンターの従業員は、友人のように被害者との会話を重ねながら被害者の信頼を得る。信頼を得られたあとは、ベテランの従業員が執拗に交渉して投資を迫る。
・被害者が試しに少額の投資を行うと、その投資プラットフォームには「すぐに大きな利益が出たこと」が伝えられ、それを祝うような演出が表示され、さらに多額の資金を投資するよう持ちかけられる。しかし実際には、その「プラットフォーム」自体が架空のもので、被害者が出金を試みると様々な理由をつけて拒否する。あるいは追加の投資をするように誘導する。
・投資への不安を抱えた被害者の問い合わせには速やかに対応し、「我々の投資商品はAIベースのシステムが自動的に取引して収益を上げてくれるので、顧客が投資の仕組みを理解する必要はない」などのデタラメを語る。
送金の手法
このような手口で長い間、彼らが摘発されないまま巨額の資金を騙し取ることができた理由のひとつとして「送金の手法」が挙げられるだろう。
一般的な銀行であれば、「あからさまに怪しい投資収益のために、顧客が多額の海外送金をすること」を簡単には認可しない。そのため詐欺師たちは、従来どおりの銀行からの送金を少しでも迂回するべく、被害者たちに暗号通貨での送金を促していた。そして実際、多くの被害者は支持されたとおりに暗号通貨で送金していた。詐欺に使われる投資商品の多くが暗号資産やFXに関連するものだったため、その心理的なハードルは低かったのかもしれない。
しかし被害者の平均年齢が60歳以上ということを考えると、おそらく暗号通貨での入金に抵抗を示す被害者もいたのだろう。詐欺師たちは一部の顧客に対し、いわゆるネオバンク(実店舗を持たずにオンラインのみで運営する「デジタル優先」のダイレクトバンク)など、規制が緩い金融機関に新たな口座を開設してから送金するよう説得していた。さらに一部のケースでは、スムーズに送金できるようにするため、銀行の行員に対してどのように説明をしたらいいのかを指南する「送金理由の台本」も提供していた。
また詐欺師たちは金の追跡を防ぐため、被害者たちに対して「複数の国にまたがるネットワークの一部となっている企業」へ送金するよう指示したり、あるいは「取引を容易にする専任のサービスプロバイダ」を利用させたりしていた。このような手法で送られたあと、国を超えて何度も送金される金の流れを追うのは非常に困難なので、「最終目的地の追跡はほぼ不可能」だった。
たとえばScam Empireで報告されているケースの一つでは、まず被害者が「スペインと英国で登録されている企業のグループ」へ送金しており、その金は「主に英国、アラブ首長国連邦、ハンガリーで運営されている企業」に送られていた。そこからさらに「キプロスと北マケドニアを拠点とする偽のコンサルタント企業」に金が流れたところで、追跡の糸が途絶えている。
詐欺師が利用していた「アフィリエイトマーケティング企業」
Scam Empireの報告によれば、この2つの詐欺グループは完全に別の組織で、なんら繋がりはないものの「本質的に同様の詐欺を行っていた」という。彼らが使用している従業員のトレーニング用教材や詐欺のスクリプトは同じようなものであり、どちらの詐欺でも複数の外注企業が関与しているからだ。また彼らが利用するアフィリエイトマーケティング企業、VoIPサービスやクラウドホスティングソリューション、決済代行業者などのサービスプロバイダも部分的に共通していた。
何の繋がりもない2つの詐欺に利用されていた企業は、少なくとも「独自に立ち上げたペーパーカンパニー」ではなかった可能性が高いと考えられるが、これらの代理店やプロバイダのそれぞれが合法的なサービスを提供する一般企業だったのか、あるいは詐欺への加担を念頭にデザインされた闇ビジネスだったのか、正確なところは分からない。しかしアフィリエイトマーケティング企業に関しては以下のような記述がある。
広告の誘導によって得られた潜在的な被害者の連絡先(つまり、これから詐欺を仕掛ける相手の連絡先。彼らの間では「リード」と呼ばれていた)を詐欺師たちに提供するアフィリエイトマーケティング企業は、リードのリストを送るたびに高額なコミッションを得ていた。さらに「リード」が実際に入金を行った場合、1件あたり200ドルから2,350ドルの成功報酬を受け取っていた(報酬の額は国によって金額が異なり、裕福な国ほど高額だった)。
先述の「2.イスラエル、および欧州を拠点とした詐欺」は、これらのアフィリエイトマーケティング企業に対し、2024年の1月から7月までの間に730万ドル以上を、また2023年の同時期には1030万ドル以上を支払っていた。今回Scam Empireが精査した漏洩データには、300社以上のアフィリエイトマーケティング企業の名前が含まれているという。しかし一人の人物が複数のブランド名を使って請求することもあり、また彼らの多くは匿名や偽名、シェルカンパニーを使っていたため、実際に関わった人物や企業の正確な数は分かっていない。
詐欺師が利用していた「サービスプロバイダ」
またIT系のサービスプロバイダに関しては、OCCRPが提供するニュースページのほうに、ひとつの興味深い例が示されている。
OCCRPは2025年3月25日、「Ericsson Cuts Relationship With Israeli Firm That Provided Tech Used by Scammers」と題された記事を公開している。これはスウェーデンの大手通信企業エリクソンがイスラエルの企業「Coperato」との業務提携を終了したことを伝えるニュースだ。Coperatoは、エリクソンの子会社Vonageが提供しているコミュニケーションツールに依存したVoIPサービスプロバイダだった。
その報道によると、Scam Empireプロジェクトのスタッフが漏洩データの分析を行っていたとき、そこにCoperatoの利用記録が含まれていることを発見したという。先述の「2. イスラエル、および欧州を拠点とした詐欺」は、Coperatoのサービスを3年以上にわたって利用し、計100万ドル以上の報酬を支払っていた。
そのためScam Empireプロジェクトは、Coperatoとの業務について確認するべくエリクソンに問い合わせを行った。その直後、エリクソンはCoperatoとのクライアント契約を終了した。エリクソンのプレス担当者は、スウェーデンのメディア「Dagens Industri」で「すでにCoperatoはVonageの顧客ではない」と語っている。つまりOCCRPは漏洩データを分析する過程でCoperatoの関与を把握し、その確認の連絡をきっかけとして詐欺師とCoperatoのつながりを知ったエリクソンは、火の粉が降りかかる前にあわててCoperatoとの契約を打ち切った、と考えるのが妥当だろう。
Coperatoの提供するVoIPサービスは、詐欺師たちが利用する顧客管理のソフトウェアに統合されていた。それは「以前に(詐欺師が)利用した電話番号に『スパム』のフラグが立てられてしまった場合、発信の電話番号を置き換え、さらに特定の番号からの着信通話をブロックする」という要求にも対応していた。
CoperatoのCEOによれば、このような統合は「多種多様な業界のクライアントのための標準的で合法的な慣行」であり、フラグのついた電話番号の置き換えも、VoIP業界において通常的であるという。彼らは「合法的な企業のみが自社のプラットフォームにアクセスできるようにするための審査プロセス」を実行してきたと述べ、当局がフラグを立てた顧客のアカウントを閉鎖したこともあると付け加えた。Coperatoを代表する法律事務所はOCCRPの取材に対し、「6年以上にわたって協力してきた主要なサービスプロバイダのひとつから、ビジネスの即時終了を通知されたことに大変驚いている」と語っている。
実際のところCoperatoが、まったく詐欺への加担に気づいていなかったのか、あるいは承知のうえで多額の報酬を受け取っていたのか、我々が知ることはできない。ともあれ、Scam Empireの詐欺師たちが利用してきた「委託業者」の範囲は幅広く、実態のよく分からない怪しげなアフィリエイトマーケティング企業もあれば、世界に知られる超大手企業のビジネスパートナーもあった、ということになるだろう。
補足
OCCRPは「国際的な」非営利調査報道の組織だが、そのウェブサイトは英語とロシア語のみで表記されている。そして「国際的で大規模なオンライン詐欺を実行する国」として知られるロシアの名前や地名が、Scam Empireのレポートには一度も出てこない。そのため「ひょっとすると、このプロジェクト自体がロシアのプロパガンダ的な役割を果たしているのでは。まさか偽旗作戦では?」と考えた用心深い人もいるかもしれない。
その心配はおそらく無用だろう。そのウェブサイトがロシア語で展開されるようになった2012年の時点で、OCCRP自身が理由を説明している。彼らは、まず旧ソ連諸国を中心とした地域の組織犯罪や汚職が非常に深刻であること、そしてロシアの独立系メディア(つまり国営以外のメディア)が弱体化していることを指摘し、客観的な調査の報道を広めるためにはロシア語での発信が不可欠だという考えを示した。
これまでロシア国内の汚職や組織犯罪について多くの調査報道を行ってきたOCCRPは、むしろロシア政府から「好ましくない組織」と見なされている。そのため2021年には「我々に協力している現地のジャーナリストたちが、当局から圧力や制裁を受ける可能性が高まってきた」ことを理由に、ロシア国内での活動を断念すると発表した。その際にも「ロシアの汚職や国際的な不正に関する調査報道は、今後も継続していく」という方針を明らかにしている。
参考URL
Scam Empire_ How Criminal Call Centers Make Millions From Investment Scams _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire
Everything You Need to Know About ‘Scam Empire’ _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/scam-empire-everything-you-need-to-know-about-these-massive-investment-scams
Scam Empire_ Inside A Merciless International Investment Scam _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/scam-empire-inside-a-merciless-international-investment-scam
Huge Ecosystem of Unregulated Payment Providers Helps Scammers Collect Victims’ Money _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/huge-ecosystem-of-unregulated-payment-providers-helps-scammers-collect-victims-money
Scam Operations Relied on Third-Party Marketing Companies for Steady Stream of Potential Victims _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/scam-operations-relied-on-third-party-marketing-companies-for-steady-stream-of-potential-victims
Ericsson Cuts Relationship With Israeli Firm That Provided Tech Used by Scammers _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/news/ericsson-cuts-relationship-with-israeli-firm-that-provided-tech-used-by-scammers
OCCRP Launches Russian-Language News Site _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/announcement/occrp-launches-russian-language-news-site
Investigative journalism group OCCRP says it will no longer work in Russia ・ Global Voices
https://globalvoices.org/2021/09/15/investigative-journalism-group-occrp-says-it-will-no-longer-work-in-russia/