「Scam Empire」第二回 「詐欺帝国」の虚栄

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コールセンターの詐欺グループをOCCRPが徹底調査したレポート「Scam Empire」には、組織化した詐欺師たちがどのようにして運営を続けてきたのかが鮮明に記されている。ここでは、より多くのことが明らかになっている「A.K. Group」(ジョージアを拠点とする詐欺グループ)に焦点を当て、詐欺帝国の内情と騙しのテクニックをお伝えしたい
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目次

組織の構成

以前「麻薬カルテルのSNS戦略」で取り上げた中南米の麻薬カルテルは、人員を募集する際に「物事を深く考えないタイプの貧困層の若者」を狙っていた。それとは対照的に、A.K. Groupは「大卒以上の若者」を雇用している。

・A.K. Groupの従業員は85人ほどで、ほぼ全員が「大学教育を受けており、他国の言語を流暢に駆使できる若者」である。

・従業員たちは、標的の地域や言語ごとに分けられたチームを編成し、標的の母国語や文化を理解したうえで詐欺を行っている。これらのチームは詐取した額を競い合っていて、最も「成績が良かった」のは英語話者のチームだった。

・それぞれの言語チームは、さらに「コンバージョンチーム」と「リテンションチーム」の二つに分かれて役割を分担している。

 ▽主に新人の従業員で構成されるコンバージョンチームは、新しい顧客(つまり新たな被害者になりそうな人物)の対応を担当している。彼らの多くは数日間のトレーニングを受けたのち、すぐさま顧客対応の実務を開始する。

 ▽一方、リテンションチームは経験を積んだ詐欺師のみで構成されており、「できるだけ多額の金を標的から引き出す」役割を担っている。

新人からベテランへの「引継ぎ」

新たな被害者が金を騙し取られるまで、具体的には以下のような流れとなる。

・まずはコンバージョンチームの詐欺師たちが被害者に接触する。
金融アドバイザーや暗号資産専門家を自称する新人の詐欺師は、実在の人物としてふるまうため、自分のアクセントやバックグラウンドに合った偽名を使う。さらに偽造のパスポートやIDカード、偽の本人写真などを提示し、被害者に信頼されそうな人物を演じる。

・新人の詐欺師たちは、まるでロマンス詐欺のように、ひたすら被害者の話し相手として親しくなることを試みる。自分の家族の話題、趣味の話題、あるいは将来の夢などを被害者に語りながら、被害者の個人的な悩みを引き出す。その話をよく聞き、共感や理解を示し、時には親身なアドバイスをすることによって信頼関係を築きあげ、「我々は親しい関係だ」と思いこませる。
(大学を卒業した後、まだ詐欺どころか営業にさえ慣れていない若者が接していることも、詐欺だと気付かれにくい理由のひとつかもしれない)

・被害者からの信頼を得られたコンバージョンチームの詐欺師は「試しにほんの少しだけ投資してみること」を提案する。被害者が少額を投資すると、偽の投資プラットフォームが「すぐに利益が出たこと」を示す。このようにして嘘の成功体験が演出される。

この初回の少額投資が行われた時点で、コンバージョンチームの業務は終了する。
ここから先はリテンションチームの経験豊富な詐欺師に引き継がれ、執拗な勧誘が行われるようになる。つまり「少しでも親密になる役割」と「少しでも多額を引き出す役割」は完全に分担されている。

・ベテランの詐欺師たちは、電話やメッセージで頻繁に被害者と連絡を取り、粘り強く交渉する。彼らは架空の専門用語や業界知識を駆使しながら、架空の成功事例や実績を語り、被害者に「信頼できる専門家」だと思いこませる。また被害者が不安を感じたり疑問を持ったりしたときは、すぐさま誠実な対応を行うことで相手を安心させる。

・彼らは被害者が疑念を感じたとき、あるいは投資の中止を決断したときのために、あらゆるパターンの「反論・説得用のスクリプト」を用意している。被害者が不安の声をあげるたび、詐欺師はそれを「だからこそ投資したほうが良い」「いま止めたら損をする」と説得する機会に変えてしまう。

・それでも被害者が詐欺に気づいた場合は、「警察や税務当局などを装った別の詐欺師」に引き継がれることもある。このパターンでは「失った資金を取り戻すため」と称して、さらに追加の送金を迫る。

甘い声の冷酷な詐欺師

以上が大筋の流れとなる。より具体的な例として、代表的な詐欺師の一例を示そう。

A.K. Groupの英語話者チームの女性詐欺師Mariam Charchian(26歳)は、「Mary Roberts」という偽名と偽パスポートを提示し、プロの暗号資産専門家を自称していた。米国の金融業界の規制当局には「Mary Ann Roberts」という実在の財務顧問の女性が登録されているため、Charchianはこの女性の名前を利用したと考えられている。彼女は最もアグレッシブに活動していた詐欺師の一人で、Scam Empireのレポートが公開される少し前にも、高齢の被害者から3万1000ドルを騙し取ったばかりだった。

彼女の基本的な設定は「幼い娘のいるシングルマザー」だが、時には「高齢の両親を養わなければならない親孝行の娘」、時には「ポーランドからイギリスへ移住した苦労人」、時には「粘り強さと強い意志を持ち、金融業界で成功してきた敏腕なエキスパート」として、相手の趣味に合わせた追加のエピソードを語っていた。

彼女は被害者との対話の中で、ことあるごとに「自撮り写真」を送り、自分がいかに魅力的な外見であるのかを示していた。しかしOCCRPの調べによると、その写真の美女は実在するウクライナ人のモデルのものだった。Charchianは業務用のPCに、そのウクライナ人モデルのInstagramページから丸ごと写真をダウンロードし、保管していた。

カナダの公共放送局CBCは、Charchianの餌食となったカナダ人男性D氏のケースを詳細に報じている。D氏を騙したときの彼女は「詐欺の被害者に手を差し伸べるふりをして、さらに金を引き出す詐欺師」の役割を果たしていた。つまりコンバージョンでもリテンションでもない第三の詐欺だ。

時系列で語ると、このようになる。
オンタリオ州にある工場の工場長D氏は、まんまとA.K. Groupの投資詐欺に騙され、20万ドルの財産を失ったことに気づいた。あわててオンタリオ州の警察に通報したものの、当然のように捜査は進まない。絶望し、自殺願望を抱えていたD氏のもとに「暗号通貨の専門家Mary Roberts」を名乗る女性が電話をかけてくる。彼女は「あなたの名前と連絡先が『詐欺に騙された投資家であることを証明するため、暗号通貨ウォレットに3500ドルを送金しなければならない人』のリストに載っていた」と伝え、甘い声で親しげに彼と会話し、「あなたの20万ドルを奪った詐欺師を私が見つけ出し、金を取り戻せる」と約束した。つまり彼女は、すでに20万ドルを奪われた被害者から最後の一滴まで絞り取ろうとしていたのだ。

D氏を安心させるため、彼女が送った自身の写真やパスポートの写真は、もちろん全てが偽物だった。ふたたび騙されて3500ドルを支払ったあと、彼女もまた詐欺だったことに気づいたD氏はCharchianに電話をした。そのときの音声記録が残されている。

D氏から「いますぐ3500ドルを返せ。お前は詐欺師だ」と言われたCharchianは、すぐに開き直り「その通りだけど、とても上手だったでしょ? 私は誰でも騙すことができるの」と笑った。さらに「もう自分は死ぬしかない。警察に通報してやる」と嘆くD氏に「だったら死になさい。何をしても無駄、あなたの人生はおしまい」と大笑いし、「あなたはどうしようもない間抜け。カナダの警察、ケベックの警察、アルバータの警察、カルガリーの警察、オンタリオの警察、そして世界中の警察に電話したって、私の本当のパスポートは絶対に見つからないの。このクソバカ!」と啖呵を切っていた。

(ちなみに彼女が海外旅行を楽しむ姿や、彼女の「パスポート」の写真は、自身が本名で使っていたFacebookやInstagramのアカウントで見ることができた。SNSの投稿では、質素な暮らしをしてきた彼女が、とつぜん豪華な海外旅行や高級ブティックのショッピングを楽しむようになる様子が見られた。これらのアカウントは「Scam Empire」が発表されてから間もなく削除されたが、一部のメディアには、削除される前に保管された写真の一部が掲載されている)

詐欺師たちの華麗なる世界

A.K. Groupの若い詐欺師たちは偽名や匿名性を徹底しており、社内でも本名を明かすことなく身元を隠して生活していた。しかし若くして大金を得た彼らは、自分の煌びやかなライフスタイルを誇示せずにいられなかったようだ(※)。

彼らはA.K. GroupのグループチャットやSNSで、自分たちを「skameri(詐欺師)」と呼びながら、所有する数々の宝石や高級ブランド品、ドバイやギリシャの海外旅行、ヘリコプターでの結婚式、シャンパンで乾杯する様子などを投稿し、派手な生活ぶりを自慢しあっていた。つまり彼らは「詐欺の報酬によって華麗な生活を楽しんでいること」を匿名のまま誇示し、互いの成功を祝福していた。

実際のところ、A.K. Groupでは月に2万ドル以上を稼ぐ従業員もいた。また成績の優秀な者には、BMWなどの高額商品や特別なボーナスが与えられていた。その一方で、従業員たちには非常に厳しいノルマが課せられており、彼らは上司から「顧客をもっと真剣に追い詰めて金をむしり取れ」「こいつは詐欺に気づき始めている。明日はない、どうにかして今日中に金を引き出せ」などと厳しく叱責されていた。それは成績の悪い従業員だけに限ったことではない。

たとえば先述のMariam Charchianは、A.K. Group内でも絶大な信頼を寄せられるトップクラスの詐欺師だが、上司から「お前一人で最低8万ドル以上は稼げ」とドヤされていた月もあったことが分かる。A.K. Groupに詐欺師として採用されれば、誰でも簡単に大金を手に入れ、華美な生活を楽しめたというほど単純な話ではなさそうだ。

それでもA.K. Groupの従業員たちは、勤務時間の合間にもチャットグループで匿名のまま雑談を楽しんでおり、そこでは若者が使いがちなGIFやミームが頻繁に飛び交っていた。時にはうっかり本名を出してしまった従業員が「逮捕されるぞ!」と冗談を言い合うような場面もあった。その会話は同僚仲間というより、まるでティーンエイジャーの無邪気なグループチャットのようにも見える。

※ちなみに彼らがSNSに投稿した華美な写真や動画は、OCCRPによる「身元特定」の重要な手がかりとなった。この点は、麻薬カルテルのボスが逮捕された状況と共通している。
参考:麻薬カルテルのSNS戦略
https://inods.co.jp/topics/6326/

ジョージアの反応

A.K. Groupの実態を生々しく暴き、さらに関係者24人の実名を公表したScam Empireのレポートは、ジョージアの市民に大きな衝撃を与えた。その公開から数日後には、ジョージアの検察庁もA.K. Groupの主要な人物たちの不動産や持ち株などを次々と押収した。

OCCRPの取材では、多くの市民がA.K. Groupに対する驚きや怒り、あるいは恥ずかしさの感情を語っている。またTikTokには、先述の「Mariam CharchianがD氏を侮辱している音声」を呆然とした表情で聞いている元同級生の動画も投稿された(この動画には「彼女と同じ空間で18年間を過ごした」という説明も記されている)。資金と言う資金を最後まで搾り取ったうえ、被害者に笑いながら「死ね」と告げたCharchianの肉声には、「もはや詐欺師というよりも異常な虐待者だ」などの激しい怒りが集まっている。

このように多くの市民が嫌悪感を示している一方で、「せっかく教育を受けて外国語を学んだ若者でさえ、ろくな職に就けないジョージアの社会構造にこそ問題がある」「もっと見通しの明るい国なら、彼らは詐欺師になる人生など選ばなくてよかったはずだ」などの意見もあった(ちなみにジョージアでは2023年に16万3,480人が国外流出しており、その7割は30歳未満)。

詐欺帝国の「その後」

ともあれ多くのジョージア市民は、A.K. Groupの関係者たちの逮捕や実刑を求めている。しかし逮捕者が出ているのかどうかの問いに対し、検察庁の広報担当者は「捜査の利益のため、これ以上の詳細は提供できない」と回答している。OCCRPの記者も関係者たちにコメントを求めたが、彼らと連絡を取ることはできなかった。

そして「Scam Empire」プロジェクトに参加していたジョージアの現地メディア「iFact」は、2025年4月25日の記事の中で次のように伝えている。

・ジョージアのコールセンターの『詐欺帝国』が暴露されたとき、彼らの不正行為もこれで終わるだろうと思われたかもしれない。しかし、そうはならなかった。

・我々のScam Empireの調査プロジェクトが公開されたあと、A.K.Groupの従業員たちは少しずつ姿を消していった。彼らはオフィスを去り、ソーシャルメディアのアカウントを削除し、贅沢な生活を披露する投稿を削除した。またジョージア検察庁はA.K.Groupを詐欺とマネーロンダリングで刑事告訴し、彼らの資産を押収した。

・しかし、これらの懲罰的措置は「詐欺師」を止めることはできなかった。彼らはすぐに不正行為を再開している。それはスウェーデンのデジタルフォレンジックグループであり、OCCRPのパートナーでもあるQuriumが入手した内部記録に裏付けられている。

・その文書によると、ジョージアのコールセンターのエージェント14人が3月下旬までVoIPのプラットフォームで活動し、「Squaretalk」と呼ばれるプログラムを使用して通話を行っていた。このシステムを通じて少なくとも184件の通話が行われている。


Scam Empireの特設サイトには、複数のページに大量の情報やファイルが掲載されているが、そのほとんどは2025年3月5日の公開に合わせて一斉にアップロードされたものだ。現在も被害者からの情報を募っているものの、漏洩データを徹底調査するプロジェクト自体は、その公開をもって一旦終了している。

しかし今後も、Scam Empireには「続報」が重ねられる可能性は充分にあるだろう。あるいは2つのグループとは無関係の、まったく別の組織的なコールセンター詐欺に関する報告が追加されるかもしれない。まずは一般的なニュースサイトやSNSが広告を厳格に審査し、悪質な広告主を締め出すためのエコシステムを本気で構築しないかぎり、このような詐欺は根絶できないのではないだろうか。いま本当に求められているのは「違法広告への対応強化」などといった緩慢な呼びかけではなく、「広告の審査を怠ったことでユーザーに損害を被らせた広告媒体に対し、直接的な賠償を負わせることができる法的な枠組み」なのかもしれない。

参考URL

Scam Empire_ How Criminal Call Centers Make Millions From Investment Scams _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire
Everything You Need to Know About ‘Scam Empire’ _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/scam-empire-everything-you-need-to-know-about-these-massive-investment-scams
Scam Empire_ Inside A Merciless International Investment Scam _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/scam-empire-inside-a-merciless-international-investment-scam
Diamonds, Dior and Dubai Vacations_ The Luxurious Lives of Georgia’s Call-Center Scammers _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/diamonds-dior-and-dubai-vacations-the-luxurious-lives-of-georgias-call-center-scammers
From Rumors to Ugly Reality_ Georgians Stunned by Scam Call Center’s Cruelty _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/project/scam-empire/from-rumors-to-ugly-reality-georgians-stunned-by-scam-call-centers-cruelty
Georgia Freezes Assets of Top Scammers in Massive Call Center Fraud _ OCCRP
https://www.occrp.org/en/news/georgia-freezes-assets-of-top-scammers-in-massive-call-center-fraud
Call-centre crypto scammers unmasked as data leak exposes their schemes _ CBC News
https://www.cbc.ca/news/investigates/call-centre-crypto-scams-occrp-leak-1.7474969
“The Return of the Scammers_ A.K. Group Agents Continue Their Fraud” – iFact
https://ifact.ge/en/the-return-of-the-scammers/
Unbelievable Revelation about a Longtime Classmate _ TikTok
https://www.tiktok.com/@ksandraae/video/7481204420378774802?_r=1&_t=ZS-8uejl6aw9Oa

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この記事を書いた人

やたらと長いサイバーセキュリティの記事ばかりを書いていた元ライター。現在はカナダBC州の公立学校の教職員として、小学生と一緒にRaspberry Piで遊んだりしている。共著に「闇ウェブ」 (文春新書) 「犯罪『事前』捜査」(角川新書)などがある。

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