ドイツにおけるManosphere オンラインの女性差別

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はじめに

Manosphere(マノスフィア、男らしさ、女性蔑視、男性至上主義や伝統的な男女の役割分担を強調するコミュニティやサイト、個人の総称)であり、ドイツにおけるそれはGermanosphereと呼ばれる。Manosphereはオンライン上の反自由主義、極右、人種差別、反ユダヤ主義といった世界観と重なっており、いわゆる反主流派の顕現する一形態と言える。
今回は、ISDとSCRIPTSが共同で行った研究についての報告「Mapping the Germanosphere. A Pilot Study」(2025年5月15日、 https://www.isdglobal.org/isd-publications/mapping-the-germanosphere-a-pilot-study/ )を取り上げる。この研究ではドイツのオンライン空間における Germanosphereについての分析を行うことで、インターネットにおける男性による女性憎悪がどのように拡散するのかを明らかにすることを目的としている。また本報告では、女性蔑視的なコミュニティ同士の関連性を明らかにし、さまざまなステークホルダーに対しこのような運動をどのように防いでいくかを具体的に示すことも目指している。

オンライン空間における女性嫌悪の分類

本報告によれば、ドイツのオンライン言論空間において「Germanosphere」とされる人々は以下のように分類されるという。

ピックアップアーティスト(PUA)
ピックアップ(いわゆるナンパ)を技術、あるいは芸術と捉えるグループは、男性にデートテクニックを教え、操作的な手法を伝授する。彼らは標的とする女性のことを「ターゲット」や「障害物」と呼んだり、女性の行動を説明するために、疑似科学的で性差別的な解釈を用いる。

自分の道を行く男性(MGTOW)
女性との関係を完全に拒否し、男性の自然な優越性を信じ、性別関係の階層的理論を主張する。一部のMGTOWは女性を「寄生虫」と見なし、離婚法や他の法的構造を意図的に男性に不利なものと見なす。

インセル(非自発的独身者)
孤独の原因を女性に帰し、自己嫌悪と社会的不満の混合から現代の性別役割を拒否するとされている。また、そのような自分たちを地位の低いものと認識し、それが暴力的、または差別的な言動に発展することもある。

男性の権利活動家(MRA,FRA)
フェミニズムが男性を不利な立場に置いていると主張し、「女性中心主義」が過剰に社会に蔓延しているとして、男性優位主義の対抗運動を呼びかける。一部のMRAは女性を男性に従属させる社会秩序の回復を目的としているとされている。またサブコミュニティとして「父親の権利活動家」があるとされ、面会権や育児、養育費などにおいて男性親が不当に差別されていると主張する。一部活動は右派政治団体とのつながりも指摘されている。

レッドピラー
自分たちを「覚醒した」男性と位置付け、女性中心の世界の被害者であると認識している。男性優位性を正当化するために進化心理学的な説明に依拠することが多い。その思想は「グレート・リプレイスメント」理論などの陰謀論と重なることが多い。

これらのコミュニティはドイツ国内のオンライン空間のプラットフォームを通じて緩やかにつながっていると本報告は指摘している。これらの活動のナラティブには矛盾する主張も多く存在するが、女性嫌悪という大きな価値観が共有されることによって共存していると報告は述べている。

Manosphere同士の関わりを分析する

本報告では、Manosphereの分類だけでなく、それぞれの関係性についても分析を行っている。具体的には専門家へのインタビューやデータ収集、質的分析やネットワークマッピングのような手法を用いてオンライン空間におけるそれぞれのManosphere集団の関わり方を分析している。例えば専門家に対するインタビューでは、Manosphereについて特に以下の点が指摘されている。
・エコーチェンバー効果:同じ思想を持つ者同士で情報を共有し、確認し合うことで思想を強化する。
・ミーム文化:インターネットミームを用いてメッセージを拡散し、影響力を高める。
・逆境の美化:社会的な孤立や失敗を「選択」として肯定し、自己の価値を見出す。
・女性への敵対的態度:女性を敵視し、社会的な不平等を女性のせいにすることで自己の立場を正当化する。

国際的なコミュニティとの関わり

これまで述べてきたようなコミュニティはドイツ語圏にとどまらず、国際的なつながりを有していると報告では指摘されている。以下に挙げるのは報告の中でも強調されているポイントである。
・国際的な統合
ドイツ語圏の「Germanosphere」のナラティブは、国際的な女性蔑視ネットワークでの議論を大きく反映している。進化心理学的な説明やイデオロギー的な覚醒としての「レッドピリング」、ステレオタイプ的な階層的性別イメージといった主要な概念は、ドイツとグローバルな文脈の両方で確認できる。
・国際ネットワークとの類似構造
英語圏と同様に、ドイツの「Germanosphere」はMRA、PUA、インセル、MGTOW、レッドピラーから構成されている。
・プラットフォームの行動
PUAやレッドピラーは主にYouTubeやオーディオビジュアルプラットフォームを利用して、思想的なメッセージと商業サービスを結びつけている。またMRA・FRAは、政治的なキャンペーンや個人的な経験の共有のためにウェブサイトやブログを好んで利用するほか、さまざまな反フェミニスト、MRA、FRAがウェブサイトリンクで相互を認識し、連繋している。YouTubeネットワークは共有動画とクロスプロモーションを通じてPUAやレッドピラーなどを結びつけ、思想的な近接性と経済的利益の両方を反映している。MGTOW運動は人数は少ないものの、他の女性蔑視グループと強くネットワーク化されている。ドイツ語圏のインセルは稀であるものの、国際的なインセルの極端な女性蔑視、反ユダヤ主義、人種差別的なナラティブをほぼ完全に採用している。

求められる対策

本報告では、これまで観察してきた女性蔑視コミュニティの拡大に対抗するための方策として、当該コンテンツの違法化やオンライン上で拡散される誤情報などを周知する教育コンテンツの拡充、各プラットフォームを提供する企業による自主的な対策を求めている。特に企業による自主規制については、オンラインプラットフォームが行うエコーチェンバー的なアルゴリズムがこのような思想の増幅を助長していると指摘しており、テック企業による法令遵守やアルゴリズムの改善といった投資行為など、是正措置を強く求めている。いずれにしてもこのようなコミュニティに対する深い分析が、Manosphereなどのオンライン上のミソジニーに対抗するための重大な知見になると本報告は指摘している。

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この記事を書いた人

茨城県出身の2003年生まれ。軍事・非軍事を問わず安全保障に興味を持っている。専攻は日米関係史だが主に東アジアの安全保障体制を扱っている。専攻外では中世ヨーロッパにおける政治体制の勉強が趣味。とくにポーランド・リトアニア共和国における民主制が対象。

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