15年間57論文から見えた偽・誤情報対策法推進の4要因

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偽・誤情報対策に関わる人には必読

2025年6月23日International Journal of Communicationに掲載された「The Global Spread of Misinformation Laws」https://citizenlab.ca/2025/06/true-costs-of-misinformation-the-global-spread-of-misinformation-laws/ )は過去15年177カ国57論文のシステマティック・レビューである。
と書くと法律に興味のない方は読むのを止めてしまいそうだが、偽・誤情報に関わるすべての人に関係する内容になっているので読んでいただきたい。この論考は法律を通して偽・誤情報問題を整理しているのだ。
さらに筆者のSamantha Bradshawはオクスフォード大学でデジタル影響工作の年刊を作成していたメンバーで、Gabrielle LimはカナダのCitizenLabのメンバーだ。それだけでも読むべき理由になる。

偽・誤情報対策法の統計情報

・2010年から2022年までの間に80カ国で偽・誤情報対策法が成立している。特に2020年に飛び抜けて多く立法されている。

・選挙独裁国が最も多く(法律の数90)、ついで完全独裁国(48)、選挙民主主義国(38)、そして一番少なかったのは自由民主主義国(10)だった。つまり、偽・誤情報対策法の多くは独裁国で成立していた。

・すべての統治体制において、懲役刑と罰金が最も多く、コンテンツ管理や透明性やライセンスなどに関するものは少ない。

統治体制の区分は民主主義指標のひとつであるV-Demの4分類を利用している。自由民主主義がもっとも民主主義化した状態であり、ついで選挙民主主義、選挙独裁、完全独裁制の順番で非民主主義的となってゆく。
なお、私が入手したバージョンでは「選挙民主主義、選挙民主主義、選挙独裁、完全独裁制の順番」という文章になっていたが、文中の数字や数表から「選挙民主主義、選挙独裁、選挙民主主義、完全独裁制の順番」の誤りだとわかったので本稿では正しい順番にしている。

偽・誤情報を安全保障上の問題にした4つの要因

この論考では調査の結果、立法化を推進した4つの要因をまとめている。

1.政治的エリートによる偽・誤情報問題の安全保障上の問題への格上げ
2.グローバルノースによる国際的な議論と政策へ影響拡大
3.政府による情報統制の欲求
4.プラットフォームのガバナンスと脅威の暴露

最大の要因は「4.プラットフォームのガバナンスと脅威の暴露」であり、次いで「3.政府による情報統制の欲求」であった。以下、個々の内容を見ていく。

政治的エリートによる偽・誤情報問題の安全保障上の問題への格上げ

国家にとっての「脅威」は多数かつ複雑な要因で構成されており、正確な評価と検証は難しい。政治的エリートが安全保障上の問題であると宣言した時点で、その問題は安全保障上の問題となる、とこの論考は過去の研究を引用しながら説明している。そして偽・誤情報も同様に政治的エリートの宣言によって安全保障上の問題となった。

現在、多くの国家が偽・誤情報を、特別なやり方(法律による規制)で管理することを正当化しているのが、それが安全保障上の脅威であるという認識である。もちろん、執筆者たちは偽・誤情報に影響力や害がないと言っているわけではなく、偽・誤情報は昔から存在していたが、近年例外的な政治的要請によって課題になった、という意味である。偽・誤情報の安全保障化は、例外的な政治的課題への移行が急速かつ世界的に起こった

当初用いられていた「フェイクニュース」という言葉は使いやすく、一般大衆に受け入れられやすく、強い猜疑心を広げた。この傾向は英語を母国語としていない国でより顕著だった。
「フェイクニュース」というフレーミングによって政治指導者は反対派メディアを国家安全保障、公共の秩序、公衆衛生への脅威として戦略的に位置付けることが可能になった。その結果、20人以上の政治指導者が「フェイクニュース」 という言葉を使ってジャーナリズムなどを批判し、「フェイクニュース」に対処するための新法を正当化した。

グローバルノースによる国際的な議論と政策へ影響拡大

偽・誤情報の安全保障化を推進したもうひとつの要因はグローバルノースの国々がターゲットとなっていたことでグローバルノースにおいて注目を集め、対処が必要という認識が広まったことである。グローバルサウスの実態や問題は無視されていたが、グローバルノース、特に米国とEUが国際的な議論を主導して安全保障上の問題に押し上げた。国際的な議論においては、議論の内容よりも、どこの国が発言しているかが重要になるのだ。

政府による情報統制の欲求

国家が情報を統制したいという欲求は2番目に大きな要因となっていた。多くの政府は常に情報を統制することを望んでいる。現在、独裁国家の方が多く、それらの国家にとってインターネット上の情報を統制することは大きな課題となっている。

プラットフォームのガバナンスと脅威の暴露

プラットフォームのガバナンスと脅威が広く知られるようになったことは立法化の最大の要因となっていた。プラットフォームは偽・誤情報問題において大きな役割を果たしており、過去から存在した偽・誤情報問題を可視化し、増幅させていた。害悪なプラットフォームを影響を抑制するためという名目で、偽・誤情報対策法は正当化できた。

課題

論考では下記を課題としてあげていた。

・偽・誤情報の脅威と対応は発生国以外の国にも広がった
 発生国以外の国では、それぞれの国の事情に合わせて調整されて取り入られた。

・重要なのは問題の内容ではなく、発言者
 国際的な議論をリードするのは常に力のある国であり、その問題の内容以上に重要とされる。

・安全保障上の脅威としてとらえることによる弊害
 偽・誤情報問題の安全保障化は、攻撃を抑制することに焦点をあてることが多く、分極化やアイデンティティなどの関連する問題を軽視してきた。

感想

本論考は偽・誤情報法を通して、偽・誤情報問題の問題点を浮き彫りにしている。ここであげられた4つの要因などは他のアプローチの調査研究でも過去に指摘されていたことであり、それが実際に法律として顕現していることを示している。

たとえば、偽・誤情報の議論や調査研究がグローバルノース、特にアメリカに偏っていることは過去の調査で指摘されている。下記は2016年から2022年に公開された8,469件の論文をスクリーニングし、759件の研究を含む555件の論文を抽出して分析した論文である。

What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)
https://doi.org/10.37016/mr-2020-130

日本語による紹介 誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e

偽・誤情報の対策についてはもっとひどく、その効果とは関係なく調査研究が実施されている。調査研究の資金提供者(主として政府など)が求める対策に資金が集中するためであり、その多くは効果が期待できないものだ。日本の官公庁の進める施策も同様の轍を踏んでいないとよいのだが。

COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide
https://carnegieendowment.org/2024/01/31/countering-disinformation-effectively-evidence-based-policy-guide-pub-91476

日本語での紹介 10の偽情報対策の有効性やスケーラビリティを検証したガイドブック
https://note.com/ichi_twnovel/n/n01ce8bb38ef3

プラットフォームの問題を論じる際の偏りについては、下記の論文で示されているようにかなり偏った形で議論されている。

How do social media users and journalists express concerns about social media misinformation? A computational analysis
https://doi.org/10.37016/mr-2020-147

日本語による紹介 SNSの利用者とジャーナリストはきわめて党派的な議論でプラットフォームを問題視していた、という論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n4947f376756f

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この記事を書いた人

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表。代表作として『原発サイバートラップ』(集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)、『ネット世論操作とデジタル影響工作』(原書房)など。
10年間の執筆活動で40タイトル刊行した後、デジタル影響工作、認知戦などに関わる調査を行うようになる。
プロフィール https://ichida-kazuki.com
ニューズウィーク日本版コラム https://www.newsweekjapan.jp/ichida/
note https://note.com/ichi_twnovel
X(旧ツイッター) https://x.com/K_Ichida

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